未成年儀式

 青春とは疑うこと。

 なのかもしれないと、彩坂美月の「未成年儀式」(富士見書房)という物語が、読む者たちに考えさせる。

 嵐の山荘ならぬ、地震と豪雨で閉ざされかけた女子寮を舞台に起こる少女たちの心の揺れと、身に迫る恐怖を描いた物語。夏休みに帰宅せず、寮に留まった渡辺七瀬は、何人かの未帰省者といっしょに寮で夏を過ごすことになる。

 そこで起こったのが、表側では取り繕っていても、裏では憎悪や嫉妬や妄執といった環状がうごめいている女達の関係から発生した連続殺人。誰が犯人か分からないまま、怯える少女たちのところに、偶然寮に居合わせた名探偵が「さてみなさん」と言ってさらりと事件を解決してみせる、といった展開には当然ならない。

 名探偵は登場せず、寮内で殺人事件も起こらない。事件が起こるのは寮の外。勤務する教師が、同僚の事務職員をスコップで殴って殺害した場面を目撃してしまった双子の姉妹が、寮に逃げ込んできて助けを求めたところから、サスペンスの幕が開く。

 最初は信じなかった居残り組の寮生たちも、追ってきた教師のシャツに返り血がついていたことから真実と知って、寮の外へ締め出そうとする。教師も証拠をもみ消そうと寮生の口封じを目論む。

 迫る大人の暴力に怯える少女たち。そんな渦中に、恐怖を増幅させるかのように、大地震が起こって寮に損害が発生。さらに、ゆるんだ地盤を襲った雨が土砂崩れを招いて寮生たちを押しつぶそうとする。彼女たちは生きのびることができるのか?

 絶体絶命のスリリングな設定の上で、殺人を犯したらしい教師がいつ復活するのか、いつ土砂崩れが寮を押しつぶすのか、といった恐怖が寮生たちを脅かし、読む方にもスリルを感じさせる。

 もっとも、そうした逃走と脱出の物語よりも、メインテーマとして迫ってくるのは、青春期にある少女たちの暗黒面を現すような、ネガティブな感情のぶつかり合いだ。

 舞い込んできた双子は、いつも脳天気にふわふわと生きてすべてをうまく乗り越えていくように見える姉に対して妹が、嫉妬心を抱いて殺害しようと本気で考え、何度か実行に移そうとしている。寮に現れたあかりという少女は、寮生だったけど帰宅中に死んでしまった繭という少女に兄が婚約者に与えた鞄を切り刻んだ場面を見られ、それを理由に脅されていた過去を隠して何かをしようと目論んでいる。

 バスケットボール部のキャプテンを務める少女は、試合に真剣になり過ぎたあまり、後輩たちとの間に溝が生まれ、気持ちがイライラしっぱなし。可愛い容姿が男の子たちに人気だと言われている薫は、そんな自分の媚びた態度に我ながら嫌悪感を覚えているのに、他人から指摘されると怒ってしまい、素直に謝ることができない。

 そして七瀬。幼なじみの隣人の亨のことが本当は気になって仕方がないのに、それを口にできないまま、近所なのに家を出て寮へと逃げ込んでしまって家に帰ろうともしない。そんな七瀬が、死を臨んでいると信じて勝手に手助けしようとする海という少女もいて、話を混乱の極地へと向かわせる。

 どれも分かり合おうとすれば分かり合えること。誤解に過ぎないことばかりで、口に出せば明らかになって誤解も解ける。そんな簡単なことができずに、見たことから妄想を広げて肉親を疑い、幼なじみを疑い、友だちになりたいだけだった少女を疑い、そして自分自身を疑って、状況を悪化させて果てに人の命を殺めようとすら思い詰めてしまう。事態を悪化させて大勢を危地へと追い込む。

 青春とは信じることで、愛することだと前向きに考える人も大勢いるだろう。その方が世間的には賞賛されやすく、肯定されやすいからだ。しかし、世の中にはそんなに明るくなれない人も結構いる。前向きになれない人も大勢いる。

 好きだ愛してる友だちになろう。そう言い出せないまま考えを暗い方へと傾けてしまった挙げ句に、憎悪へと変えてしまって外へと向かい爆発するなり、内に向かって自爆するような事態を招いてしまう。それもまた青春のひとつの形。疑うことで憎むこともまた青春なのだという現実を、ミステリー的な物語の中に描いた作品だと、この「未成年儀式」は言えるのかもしれない。

 もちろん、疑ったまま、憎んだままで終わる物語に救いはない。忌むべき事件、恐れるべき災害が内に向かった少女たちの心を開いて、外へと向かわせる展開に、救いを見た気分になれるだろう。

 少女たちは事件を経て災害を乗り越え救われた。現実の少女たちには滅多に事件など起こらず、災害も起こらない。起こって良いというものでもない。ではいったい何で肩代わりすべきなのか? それはやっぱり心底からの、信じて愛する気持ちなのだろう。

 迷える少女たちに愛と信頼を。迷える少女たちは偽りのない心からの叫びを。


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