荻内勝之著作のページ

 
1943年ハルビン生、神戸外国語大学卒。バルセローナ大学文学部で学ぶ傍らコック見習い。帰国後神戸外国語大学大学院修士課程修了。東京経済大学助教授、スペインのほかラテン・アメリカ文学の研究と翻訳紹介に従事。

 


 

●「ドン・キホーテの食卓」● ★★

 

 
1987年5月
新潮選書刊
(700円)

 

1987/06/16

セルバンテス「ドン・キホーテの副読本とも言うべき価値十分にある一冊。
「ドン・キホーテ」の中でこれだけ食べもののことが語られているとは、思いもよりませんでした。
けれども、考えてみれば、この作品を書くようなセルバンテスであってみれば、人生の達人とも言うべき眼はあったろうし、さすれば人生最大の道楽ともいえる食べもののことに優れた洞察力があったというのも当然のかもしれません。
と言いつつ、本書の著者自身、かなりの奇人と言わざるを得ません。なにしろ「ドン・キホーテ」の幻のテープを追ってみたり、片田舎のアナウンサーを探し求めたりと、かなり面白い人物である。とても学者とは思えない。

「第一章」は茄子の話。
茄子はイスラム教徒がスペインに伝えたものらしい。
そして「ドン・キホーテ」の架空の作者(セルバンテスの創造による者)はアラビア人なのである。
「第二章」はパンとタマネギの話。
日本で食べるタマネギは中東ヨーロッパ系の辛いタマネギであるが、南ヨーロッパ系タマネギは甘いという。
パンとタマネギは粗食の代表であり、「ドン・キホーテ」の中では盛んに登場する。ことにサンチョ・パンサはとかく口に出しているという。
「第三章」は豚の話。
イスラム教徒放逐の際は、豚を食べるか否かの方法によって見極めたらしい。そして、イスラム教徒に対する別称は「豚」。
「ドン・キホーテ」作中にも、それに関わるヒントは多く描かれているという。
「第四章」、スペインのマンチャ地方は殆ど砂漠であり、ワイン栽培がせいぜいらしい。
ワインも小農が多いため、有名銘柄はないが飲み易そう。
そんな砂漠地方の暑い地域で食べられる料理は、特別なものが多いらしい。世間は全く広いものであると感じる次第。

茄子から生まれた「ドン・キホーテ」(ラ・マンチャの茄子漬け、マルマグロ風の漬け方とうまい食べ方、おすすめ店)/あなたとならば「パンとタマネギ」/豚が明かすドン・キホーテの素性(コシード(煮込み)の作り方)/ドン・キホーテは何を食べて狂ったか(ガスパーチョ・マンチェゴの作り方)
 

 

 

1991/12/06

(再読)
「ドン・キホーテ」に親しむのに格別の案内書ともなる一冊ですし、著者の人を喰ったような語り口が面白い。

「ドン・キホーテ」の物語の背景には、ユダヤ教やイスラム教信者のいわゆる“モリスコ”蔑視が17世紀急速に高まり、排斥が行われた事実があるという。
しかし、セルバンテスにより、「ドン・キホーテ」の原作者はモリスコであるモーロ人とされている。
物語の中でドン・キホーテが解放する囚人の隊列は、強制移住させられたモリスコのように見える。
キリスト教の農業は穀物信仰、パンのための小麦が中心である。それに対してモリスコは園芸農業が中心。中でもタマネギ・ニンニク・茄子がとりわけ卑しい食品とみなされていたらしい。

本書で荻内さんは、「ドン・キホーテ」をあらゆる角度から分析してみせる。
まず、モリスコと呼ばれ差別されていたユダヤ教徒、イスラム教徒との関係。
また、騎士道物語とはそもそも気候風土も異なるスペインという風土で遍歴すること自体が滑稽だった。
遍歴といっても、戦いより食べ物のことがいつも先に立ってしまう。その食べ物もタマネギといった粗食中心。豚に多く固執し、当時の社会の宗教的状況を垣間見せています。モリスコを原作者と設定したのは、キリスト教社会への強烈な風刺だったのでしょう。
本書によって「ドン・キホーテ」の書かれた背景、スペイン社会の特性が一目瞭然になる気がします。

※なお、前編が「才智あふるる【郷士】ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ」であるの対し、後編は「才智あふるる【騎士】ドン・キホーテ・デ・ラ・マンチャ」になっているという。

  


 

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