結城昌治作品のページ


1927年東京品川区生。戦後東京検察庁に勤務。肺結核、胸膜炎を患い、国立東京療養所に入所。そこで福永武彦、俳人石田波郷と親しくなり、福永の勧めで小説を書き始める。63年「夜の終るとき」にて推理作家協会賞、70年「軍旗はためく下に」にて直木賞、84年「終着駅」にて吉川英治文学賞を受賞。96年01月逝去。


1.
軍旗はためく下に

2.森の石松が殺された夜

3.エリ子、十六歳の夏

4.決着

5.出来事

6.泥棒たちの昼休み

  


   

1.

●「軍旗はためく下に」● ★★      第63回直木賞

 

1973年9月
中公文庫刊


2020年07月
中公文庫
(増補新版)



1999/01/21

太平洋戦争末期、最前線で食べることにさえ苦しんでいた兵士の中には、無慈悲な陸軍刑法の下に殺された者たちもいた。
本書は、限りなくノンフィクションに近い作品として書かれた5篇。
 
日本の軍隊の中でどれだけ理不尽なことが実際に行われていたかは、周知のことだと思います。そうと知りつつも、本書を読むとそのあまりの理不尽さに愕然とせざるを得ません。実態だけではなく、組織・法の面においてさえ、兵士には過酷な環境となっていたのです。
たとえば、敵側に一度捕虜となったなら、脱走して自軍へ戻ろうとも敵に投降したものと見なされ死刑に処されかねないのです。そんな無茶苦茶なことが、幾つも陸軍刑法の中には定められていたのです。
弁護人など勿論なく、被告の状況考慮などまるで余地がない。そして、現実に一般の兵士には厳しく適用されたようです。その反面、司令官、参謀などの高級幹部に対してはどうだったかといえば、彼らにはいくらでも逃げ口があった。現に命令を無視して満州事変を勝手に引き起こした連中は、命令違反で罪を受けるどころか結果的に殊勲賞さえ授与されているのです。(参照:半藤一利「ノモンハンの夏」)
 
あとがきの中で作者は、戦争体験者より現代の青年たちに本書を読んでもらいたいと述べています。その動機は、2度とそんな理不尽なことを繰り返さないようにという戒めだと思います。でも、昨今の企業リストラを見ていると、所詮犠牲になるのはいつも底辺にいる一般社員層であり、少しも日本の組織の体質は変わっていないと感じます。
日本人は自分たちの歴史の中からさえなかなか学ぶことができないのでしょうか。

1.敵前逃亡・奔敵/2.従軍免脱/3.司令官逃避/4.敵前党与逃亡/5.上官殺害

 

2.

●「森の石松が殺された夜」● ★★

 

1988年2月
徳間文庫

 

1988/03/13

表題作の「森の石松が殺された夜」は、時代小説の中にミステリを持ち込んでいるという点で、特筆しておきたい作品です。ストーリィは、ずばり、清水次郎長子分・森の石松が殺された真相を探るというもの。
本作品における次郎長は、まだいっぱしの縄張りも持たない駆け出しで、いかさま博打も平気でやるいかがわしい男。石松はそれに輪をかけた乱暴者で、賭場荒らしの常習犯。一般にヤクザという人種を考えるなら、講談に語られるような人物よりこの方が真実に近いだろう、という作者の論は充分説得力があります。
そんなヤクザでありながら、都田吉兵衛が真相をいろいろと推理し、頭の冴えを発揮するというところに、意外性と多様性があって、楽しめます。

「喜三郎」「島吉」は、日本にもこんなハードボイルドがかける題材があったのかと、目の醒めるような思いがしました。。前作はとくに、アメリカ的ハードボイルド探偵小説そのままの世界です。2作とも捨て難い魅力があります。

森の石松が殺された夜/野州矢板の喜三郎/下総我孫子の島吉

 

3.

