夢枕 獏作品のページ


1951年神奈川県生、東海大学文学部日本文学科卒。77年「奇想天外」誌に「カエルの死」を書いて作家デビュー。2012年「大江戸釣客伝」にて第46回吉川英治文学賞・第39回泉鏡花文学賞・第5回舟橋聖一文学賞を受賞。


1.陰陽師

2.陰陽師−飛天ノ巻

3.陰陽師−生成り姫

※ Memo

4.大江戸釣客伝

  


 

1.

●「陰陽師」● 


陰陽師画像

1988年08月
文芸春秋刊
(1165円+税)

1991年02月
文春文庫化

 

2003/07/13

“陰陽師”シリーズが人気を博していることを何時しか知り、次いで野村萬斎・真田広之主演による映画を観る。そして肝心の原作を読んだのは最後、というのがこの「陰陽師」との経緯です。

魑魅魍魎が跋扈し、夜の闇が恐れられた平安時代が舞台。
方位を観れば、占いもし、その上妖術や呪詛にも通じているという陰陽師の中でも、一際抜きん出た力を持っている安倍晴明が本シリーズの主人公。
この安倍晴明の元に、親友である源博雅朝臣が毎度事件を持ち込む、という形式で物語られる連作短篇集。
読み出してすぐ感じたのは、あぁこれは平安時代版“シャーロック・ホームズ”だな、ということ。源博雅が、安倍清明の優れた能力の引き立て役および良き助手になっていると同時に、何となく親近感をもたらしている辺り、ワトソン役に相通ずるものがあると言えるでしょう。
そして犯罪事件に対応して、そこは平安時代らしく怨霊等が原因となる怪奇な事件の数々、という具合。
一篇一篇のストーリィは割と淡々としていますが、エンターテイメントとして、如何にも長い人気を得そうな面白さ、登場人物の魅力を備えています。
なお、冒頭の「平安時代−闇が闇として残っていた時代」という言葉の中に、そんな闇の世界への懐かしみと親しみが感じられ、印象的。それがあってこそ生まれたシリーズなのでしょう。

玄象といふ琵琶鬼のために盗らるること/梔子の女/黒川主/蟇/鬼のみちゆき/白比丘尼

    

2.

●「陰陽師−飛天ノ巻」● 

飛天の巻画像

1995年06月
文芸春秋刊

1998年11月
文春文庫

(457円+税)

2003/08/31

“陰陽師”シリーズの第2巻。
第1巻と同じく、平安時代のホームズ・ワトソンと言うべき、安倍
源博雅が活躍する、魑魅魍魎との邂逅を描いた短篇集。

読み始めの方こそ、安倍晴明の活躍に注視して読んでいたのですが、何時からかむしろ源博雅に惹かれて読んでいたようです。
それ程(本書中幾度も晴明が言うように)源博雅は“よい漢”。それを象徴するのが、「露と答へて」の篇。
言うまでもなく、魑魅魍魎、怨霊と言えば、闇の世界のもの。現世が明るい世界とすれば、安倍晴明は闇と現世を繋ぐ人物。そして源博雅こそ、現世を象徴するような陽の人物、と言えるでしょう。
その意味で、源博雅あってこその“陰陽師”シリーズと思うのです。

天邪鬼/下衆法師/陀羅尼仙/露と答へて/鬼小町/桃薗の柱の穴より児の手の人を招くこと/源博雅堀川橋にて妖しの女と出逢うこと

    

3.

●「陰陽師−生成り姫」● 

 
生成り姫画像


2000年04月
朝日新聞社刊

2003年07月
文春文庫

(581円+税)

 
2003/09/15

“陰陽師”シリーズ初の長篇。
ただし、文芸春秋ではなく、朝日新聞社から単行本として刊行されたところが注目点。
その為、序章および第一章は、安倍
および源博雅の紹介となっており、陰陽師の第一巻と重なる部分が多い。

ストーリィは12年前のことから始まります。
毎夜の如く橋の袂で笛を吹く源博雅に、毎夜その笛を聞きに現れる姫君がいました。いつしかその牛車は現れなくなったものの、博雅の心の中にはその姫君に対する想いが残ったらしい。
そして今、再び博雅の前に現れた姫君は、博雅に救いを求めつつ消え去ってしまう。
通い夫に捨てられ、恨みから鬼女になった姫君に対し、博雅の変わらぬ心の強さに胸打たれるストーリィ。
晴明と博雅のコンビによるシリーズものと言いつつ、本書は、博雅の女を愛する見事さ、男としての優しさがあってこその作品です。
“陰陽師”を人間ドラマとして見るのなら、主人公は疑いなく源博雅と言うべきでしょう。
※なお、「生成り」とは、女が鬼=般若になりきる手前の状態を指す言葉とのこと。

