白翼のポラリス

 陸地がほとんど消え去って、流れる残骸が集まってできた島が点在する海ばかりの世界で、男しかなれないはずの船乗りになって、海へと漕ぎ出た少女の冒険を描いた鳩見すたの「ひとつ海のパラスアテナ」的な舞台設定がある。海が広がる世界に点在する国々を渡って飛ぶ一介の飛空士と、高貴な生まれの少女との束の間の邂逅を描いた犬村小六の「とある飛空士への追憶」的な冒険ストーリーがある。

 それらが重なり合ったような雰囲気を漂わせ、不思議な世界への興味と才知をかけて繰り広げられる空戦への興味を誘いつつ、空を飛ぶことができる者たちが感じる遠くへの憧憬、空を飛ぶことへの矜持などを感じさせてれくれる物語。それが、阿部藍樹による第6回講談社ラノベ文庫新人賞で佳作となった「白翼のポラリス」(講談社ラノベ文庫、640円)だ。

 ノアと名付けられた海ばかりの世界で人々は、方舟のような巨大な船を国に見立てて暮らしている。船には動力がついておらず、ただ海流に従ってノアの上を漂うといった感じ。狭い場所をぐるぐると回る国もあれば、長い距離を長い時間かけて移動する国もある。そんな国々の間を飛行機に乗って行き交う者たちがいる。スワロー。人間の中でも地磁気のようなものを感じて方角を察する、バイオコンパスの能力を持った人たちだけがなれる職業だ。

 主人公のシェルもS級のバイオコンパスを持ったスワローのひとりで、ポラリスと名付けられた水上機を駆って島々を飛んで荷物や情報や人を届ける仕事をしている。SS級の優れたスワローだった父が遠くへと向かった挙げ句に行方不明となり、戻ってきた愛機とストリームチャートと呼ばれる一種の航路図を受け継ぎスワローとなった。

 ガソリンのような燃料を必要とせず、永久に動き続ける機関を搭載しているポラリスがひとつ謎めいたガジェットだ。いったいどういう原理なのか。発掘されるものしかないということは、過去に現在を超越した文明が発達していたということか。海ばかりになっているノアの状態とともに、世界の成り立ちと歴史への興味が浮かぶ。

 ポラリスを受け継いで数年が経ち、どうにかスワローとしての仕事をこなせるようになり、父親のようにはいかないまでも空戦の腕も上がったシェルは、ナーヴという国へと飛んで実力を示し、仕事をこなして戻った拠点にしてる国、ヴェセルのそばにあって居住地にしていた名も無い小島に戻って、そこに流れ着いていた少女と出会う。目覚めた少女はステラと名乗り、バトーという国へと飛んで欲しいとシェルに頼んだ。

 お金にならない仕事はしたくないし、正体も目的も明かさないステラの依頼を聞くのは少しはばかれたものの、彼女がとてつもなく高価なアイテムを持っていたこと、ステラの熱意に引きずられたこともあって受け入れ、目的としていたバトーへという国へと向かう。

 ところが途中で敵影が現れ、凄まじい腕を見せてシェルの操るポラリスを圧倒する。その敵はステラが別の面々を引き連れ、バトーへと向かおうとしていた時も現れ、彼女たちを撃墜したそ。その時のステラは、自らの身分をしっかりと示した飛行機に乗っていた。それでも撃墜された。外交問題、あるいは国家間の戦争にも発展しかねない事態だった。誰がが何かを起こそうとしている。けれども誰が。そしてなぜ。そんな見えない陰謀にシエルはステラと共に巻き込まれていく。

 陸地が少なく、船の国々も動力はなく流されるだけで少ない陸地の資源をめぐり争いをしているというシチュエーション。そんな国々が近付けば自ずと紛争も起こる。そうした中、平和を願って冒険に挑んだステラと、彼女に引っ張れつつ自らの過去とも対峙することになるシェルはどんな出来事を経験し、そして自身の因縁はどんな帰結を迎えるのか。作品のクライマックスへの興味を誘われる。

 なおかつ読後も、その後の展開の中で組むことになるシェルとステラの2人の未来が気になってしかたがない。未だ見えない真の敵の正体、信じられないテクノロジーを持っているらしいその敵の目的など気になることも多いだけに、続きが書かれるなら読んでみたい。


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