流星たちに伝えてよ
CONVEYING TO THE METEOR

 その日は網走にいた。大学の同じ学科にいた総勢9人で北海道を10日間ほどにわたって回っている途中で、銭湯に行き宿に戻ってからテレビをつけたら、羽田発の日航ジャンボ機が墜落したらしいというニュースが始まった。

 坂本さんという有名人が乗っていたという話が出ていて、誰なんだろうと想像していたら「ジェンカ」を唄い「上を向いて歩こう」を唄い子供の頃によく見ていた「新・八犬伝」でナレーターを担当していた、歌手の坂本九だと分かって驚いた。

 程なくして事故の全容が分かって来て、墜落した飛行機の残骸の中から、家族にあてたメッセージがしたためられたメモ帳が見つかったという話が伝わってきた。

 揺れるジャンボ機の中で書かれたメッセージ。そこから浮かぶ家族を置いてひとり逝かなくてはならない無念さと、残される家族を思う優しさの感情に打たれて涙した。メッセージこそ残さなかったものの、同じように様々な思いを抱きながら散った520人の心が浮かんで打ち震えた。

 JR尼崎線の脱線事故の場合は、発生があまりに突然だったために、誰もメッセージなど残していない。ただ、走行中の携帯電話から誰かに当てて発信されたメールとして遺された、様々な言葉があった。

 事故とは無縁の日常的な言葉ばかりだったけど、それだけに日常が突然に断ち切られる恐ろしさと、そんな恐ろしさを生き残って味わう遺族の人たちの、慟哭にむせぶ心に思いが及んで、息が詰まった。

 この2つの大きな事故に限らず、あらゆる事故や事件や、そうではない自然の死であっても、逝く人の心と遺される人の心の有り様を思う時、ズキッとした痛みに胸が襲われる。いつか来るだろう身近な人の死。そして必ず訪れるだろう自分の死。それらがもたらす寂しさと哀しさを思った時、不思議でならない。

 他人を殺めて平気な人がいることが。他人を貶めて平気な世界の有り様が。だから読んで考えて欲しい。大井昌和の「流星たちに伝えてよ」(幻冬舎コミックス、590円)に描かれた事柄から、無念さのもたらす痛みと、争うことの無意味さ、信じ合う喜びというものを感じて欲しい。

 月へと人類が船を駆り、旅行できるようになった時代。月から地球へと向かっていた宇宙船が墜落して、乗っていた全員が死亡した。四散した船の破片は大気圏へと突入して熱で燃えて流れ星になった。その時に地上では、さまざまな人たちがさまざまな想いを抱いて時を過ごしていた。

 妻とその不倫相手を刺した青年は、子供の頃に遊んだ友人と再会し、過去を振り返り懐かしむ中で、友人が今も夢を失わない気持ちでいることに感じ入り、過ちを認めてやり直そうと決意する。

 憧れていた女教師が、教師ではなく女としての表情を見せた姿に直面した少年は、その時に見上げた空をよぎった流れ星に、立ち止まらず上を見上げる意味を感じ取り、長じて教師となって同じように自分に憧れる女性とへの接し方を、過去を思い出しながら改めた。

 民族間での紛争が激しさを増していた国では、紛争を報じて名を挙げようと乗り込んで来たフォトジャーナリストが、振る流れ星のもたらした奇蹟によって、民族の垣根を超えて通じ合った幼い2人の哀しい姿を世界に伝えることができ、それが紛争を終わらせるきっかけになった。

 流れ星のひとつひとつに込められた、流れ星にならざるを得なかった人たちの思い。それが地上にいる大勢の人たちの心へと繋がっていって、明日へと、未来へと続いていく。その素晴らしさにじわりと涙がにじむ。

 そこに強烈なメッセージが突き刺さる。墜落を目前に控えた月航船で乗り込んでいた乗員や乗客達に起こった数々の出来事。もはやこれまでと、ひとしきり騒ぎわめいた後に諦めを抱き、手にした情報機器に遺言やメッセージを残そうとしていた乗客たちは、乗り合わせていたジャーナリストが、娘から贈られたという手帳をかざして呼びかける。

 電子機器では熱に弱い。水にも弱い。紙なら濡れても文字は消えない。燃える温度も高い。だから手帳にみなで言葉を残そう。答えて3人組の女の子たちが、若い夫婦とその子供が、出張に来ていた男が、アテンダントの女性たちが、そしてジャーナリストがそれぞれに言葉をしたためる。

 込められた想い。無念だったかもしれない。恐ろしかったかもしれない。それでもあんずるなと言い、ごめんなさいと謝って、残される家族や知人の哀しみを和らげようとする優しさが、それぞれの言葉からにじんで胸を打つ。激しく打つ。

 耐火性のスーツケースにノートを封印し、みなでその周りに重なり合って、爆発の勢いでスーツが壊れ、ノートが燃えてしまうのを妨げようと頑張る乗客や乗員たち。想いを残したい。愛していた人たちに届けたい。そんな感情が絵から溢れて目を湿らせる。

 そうして守り抜かれた言葉たちが、結果として民族紛争を終結させ、今また巡り回って死んだジャーナリストの娘の心に、ずっと残っていたわだかまりを融かす。感涙。滂沱。叫びたくなるような哀しさがあり、逃げ出したくなるような恐ろしさがあり、そして立ち上がり歩みはじめなくてはいけないと奮い立たされる強さを持った物語。死への覚悟が生まれる。生への確信が生まれる。

 「ひまわり幼稚園物語あいこでしょ」や「いつもいっしょ」といった、可愛らしい女の子たちやほのぼのとしてちょっぴり可笑しいエピソードを描いて指示を集めている大井昌和にしては、シリアスでリアルな設定と展開で、大人が読んでも強く揺り動かされそうな物語。こういったものを描けるのだと、意外さに驚くファンも多そうが、クライマックスに強く響くメッセージに触れてしまった今は、こうした話をもっと読みたいと思わせそう。応えてくれるかは分からないけれど、期待して待とう。


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