一年生になっちゃったら
if he becomes in the first grade of elementary school.

 これをして絶対勝利条件という。

 「ひょんな事から小学一年(女子)になってしまった高校生(男子)、高遠伊織。年の離れた同級生とのガールズライフは” 初めて”だらけ!?」

 こんな言葉が帯に書いてあったとしたら、その本はもう買うしかない。買わざるを得ない。買わなければ一生を後悔しながら地べたをはいずり回って過ごすことになる。加えて言うなら表紙絵は、ランドセルを背負った可愛らしい女の子が、どことなく恥ずかしそうな表情ながらも、キッとした目をして向かう人を見つめるイラスト。勝利は決まったも同然だ。

 とはいえ実際はどうなのか。読んでみればそれも分かるということで、大井昌和の「一年生になっちゃったら」(芳文社、590円)を読んで確信、絶対勝利。どんな古今の大著も1億部のベストセラーも、この本の前ではただの紙束でしかない。

 アイディア自体は弓月光の傑作「ボクの初体験」の時代からあるもので、風に飛ばされた帽子を取ろうと道路に踏み出した女の子にトラックが迫り、大変だ、助けようとして飛び出した高遠伊織が目覚めると、自分の体が女性になっていた場面から幕を開ける。

 もっとも、その体が小学1年生というのが「一年生になっちゃったら」の特徴でもありタイトルのいわれ。救ってくれた女科学者によればパーツが足りなかったということだけど、小学生の女の子にしては可愛らしい下着に衣服があらかじめ用意されていたりと、小さい女の子を愛で可愛がる趣味がその女科学者にはあって、こういう体に入れられた可能性もうかがえる。

 とはいえ、逃げ出す訳にもいかない伊織は、高遠いおりと名を変え(変わっていないが)小学校へと通い始めると、そこは当然ながらいおりの本当の年齢と10歳近く離れた子供たちばかり。屈託なく迫り声をかけ世話をやいて来る子供たちに、最初は何で子供っぽいと戸惑う。もっとも、根が純粋で正直な子供たちの言葉や行動に、いつしかいおりは小学生の自分を満喫するようになっていく。

 ともすれば社会的にネガティブな志向と捉えられかねない設定ながらも、年長者による幼年者への性愛混じりの視線はいっさいなく、振る舞いや言動から醸し出される子供の可愛らしさが浮かび上がって、慈愛と庇護の感情を抱かされる。絵もベタつかずカラリとしていて、子供たちの明るさが画面から漂い出る。

 離婚した母親に連れられ出て行った妹のいおんが、高遠いおりとして伊織が通う小学校に6年生として通っていて、遠足で上級生のお姉さんとして現れたからいおりは驚いた。高校生から見れば小学1年生と同じく子供でしかない小学6年生が、小学1年生の目には体格も考え方も進んだ“大人”に見えてしまう。なるほど、立場が変わって初めて気づかされ、思い知らされることは多い。

 あとは、小学1年生では男子も女子と同じクラスで着替えいたんだという、甘酸っぱさと勿体なさの入り交じった記憶を喚起され、たとえ男の子が女の子の体に入ったりするようなケースではなく、同じ性のまま子供の頃へと戻って間近に異性の肌を感じてみたいと思わせらる。

 とはいえ、裸になったいおりに女性の先生があわてふためいて飛んできて、自分のスカートを脱いでいおりに着せて、てるてるぼうずのように体を隠して着替えさせようとするあたり、昨今の学校では小学1年生の時から女の子には恥じらいを、意識させようとしているらしいと分かる。戻ってもこれでは仕方がないけれど、スカートを脱いだ先生の下半身がどうなっているかを想像すると、戻って楽しいこともないわけではなさそうだ。

 同級生の男の子から寄せられる、幼いながらも好意を含んだ感情にどう対処していくか。1巻では出番が少なかった、女科学者の妹でいおりが伊織として告白しようとしていた草薙みくるとの関係は進むのか。久々に会って兄を未だに思い続けていると知った妹のいおんと、今の小学生の体でどう接していくのか。といったさまざまな課題を引っ張り想像を抱かせ、物語は第2巻へと進んでいく。期待するより他にない。

 大井昌和と言えば、死を覚悟しながら未来に希望を託す人々の姿を見せられ、感涙にむせびもだえさせられた「流星たちに伝えてよ」の作者であり且つ、月面の都市を舞台にテロリズムと戦う女戦士を描いた「女王蟻」の作者でもあったりする。それらとは同じ作者とは思えない絵や物語を「一年生になっちゃったら」は持っていて、何と幅の広い漫画家だと驚かされる。並べられてもすぐには信じられない違いがある。

 もっとも、そもそもが「ひまわり幼稚園物語 あいこでしょ!」で名を知らしめた漫画家でもある訳で、むしろこちらが本道と見るべきなのかもしれない。とはいえ、「女王蟻」も「蟲」と「パンツ」と「尻」のオンパレードで必要勝利条件を満たした漫画。なおかつ本格的なSFだ。続いて欲しいし「一年生になっちゃったら」も続けて欲しい。合間に「流星たちに伝えてよ」のようなハートを揺さぶる物語も欲しい。

 だから頑張れと心よりの激励。届かなくても願い続ける。


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