角幡唯介
(かくはた・ゆうすけ)著作のページ


1976年北海道芦別市生、早稲田大学政治経済学部卒。同大学探検部OB。2002〜03年、長らく謎の川とされてきたチベット、ヤル・ツアンポー川峡谷の未踏査部を単独で探検し、ほぼ全容を解明。03年朝日新聞社入社、08年退社。10年「空白の五マイル」にて第8回開高健ノンフィクション賞および第42回大宅壮一ノンフィクション賞、12年「雪男は向こうからやって来た」にて第31回新田次郎文学賞、13年「アグルーカの行方」にて第35回講談社ノンフィクション賞、15年「探検家の日々本本」にて第69回毎日出版文化賞書評賞、18年「極夜行」にて2018年本屋大賞−ノンフィクション本大賞・第45回大佛次郎賞を受賞。


1.空白の五マイル

2.極夜行

3.極夜行前

 


     

1.

「空白の五マイルチベット、世界最大のツアンポー峡谷に挑む ★★☆
         開高健ノンフィクション賞・大宅壮一ノンフィクション賞


空白の五マイル画像

2010年11月
集英社

(1600円+税)

2012年09月
集英社文庫



2010
/12/19



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チベットの奥地にある秘境、ツアンポー峡谷
18世紀末〜19世紀初頭と未踏の峡谷地帯に踏み込んだ探検家たちがついに踏破できなかった区間、それが
“空白の五マイル”
本書はその“空白の五マイル”の探検を単独行で挑んだ角幡さんの、2度にわたる探検の全貌を書き記した一冊。

早大探検部が行った探検行のひとつを描いた高野秀行「幻獣ムベンベを追えとは、同じ早大出身者の探検とはいえ、かなり趣を異にします。その理由は、本探検が単独行であること、それに尽きます。
何故そこに行くのか。たった一人見知らぬ密林の中で何泊もの野宿を重ね、ダニに全身食われて夜もろくに眠れず。そんな困難に耐えたからといって、行き着いた先に何か楽しいことがある訳でもない。
冒険、探検というと英雄的なイメージを抱きますが、実際の探検行、そんなロマンチックなものでは到底ないようです。それなのに敢えて行く、それが冒険家というものなのか。

1回目2002〜03年の探検では、ツアンポー渓谷の最深部に至り、滝、大洞窟の発見という成果を上げる。しかし、それだけでは納得ができなかったと6年後の2009年、勤めていた会社を辞めてまでして角幡さんは2回目の探検行に向かいます。
しかし、それはツアンポー渓谷再訪どころか、後半は生死を賭けることとなった24日間単独行。
エピローグで角幡さん、死ぬような思いをしない冒険は面白くないし、そうでない冒険に意味はない、と言う。
歴史の中で冒険、探検は如何にして繰り返し行われてきたのか、その真髄を教えられた気がします。

実際は大変なことばかりなのでしょうけれど、角幡さんはそれをあっさり、淡々と記しています。冒険・探検である以上、そんなことはそもそも当たり前のことだという風に。
だからこそ、じっくり読ませられるところが本書の魅力、読み応えです。
滅多にお目にかかれない、冒険ノンフィクションの傑作! お薦めです。

第一部 伝説と現実の間:1924年/憧憬の地/若きカヌーイストの死/「門」/レース/シャングリ・ラ
第二部 脱出行:無許可旅行/寒波/24日目

※岩波文庫にF・キングドン=ウォード著「ツアンポー峡谷の謎」あり。

        

2.

