杉浦日向子著作のページ


1958年東京生、日本大学芸術学部中退。稲垣史生氏に時代考証を学び、1980年「通信室乃梅」にて漫画家としてデビュー。以来江戸風俗を題材とした作品を描き、84年「合葬」にて日本漫画家協会優秀賞、88年「風流江戸雀」にて文芸春秋漫画賞を受賞。1993年漫画家引退を宣言し、その後は江戸風俗研究家として活躍。NHK「お江戸でござる」に出演するほか小説分野でも活躍。2005年07月咽頭癌により逝去。享年46歳。

 
1.大江戸美味草紙

2.一日江戸人

3.隠居の日向ぼっこ

4.うつくしく、やさしく、おろかなり

 


  

1.

●「大江戸美味草(むまそう)紙」● ★★




1998年10月
新潮社刊
(1400円+税)

2001年6月
新潮文庫化

 
1998/11/07

大江戸に住む町人たちの食生活を、川柳を引用しながら紹介する楽しい一冊。
小振りで簡単に読み終わってしまう本ですが、江戸の町人生活が生き生きと浮かび上がってきます。杉浦さんの語り口のうまさによることは勿論なのですが、それにしても江戸っ子というのはなんて愉快な連中だったのでしょう。「江戸っ子」「江戸っ子」と自慢ぶるのも許してやろう、という気分になります。

鮨、天麩羅、蕎麦も、現代で言う“ファーストフード”。それが流行したのは、江戸っ子の、ええ恰好しい、新しもの好きの流行追い、江戸前(江戸風の意)へのこだわり、だったようです。
池波正太郎「鬼平料理帳」等も良いけれど、この本の中にはもっと庶民の味が詰まっています。そして現代グルメの起源が。
和食好きの方には是非お薦めです。

登場する主な食べもの…雑煮(東京のすまし汁風)、数の子、ふぐ、ハマグリ、初鰹、江戸前鮨、どじやう・どぜう、うなぎ、天麩羅、豆腐、秋茄子、おでん、サンマ、里芋、焼き芋、べったら漬、蕎麦切り、あんこう、すっぽん、羊羹、牡丹餅・お萩、酒、大根

  

2.

●「一日江戸人」● ★★




1998年4月
小学館刊

2005年4月
新潮文庫
(438円+税)

 

2005/08/11

将軍・大奥の暮らしぶりから始まり、長屋、風呂と江戸庶民の暮らしぶりのご案内・・・が「入門編」「初級編」
さらに「中級編」「上級編」と進むと、“食”の話から屋台、相撲、旅、春画考へと話はますます味わい深いところへ。

真にこの一冊、楽しい本です。
江戸風俗の紹介本は数あれど、何と言っても本書の楽しさは、ふんだんに絵による説明、漫画が挿入されていること。
言葉だけでなく、視覚にも訴えてくる本書からは、江戸庶民の暮らしぶりが生き生きと伝わってくるのです。

まるで江戸の観光ガイドを見ているようと言えば、この楽しさがお判りいただけるでしょうか。

“江戸っ子”というと、宵越しの金はもたねぇなどという見栄っ張り、短気、お調子者といった余り芳しくないイメージもあるのですが、本書から浮かび上がってくる江戸人たちの印象はまるで違う。
生活にただ追われることなく生活を楽しみ、笑いを好んで洒落っ気もある、気の好い連中。
本書を読んでいると、江戸人に惚れ込んでしまいそうです。

それなのに今は何でこんな働き蜂的東京人が跋扈しているのか?
きっと、明治になって洒落の判らない田舎者たちが大挙して東京に押し寄せたからに違いありません。
・・・もっとも、私も江戸っ子ではありませんが。(^^;)

入門編/初級編/中級編/上級編

  

3.

