藤原正彦著作のページ


1943年旧満州新京生、東京大学理学部数学科卒、同大学大学院理学系研究科修士課程数学専攻修了。作家の新田次郎・藤原てい夫妻の次男。数学者、お茶の水女子大名誉教授。78年「若き数学者のアメリカ」にて日本エッセイスト・クラブ賞を受賞。


1.若き数学者のアメリカ

2.遥かなるケンブリッジ

3.数学者の休憩時間

名著講義

 


 

1.

「若き数学者のアメリカ」● ★★★    日本エッセイスト・クラブ賞

 


1977年11月
新潮社刊

1981年06月
新潮文庫

 

1992/03/26

 

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本書は、1972年に藤原さんがミシガン大学の研究員として招かれ、渡米した折の体験記。断然面白いです! 感動的と言うことを超えて、凄く共感を抱く本です。

直情径行型の性格。得意絶頂から失意のどん底への急転、劣等感から生じる相手への敵愾心、そして振れの大きい性格。いずれも、あの新田次郎氏の子息、数学者というイメージからは、およそかけ離れたものです。そんなことから生じる数々のエピソードに、面白さ、共感が尽きません。
しかし、それらは藤原さんの性格に帰すべきことではなく、海外に出た日本人に共通する心理なのかもしれません。ただ、殆どの人は、慣れれば忘れるでしょうし、何かに記すということになれば、自分を取り繕い、恰好良く見せかけるでしょう。
ところが、藤原さんは、そんな自分の体験を、余すところなくありのままに書いています。そのことが凄いと思います。例えば、フットボールの試合場前で、2枚の切符を持って片っ端から女性に声を掛ける。そのうちに、2度までも同じ相手に声をかけてしまった、といいます。語りだけでなく、藤原さんの突撃的行動にも、凄さを感じます。
自分だけじゃない、今では恰好良くしている人も最初は皆そうだったんだ、と勇気づけ、まるで我々の劣等感を慰めてくれるかのようです。

この本の魅力は、上記のことだけではありません。藤原さんの文章の素晴らしさにも驚かされました。自分の感情を思うがままに書き出していて、臨場感があります。また、ミシガンやコロラドの風景に接して感じたことを語るところの、みずみずしさ。数学者には全く勿体無い文才、と思う程です。羨望の念にとらわれずにいられません。

ハワイ−私の第一歩/ラスヴェガス I can't believe it/ミシガンのキャンパス/太陽のない季節/フロリダ−新生/ロッキー山脈の麓へ/ストラトフォード・パーク・アパートメント/コロラドの学者たち/精気あふるる学生群像/アメリカ、そして私

 

2.

「遥かなるケンブリッジ」● ★★☆

 


1991年10月
新潮社刊

1994年07月
新潮文庫化

 

1991/11/01

 

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若き数学者のアメリカは、藤原さんが単身で渡米したときの体験記でしたが、本書は家族を伴ってイギリスのケンブリッジへ滞在したときの記録です。
ちょうど林望「イギリスはおいしい」「イギリスは愉快だ」も読んでいた時期で、必然的に読み比べるようなことになりました。
エッセイとしては、林望さんの方がはるかに面白く読めました。しかし、本書には林さんの本とは全く違った、生々しい迫力があります。

前半は、イギリス生活に面食らう話が主体で、さ程のことはありません。
何と言っても、後半、次男・彦次郎クンへのいじめ、更なるリンチが続き、藤原さんが校長へ直談判に乗り込む辺りが圧巻です。
その部分から遡り読み流していた部分を思い返すと、些細な事柄の中に、イギリスのイギリスたる素晴らしさと、これもまたイギリスらしい意固地さと、その社会問題を改めて感じました。
藤原さん本人の、ケンブリッジとオックスフォードでの2回の講演。緊張と屈折感、そこからくるストレス。イギリスにおける頑強な階級意識。そして前述の彦次郎君へのいじめがありました。
毎日繰り返されるいじめに、よく5歳の子供が我慢して学校へ通い続けたと思います。それに対して父親の藤原さんは、喧嘩に勝てとか、侍精神だとか、そんなことを言うばかりで、学校への談判を避けている様子。結局は学校へ乗り込んだ訳ですが、藤原さん自身も孤軍奮闘、自信とその喪失、ストレスの繰り返しで敵対的な心情になっていた為らしい、とのこと。
改めて海外で生活することの大変さを感じさせる1冊でした。

 

3.

