ワイヤレスハートチャイルド
WIRELESS HEART CHILD

 メイドさんと双璧を成す萌え職業の典型ともいえるウェイトレスが登場していて当然ながら美少女で、なおかつ実はロボットだったりする設定に読者として浮かぶ期待は極めて大きい。これまたアイドルキャラの典型ともいえる寡黙な美少女がいて実は人に話せない能力を持っていて、同じ学校に通う男の子の転落事故に関わっているんじゃないかと疑われている設定に期待するものも右に同じ。ロボットのウェイトレスには戦闘だろうし、寡黙な美少女には世界を救うくらいの秘密といったところだろうか。

 なるほどSFアニメや美少女コミックやヤングアダルト文庫によくある設定ではあるけれど、よくあるということはすなわちそれだけ楽しみにしている人が多いということ。ヤングアダルトの範疇に入れられる「徳間デュアル文庫」というパッケージで出た、まさしくロボットのウェイトレスと寡黙な美少女の登場する三雲岳斗の「ワイヤレスハートチャイルド」(徳間書店、505円)に、だから読者として条件反射的に期待してしまったのは、ロボットのウェイトレスの助けを借りながら優柔不断な青年が寡黙な美少女を救い、最後はなかなかに立派な所も見せた優柔不断青年と薄幸の美少女がくっつく、なんて話だったりする。

 実際は大違い。喫茶店でアルバイトをする主人公の松浦宮城という青年が、ある公園で出会ったのは猫の死骸を埋めようとする健気な少女。公園でサッカーをする少年からボールをぶつけられるなどの苛めを受けていた少女に同情してか、宮城は猫を埋めるのを手伝ってしまう。それからしばらくして、宮城は姉から同じマンションに住む少女が、彼女を苛めていたという少年の校舎からの転落事故の犯人を疑われてしまい、渦中から身を隠すために宮城の務める喫茶店で預かってくれないかと持ちかけられる。会ってみるとその少女こそが、前に公園で猫を埋めるのを手伝った和緒だった。

 以後繰り広げられる事件の真相を追うストーリー。読んで読み終えて浮かぶのは「どうしてロボット?」「美少女の特殊な力の意味は?」等々といった謎に疑問にクエスチョン。SFっぽいガジェットがそこかしこに散りばめられながらも、ストーリーの基本線にあるのは寡黙な美少女が犯人と疑われている転落事故の真相究明という半ばミステリー仕立ての展開だったりする。ロボットウェイトレスのなつみはなるほどロボットならではの振る舞いを見せることで事件の真相を示唆してはくれるし、和緒の能力も事件の底流を成してはいるけれど、そういった設定にガジェットの類が例えなかったとしても、充分に解決可能だったりする真相のように見えなくもない。

 もっとも考えるに、ロボットのウェイトレスが日常的に働いている未来の世界だったら、ロボットのウエイトレは必ず明晰な頭脳かパワフルな腕力でもって事件を解決しなくてはならないということにもならないし、特殊な能力を持っているからといって、美少女のその力が世界を救うような凄いものである必要もない。事件を解決する鍵になっている必要も事件の原因になている必然も案外となかったりするのかもしれない。

 ただそうなると、出された条件のすべてが勘案されるのがベターなミステリーとしてとらえるには、余計なデコレーションがいっぱい乗せられ過ぎていて、読んで不思議に思う人が出て来そうな気がするし、だからといってSFとして見ると、今度は散りばめられたガジェットなり設定が物語世界の成り立ちにそれほど意味があるようにも見えなる。これはやはり、いろいろな素性なり能力を持った人たちがいて、粛々として進んでいく日常のほんのひとかけらを切り取って、そこに繰り広げられた恋とか友情とかいった淡い日常の機微を読んで、胸をジンワリとさせられる物語なんだと思ってかかるのが正解、なのかもしれない。「青春ミステリー」と裏表紙にあるあらすじ紹介で書かれているのもなるほどとうなずける。

 主人公の少年が働く喫茶店のオーナーの弟で、ぞんざいな性格ながらもこと推理的な思考にかけては切れ者の青年、秋水の能力が要所要所で発揮されるは読んでいて楽しめる点で、これも物語からキャラクター属性の高さを感じるひとつの要因になっているかもしれない。間に自意識過剰で優柔不断気味な今時の若者代表をいく宮城を挟んだ、人間としての思考能力の高さを示す切れ者の秋水と、ロボットならではの思考能力を見せてものの見方に新たな側面を加えるなつみのトリオを軸にした、青春の甘さを辛さを題材にしたような物語を、シリーズで出していってくれたら読み続けてみたい気がする。

 何が出来て何が出来ないか、といったあたりでのロボットに関する設定と、謎解きの部分で繰り出された物理現象に関する割と綿密な理屈付けといった部分での凝り様は、これもまたSF的設定のミステリーではないかと評された「日本SF新人賞」受賞作、「M.G.H」の作者らしい。SF的な雰囲気を漂わせつつ、その上で繰り広げられる時に理知的だったり時にロマンティックだったり、シリアスだったりミステリアスだったりするドラマを創造する腕前は新鋭でも随一。類希なる想像力で見たことのない世界を築き上げる才能を持つ人はSF作家に大勢いるし、三雲岳斗にもその片鱗はない訳ではないけれど、仮にシリーズ化がなされるのだったら、全体の雰囲気を味わいながら心暖められる物語を続きの巻でも紡いでいって欲しい。


積ん読パラダイスへ戻る