●「隠居の日向ぼっこ」● ★★




2005年9月
新潮社刊
(1200円+税)

2008年03月
新潮文庫化

 
2005/09/24

 
amazon.co.jp

春夏秋冬に分けて、江戸の暮らしを物語る諸道具等について語ったエッセイ本。ふんだんに収録されている絵も楽しい。

江戸の暮らしを物語る諸道具といっても、私の子供の頃、昭和30年代に一般の家庭で普通に使っていたものも多くあります。
はいちょう、へちま、蚊帳、団扇、おひつ、ゆたんぽ等々
そう思うと、江戸の生活と昭和30年代頃までの日常生活は、それ程異なるものでもなかったということでしょうか。
昔の生活は、現代生活に比べるともっと自然に沿っていた。それだけに環境破壊などもずっと少なかった筈。
子供の頃の暮らしぶりを懐かしく思い出すとともに、江戸の生活も捨てたものではなかったと思えてくる一冊です。

お茶を飲む時にちょっと本書の頁をめくってみたいもの。楽しく懐かしい世界が目の前にひろがってきます。

春:踏み台/浮世絵/すごろく/頭巾/鍵/手拭/はこぜん/きせる/屏風/畳/桶/矢立て/根付け
夏:ふさようじ/ひごのかみ/はいちょう/へちま/軽石/耳掻き/かやり/蚊帳/釣忍(つりしのぶ)/団扇/褌/杓子/お歯黒
秋:黒髪/櫛/雑巾/湯屋/かわや/おやつ/熊手/鏡/丼/まめ/ねんねこ/おひつ
冬:座布団/貧乏徳利/明かり/時の鐘/ちろり/赤チン/ゆたんぽ/火箸/炬燵/箱枕/餅

  

4.

●「うつくしく、やさしく、おろかなり−私の惚れた「江戸」−」● ★★




2006年8月
筑摩書房刊
(1400円+税)

 

2006/08/21

杉浦日向子さん亡き後、杉浦さんが江戸に関して語ったエッセイを集めて一冊にまとめたのが本書。
そのためか、杉浦さんを偲ぶ書という印象を強く受けます。

私が江戸好きになったのは何がきっかけだったのか。それまでは封建時代の貧しい生活と思っていたのが、四季折々の行事有り、食文化等も豊富で治安も良く暮らしやすい都会だったのではないかと思うようになった。
池波正太郎「鬼平犯科帳」ではなく、石川英輔「大江戸神仙伝」シリーズのおかげでないかと思います。
その石川英輔さんが語ったのは江戸のハード面であったの対し、杉浦さんが語ったのは江戸のソフト面だったのだろうと思ったのは本書を読んでのこと。
江戸っ子の粋がる様子は、恰好良いというより可愛げがあると言った方が良いもので、それでこそ江戸が好きになるというものです。杉浦さんの江戸好きの心情もそうしたものだったことでしょう。
お上に頼らず江戸市民たちが自ら江戸の町を整備していた、庶民の力で江戸の市民文化を作り上げていった、いやはやその勢いたるや民活の手本と言えるでしょうか。
江戸っ子ならずとも私も東京っ子ですからね、東京に遡るそんな江戸の姿は大好きです。
それなのに、何故こんな東京になったのか。敢えて悪口を言わせて貰えば、日々の生活を楽しむことを知らない薩長土肥の田舎侍たちがどっと押し寄せてきた所為か。
なお、本書で初めて知った(今まで考え違いをしていた)ことが多々あります。そんな諸々のことを杉浦さんは教えるということではなく、優しく案内するという口調。そこに杉浦さんの魅力があったでしょうし、つくづく惜しい人を早く失ってしまったという思いがこみ上げてきます。

※本書で教えられた主なことは次のようなこと。
まず「粋(いき)」「粋(すい)」の違い。そんな違いがあるなんて思ったこともありませんでした。
「食事情」の話はなんであれ楽しいもの。まず鰻。上方では腹開き、江戸では背開きと違うのは切腹にイメージが繋がることを避けた所為と思っていましたが、これは大間違いであるとのこと。また上方でのうどん好きと江戸のそば好きには、そもそも食事習慣に大きな違いがあったという。成る程なぁ〜。
杉浦さんを偲びつつ、本書はのんびりと楽しくなる一冊です。

江戸の粋と遊び/江戸のくらし/江戸の食事情

  


 

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