    

 

Memo

 

 

○「陰陽師(おんみょうじ)
「おんようじ」、「いんようし」とも言う。
中国から伝えられた陰陽五行説に基づき、日月や十二支の運行を予測するほか、国家や個人の吉凶を占い、祓や除災などの行法を行った者のこと。
律令時代、陰陽師の属する「陰陽寮」は、神祇官の「ト部」と並ぶ中務省の一機関だった。
平安時代中期に至ると、天変地異等の災いを避けるため陰陽道に基づく様々な禁忌が守られるようになり、地方にも陰陽師が配置された。また、陰陽道の学者として賀茂家安倍家が活躍した。その中で、
賀茂忠行・保憲父子という名人と共に、保憲の子の光栄と弟子の安倍晴明が傑出した後継者として知られる。
江戸時代には、安倍氏の系統である土御門家が全国の陰陽道組織を統括し、諸国の陰陽師に職札を交付して、毎年の運上を課した。

○「陰陽道(おんみょうどう)
「おんようどう」、「いんようどう」とも言う。
福をまねき、災いを避けるために、何時・如何なることをすべきかを説き、また時と方位から吉凶を占う技法。さらに、国家安泰のための改元を進言するにも至った。
源流は、古代中国の周王朝に成立した「易」で、陰陽五行説を基に十干十二支説や天文・暦の知識が付け加わったもの。
日本には、6世紀初頭、中国から朝鮮を経て伝来し、聖徳太子が冠位十二階制度や十七条憲法の制定に陰陽道を取り入れている。
1870(明治 3)年、太政官布により陰陽寮が廃止され、公的な場で陰陽道が用いられる事はなくなった。

○安倍晴明(あべのせいめい)
 921〜1005年。平安中期の陰陽師で、賀茂忠行・保憲父子に師事し、後に日本第一の陰陽師と言われる。1001年に従四位下に叙せられた。

 

           

4.

●「大江戸釣客伝」● ★★   吉川英治文学賞・泉鏡花文学賞・舟橋聖一文学賞


大江戸釣客伝画像

2011年07月
講談社刊

(各1600円+税)

2013年05月
講談社文庫化
(上下)

2024年06月
徳間文庫
(上下)


2012/03/25

 
amazon.co.jp

吉川英治文学賞を受賞したことで読むに至った作品です。

江戸時代、釣り好き連中の性懲りもない釣り好きぶりを描いた歴史小説なのですが、時代は五代将軍綱吉の治世。
“生類憐みの令”による禁止令が次々と発せられ、ついには釣り船禁止令まで。当然釣り好きにとっては、とても辛い時代となります。
私自身は、釣りは全くせず、今後もすることはないと思いますが、釣りの楽しさ、本作品の文章隅々から感じ取ることが出来ます。その楽しい気分を味わうのに、自分が釣り好きかどうかは関係ありません。好きなことに没頭できるのは、それが何であってもすこぶる楽しい。
しかし、それも度が過ぎれば悲劇となり、それを無理やり禁じれば人々の鬱積は高まり、世の中自体が不穏ともなる。
本作品は、綱吉治世という時代背景の下、釣り好きな人々にまつわる運不運、歴史的な出来事等々を約25年の長きにわたって描いた時代長篇です。

まず登場するのは、釣り好きの絵師の多賀朝湖(後の英一蝶)、同じく芭蕉の弟子である宝井其角。さらに家臣から誘われ釣りの楽しみを覚えた4千石旗本の若き当主=津軽采女
この3人、いずれも実在の人物。特に津軽采女は、後に我が国最古の釣り指南書である
「何羨録」を記した人物だそうです。
その他、
紀伊国屋文左衛門、吉良義央、水戸光圀と錚々たる歴史上の人物も登場。
ストーリィは、朝湖と其角が土左衛門を釣り上げたところから始まり、魚を釣り上げた竿を握って幸せそうな顔で死んでいたその土左衛門は何者か?という謎解き要素が一つの楽しみとなっています。

※生類憐みの令を、釣り好きの目から否定してみせたのが一興。同じく犬公方を風刺した星新一「殿さまの日と並んで印象に残ります。
※また、釣り好きといえば
ウォルトン「釣魚大全ウッドハウス「マリナー氏の冒険譚という好作品がありますが、本作品では釣り好きをひとつの生き方、として描いた点が好ましい。

    


  

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