「数学者の休憩時間」● ★★

 

1993年02月
新潮文庫刊

 

1993/04/29

最初の章「人が人を生むために」がとくに面白かったです。若き数学者のアメリカそのままの藤原さんがいることを感じられて、楽しい。
初めての奥さんの妊娠。奥さんがラマーズ法を選択したことから、出産作業に藤原さんも巻き込まれることになるのですが、何だかんだと言いつつ共同作業から逃げようとするあたり、我々凡人とご同様で、同胞意識を強く感じます。(^^;)  毎度繰り返される口実に、奥さんの
「あなたの気持ちは分りました」という一言が可笑しい。

結局、藤原さんは出産現場に立ち会うのですが、出産時のドラマティックな描写は、まさに名文章と言って良いものです。
他に、数学と論理的思考の関係、大学入試試験のこと、等々。
藤原さんは、学問においては論理力より情緒力が不可欠なのである、と説いています。すると思い出すのは、他ならぬ藤原さん自身がきわめて情緒的な人物である、ということです。若きアメリカ留学時代の突進力、自分および子供も含めて喧嘩の勝ち負けにこだわる考え方、だからこそ(数学者には似つかわしくないと思いがちですが、むしろ逆に)すぐれた数学者にも、素晴らしい文章家にもなり得ているのだ、という気がします。
上記2冊に比べると、軽く読めて、かつ充分に楽しめる一冊です。

   

4.

●「名著講義」● ★☆



 
2009年12月
文芸春秋刊

(1500円+税)

2012年05月
文春文庫化

 

2010/01/14

 

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藤原先生、お茶の水女子大学で十数年にわたり“読書ゼミ”を続けてきたとのこと。
数学科学生ではなく他教科の新入生を対象に、毎週藤原先生が指定した文庫本1冊を読み、その感想を交し合う、というゼミ。
受講条件は、
「毎週一冊の文庫を読む根性があること」と「毎週一冊の文庫本を買う財力があること」
名物授業ということで人気高く、受講者20名は毎年抽選で選ばれることになるのだそうです。
「時に激論、時に人生相談、時に脱線し爆笑しながらの白熱の授業」との由。
藤原先生と学生たちの間で交わされる問答を、そのまま実況中継(女性編集者による)の如く記録した一冊。

ただし、どうも藤原先生の日本および日本人観に、学生たちが誘導されている傾向、無きにしも非ず。
その辺り、受講する学生の素直な反応に思わずニヤッとしてしまう。
でもそんなことは、藤原先生であれば当然予想されるべきことであって、それに引きずられず、冷静かつ客観的に読んでいけば済むこと。
本ゼミで取り上げられた“名著”、不肖本好きとはいえ私も読んだことのない本ばかりです。
読まずにその内容を知ることができるという点では、大いに有り難く思います。
各々どういう本であるかを書き出すとキリがありませんが、武家の女性、日本女性の素晴らしさを称えた女性筆者による
「武家の女性」「東京に暮す」の2冊、学生、藤原先生ならずとも、印象に強く残ります。
さて、ゼミを傍観者の立場から聴講する気分で、本書を覗いてみましょう。

・新渡戸稲造「武士道」(明治32年)
・内村鑑三 「余は如何にして基督教徒となりし乎」(明治28年)
・福沢諭吉 「学問のすすめ」(明治05年)
・日本戦没学生記念会編「新版きけわだつみのこえ」(昭和24年)
・渡辺京二 「逝きし世の面影」(平成10年)
・山川菊栄 「武家の女性」(昭和18年)
・内村鑑三 「代表的日本人」(明治27年)
・無着成恭編「山びこ学校」(昭和26年)
・宮本常一 「忘れられた日本人」(昭和35年)
・キャサリン・サンソム「東京に暮す」(昭和12年)
・福沢諭吉 「福翁自伝」(明治32年)
※藤原正彦<最終講義録>:「若き数学者のアメリカ」から「孤愁」へ

   


 

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