●「エリ子、十六歳の夏」● ★★★

 


1988年12月
新潮社刊

1992年2月
新潮文庫化
(絶版の様子)

 
1991/08/16

読了後も心に余韻が残る、そんな素晴らしい作品。
ストーリィは、元刑事の祖父・田代が家出した高校生の孫娘・エリ子を探し求めるというもの。推理小説仕立ての連作短篇となっているところが特色です。

エリ子は常にストーリィの中で名前が登場するものの、本人はなかなか姿を見せず、祖父はエリ子を各章を通じて探し続けるというストーリィ構成。
その代わりに、エリ子の仲間でキティと名乗る家出娘が登場します。キティには逞しい生活観があり、機転も利く。老年と若者の会話で世代間交流という要素を繰り広げながら、祖父と良い凸凹コンビになって活躍する、魅力あるキャラクターです。
この作品は、エリ子を追うという探索をしながらその過程で事件をひとつひとつ解決していく、という二重構造を持っています。
各々の事件は、犯罪というより偶然の事故といったものが多く、加害者もまた被害者という印象。
加害者を犯罪者として排除するのではなく、加害者への同情と思いやりが温かく感じられる、そんなところが嬉しい作品です。

バラの耳飾り/銀のブレスレット/白鳥のブローチ/黒揚羽のリボン/サファイアの指輪

 

4.

●「決着」● 

  

1993年4月
新潮社刊

 

1993/04/29

エリ子、十六歳の夏と同様の推理仕立て連作短篇集。
今回の探偵は、売れない70才の老人画家・耕平。その相棒となるのは、耕平の娘でバツイチの37才ピアノ教師・高江。それにプラスアルファ、2年浪人+2年留年中というアルバイト学生が加わります。
老人画家の推理がちょっと飛躍気味であり、「エリ子」と比較してしまった所為か、私としてはちょっと期待ハズレという印象。

残照/一瞬の場景/お手をどうぞ/他人の死/ニンジン事件/モネといっしょに/決着

    

5.

●「出来事」● 

 
1994年9月
中央公論社刊

1997年8月
中公文庫刊

 

1998/12/09

日常のありふれた男女関係にミステリがふと絡む、といった趣の短篇集です。結城さんが登場人物に感情移入せず、突き放したような印象があるところにハードボイルド・タッチを感じます。また、文章は、星新一さんのショート・ショートを連想するような短く切り上げたものです。
計8篇のミステリですが、最終作品にそれまでの7篇からひとりずつ登場人物が再登場する、というのがちょっとしたミソ。
なお、最終作品の流木マユミは、エリ子、十六歳の夏の田代とキティの関係を思い出させます。

チケット/出来事/無名の花束/不審な男/最後に笑う者/暗い坂道/一年前の女/はるかなる終局

   

6.

●「泥棒たちの昼休み」● ★★

 

1996年9月
新潮社刊

1999年11月
講談社文庫化

 

1996/09/29

結城さんの最後の作品。
ちょっとハードボイルドさを和らげて、白石一郎“十時半睡”のように方の力を抜いて書いた作品という印象を受けます。

刑務所に収監されている人間たちの、収監される原因となったそれぞれの物語を連作短篇形式で書いた一冊。
労働の休憩時間に、彼らの顛末が順繰りに語られていきます。
それにしても、悪党だというのに人が良いと言うか、抜けていると言ったら良いか・・・ということばかり。
騙すつもりが騙されて、自分は懲役で肝心の首謀者は娑婆でのうのう、といった件が多い。
よく考えてみると、彼等の行動よりもっと深い真相が(作者も触れていませんが)ありそうで、それを想像してみるのも応えられない面白さだと思います。思い返すたびジワジワと可笑しさがこみ上げてきます。

泥棒たちの昼休み/義をみてせざるは/あぶない橋/沈黙は金/不運は重なる/ひとつよければ/押しの一手/犬も歩けば

   


 

to Top Page     to 国内作家 Index