文化祭の夢に、落ちる

 繊細であるがゆえに傷つきやすく、純粋であるがゆえに迷いやすい。年若い少年たち、少女たちの、そんな心の揺らぎと暴走を描いた「未成年儀式」(富士見書房)でデビューした、彩坂美月の新しい小説「文化祭の夢に、おちる」(講談社BOX、1400円)もまた、少年たち、少女たちに渦巻く心情の、未熟だけれども切実な思いがあふれ出し、ぶつかり合う物語になっている。

 神隠しの伝承が数多く残っている御陰町にあって、なぜか3年に1度だけしか文化祭が開かれない桐乃高校。3年間の在学中に1度しか経験できない貴重なイベントが、いよいよ開かれるとあって、誰もが目一杯に楽しもうと準備に臨んでいた、そんな最中に事故が起こった。

 学校で頑張っている姿を、いつも見せている相原円という少女と、生徒会長で円とは相棒呼ばわりされるくらい仲の良い日下部青司、中学時代から陸上選手として期待されながら、怪我をして走るのを止めてしまった設楽諒、学校でかつて飼われていた「きぃちゃん」という3本足の猫がモチーフになった、大きなぬいぐるみを抱えて歩いていた西倉沙貴、さらにどこか陰のある水野悟志の5人が、落下してきた壁画の下敷きになってしまう。

 そして目覚めると、そこには誰もいなかった。見渡しても家族や街の人たちは見えず、学校に来ても文化祭の準備中ながら他の生徒たちはやっぱり誰も見あたらない。いたのは、壁画の落下事故に巻きこまれたらしい5人だけ。やがて消えてしまったのは街の人や他の生徒たちではなく、押井守監督の「うる星やつら2 ビューティフル・ドリーマー」に登場した友引町のように、隔離された世界へと自分たちだけが送り込まれ、元いた世界では自分たちが消えてしまったように見えるのでは、と考える。

 そして思い出した、御陰町でずっと語られてきた神隠しの伝承。怪我していたところを助けられ、学校で飼われていた3本足のきぃちゃんが死んでしばらくして、きぃちゃんらしい猫の足跡がコンクリートの上に点々と付けられていたという事象。それなら誰かのイタズラかもしれないけれど、もっとシリアスな事件も起こっていた。3年前に飛んでいたヘリコプターが消えて、機体がどこからも発見されなかった。

 もしかしたらヘリコプターは、異世界に行ったまま帰ってこなかったのかもしれない。このままでは自分たちもヘリコプターと同じように消えたまま、元の世界には戻れないかもしれない。そう考えた円たちは、文化祭で行われる行事や、文化祭と同じサイクルで3年ごとに開かれる御陰祭の様子を思いだしながら、そこに元の世界へと戻るための方策がないかと探り始める。

 ところが、水野悟志だけは、円や青司たちへの協力を拒絶した。以前、学校の女性教師に勝手な行動を咎められたことで、逆恨みのような感情を高ぶらせていた悟志は、文化祭の最中に女性教師を傷つけてやろうとナイフを持ち歩き、ボウガンまで学校の中に用意して、実行する時を今かと待ち受けていた。

 そしてその時が来たと、すっかりたかぶってしまって、後戻りの利かなくなっていた志の心理は、別の世界に来てしまい、ターゲットの女性教師を見つけられない憤りを抑えられず、果たせない怨みの感情を、一緒にやってきた他の4人にぶつけようとする。冷静に置かれた状況を語る言葉も、自分から標的を奪った理由を説明するような憎々しい言動に聞こえてしまう。まさしく逆恨みの感情を悟志は爆発させて、異世界に来てしまった生徒たちを順繰りに狙い始める。

 果たして5人は元の世界に帰れるのか。それよりも先に悟志の攻撃を他の4人はしのげるのか。時間の制限と襲撃の回避という2つの制約を課されながらも円たちは、文化祭や御陰祭の状況から伝説から推理して、元の世界に戻るためのひとつの方法を導き出す。けれども……。

 元の世界へと戻れる方法が分かって、すべてが解決した後では、なんだそうだったのかと思わせてしまうところがあって、複雑な条件を解明して結論を導き出すミステリとしての要素はいささか背後に下がる。一方で、繊細で純粋な少年たち少女たちの心に、澱のように溜まり淀んでいく感情が、ナイフを持った少年に限らず、全員について危機的な状況の中で明かされていって、そういった世代ならではの難しさを感じさせる。

 陸上を諦めた少年が、その理由に怪我だけではなく、以前は自分の後を走っていたのに、いつの間にか先を行ってしまったライバルへの屈折した気持を抱いていた。円と仲が良さそうに見えた青司が、実は円との関係を築くときにいろいろと画策していた。そんな隠されていたい過去が、危機の最中にさらけ出されて、少年少女の世代ならではの、激しやすく燃えやすい感情の様を見せる。

 騙していたようでもあり、裏切っていたようでもあるそんな感情を、暴露してしまってそれでもまだ、同じような関係を続けていけるのか? そんな疑問も浮かぶ。さらりと流して元通りの関係なり、より強固な関係を続けていけるのだとしたら、それこそが若さの特権というものなかもしれないのだけれど。彼ら彼女たちの場合はどうだったのだろうか。

 今まさに、こうした繊細で純粋な感情を抱えながら、友人たちとの時間を過ごしている人たちにとっては、ものすごく全身に響く話。そうでない大人にとっても、かつて経験して来たあの切実さを思い出させ、どうやって乗り越えて今があるのかを考えさせることによって、少年たち少女たちのようには簡単には解消できない雁字搦めの状態を、このどうしようもない世の中を、解きほぐして乗り越えていく糧にできるだろう。


積ん読パラダイスへ戻る