●「ローマ帝国衰亡史・第2巻」●

 

11〜16章

268-323年

 

1986/11/24

この第2巻には、ディオクレティアヌス、コンスタンティヌスという、ローマ帝国後期の2大帝が登場するとともに、ローマ帝政下のキリスト教普及の問題を扱っており、とても興味深い。
我々が学校の教室で世界史を学ぶとき、
ディオクレティアヌスはローマ帝国をニ分した皇帝、コンスタンティヌスはキリスト教を国教とした皇帝、と単純に定義付けられてしまいますが、史実はそんなに簡単なものではありません。
ディオクレティアヌスの東西2分割も必要に迫られた故であり、それを成し得たのは彼が卓越した人物だったからこそと説明されています。
東西2分割といっても、各々正帝・副帝がおり、実際には4分割統治であったそうです。とはいえ、
ディオクレティアヌスが東方・正帝として、他の3僚帝を敬服させていたが故に可能であった統治方法であり、彼が退位した後は再び帝位の争奪戦が行われます。
結局、
コンスタンティヌス大帝の討伐により帝国の再統一がなされた というのは、読んできて納得いく史実でした。
ディオクレティアヌス、西方・副帝のコンスタンティウス、その息子コンスタンティヌスという人物の卓抜さは、過去に乱立した皇帝達 と比較すると、明白です。
キリスト教徒に関する2章も、興味深いものでした。
キリスト教徒が穏やかで良識的だった故に、多くの宗教を内在するローマ帝国が、彼らに対して寛容だったという事実は納得がいきます。その後に
コンスタンティヌス帝が国教化するのも自然なことだったように 思います。

 

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