「極夜行(きょくやこう) ★★☆      本屋大賞−ノンフィクション本大賞


極夜行

2018年02月
文芸春秋

(1750円+税)

2021年10月
文春文庫



2018/03/14



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ずっと闇の世界で過ごした後にまみえる本物の太陽を見たい、というそれだけの理由で行った冒険行<2016.12.06〜17.02.23>
グリーンランドの最北の村=シオラバルクから、太陽の出ない暗闇の中で北極海を目指した80日間に及ぶ、人間一人&犬一匹という単独徒歩行の記録です(一応紀行文と言うべきなのか)。

何のためにこんな旅を行うのか。
“冒険”という範疇を超え、もはや常に死と向かい合う旅、と言う以外の何ものでもありません。
極寒の地、果てしない闇の中。クレバスに転落する危険、道を誤る危険の他にも、食糧確保の問題等々、危険は枚挙にいとまがありません。
それなのに、何故?
それはもう冒険が好きだから、冒険によって生きているという実感が得られる、ということなのでしょうか。

一般の人なら後ずさりするどころか震えあがってしまうような危険行なのに、角幡さんにはどこか余裕(何とかなるといった)が感じられます。
それは単なる楽観によるものではなく、事前に何度も現地を踏破して現地の様子を把握している、経験を積んでいる、そしてご本人のサバイバル能力に裏打ちされたものだろうと思います。

そして冒険行の最後に角幡さんを襲ったのは、予想外の出来事による食糧難、何日も続くブリザードという出来事。まさにギリギリでの生還ですが、角幡さんが味わった究極の危機感には圧倒されずにいられませんでした。

そうした中で印象的だったのは、これ以上ない同伴者であった犬の存在。犬とはどんなに人間を支える存在であるか、ということを身をもって知らされた思いです。
そして、長く暗闇の世界で過ごした後に目にした太陽の姿、その大きな感動はさぞや、と思います。
80日間にも亘る単独行の末にシオラバルクに帰着した最終場面では、角幡さんに負けず劣らずホッとする気分でした。

滅多にない冒険行を体験できる一冊、お薦めです。


東京医科歯科大学附属病院分娩室/最北の村/風の巨瀑/ポラリス神の発見/闇迷路/笑う月/極夜の内院/浮遊発行体との遭遇/曙光/極夜の延長戦/太陽/あとがき

         

3.

「極夜行前 ★★


極夜行前

2019年02月
文芸春秋

(1750円+税)

2022年10月
文春文庫



2019/03/18



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極夜行においても記載されていましたが、「極夜行」実行前に行われた、その準備のための極地旅の内容をつぶさに記した一冊。

どちらを先に読んだら良かったのかという問いも思い浮かびますが、今更いっても詮無い事。それでもメインはやはり「極夜行」ですから、本書はさらに興味があるという方に向けた準備旅の記録と言って良いと思います。三部構成。

第一部は<2012.12.18〜13.01.18>。
カナダをケンブリッジベイを起点に行った、実際に極夜の中で試した旅。自分がいる位置をどう把握すればよいのか、この点についての苦労が語られます。
(GPS等を利用すれば簡単ですが、それでは冒険にならない、というのが角幡さんの主張)。
第二部は<2014.02.11〜03.22>。
グリーンランドのシオラパルクを起点に行った、人一人・犬一匹での犬橇を使った極地旅。
思うように動かない犬
ウヤミリックに対し、角幡さんが怒りを爆発させて○○する様子が、隠し立てなく語られます。
そして
第三部は<2015.06.21〜07.08、同07.22〜08.31>
シオラパルクを起点に、今度は若いカヤッカーである山口将大さんが同行しての<カヤック+徒歩>旅。

準備行からして大変だったことがよく分ります。
その苦労と、それだけの準備があったからこそ、極夜行旅を成功させることができたのでしょう。
でもそれと同時に、何でここまで苦労して極夜旅をするのか、しなくてはならないのか、と改めて感じます。
<冒険>とは所詮、勇気と度胸ある遊び事、だからこそ生きていることを実感するための命がけの児戯、という気がします。

三部の中では、第二部での犬との間に行われた容赦ない対応の仕方が印象に残り、忘れ難い気がします。

※表紙の写真より中扉の写真、白夜の中、ただっ広い氷原に犬と橇が佇んでいる写真に圧倒感があり、忘れ難く印象的です。


第一部 天測放浪/第二部 犬との旅/第三部 海象と浮き氷

  


  

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