山本文緒作品のページ No.


1962年神奈川県横浜市生、神奈川大学経済学部卒。本名:大村暁美。
OL生活を経て作家活動入り。87年「プレミアム・プールの日々」にてコバルト・ノベル大賞佳作を受賞し、少女作家としてデビュー。その後、92年「パイナップルの彼方」を皮切りに一般小説に移行。99年「恋愛中毒」にて第20回吉川英治文学新人賞、2001年「プラナリア」にて 第124回直木賞を受賞。2002年再婚、03年40歳の時にうつ病を発症し、執筆活動を中断。約6年の闘病後、エッセイ「再婚生活」にて復帰。21年「自転しながら公転する」にて第27回島清恋愛文学賞ならびに第16回中央公論文芸賞を受賞。2021年10月すい臓癌により長野県軽井沢の自宅で死去。享年58歳。


1.
パイナップルの彼方

2.ブルーもしくはブルー

3.きっと君は泣く

4.あなたには帰る家がある

5.眠れるラプンツェル

6.ブラック・ティー

7.絶対泣かない

8.群青の夜の羽毛布

9.みんないってしまう

10.そして私は一人になった


シュガーレス・ラヴ、恋愛中毒、紙婚式、落下流水、チェリーブラッサム、ココナッツ、結婚願望、プラナリア、ファースト・プライオリティー、日々是作文

→ 山本文緒作品のページ No.2

 
再婚生活、アカペラ、カウントダウン、なぎさ、自転しながら公転する、無人島のふたり

→ 山本文緒作品のページ No.3

   


    

1.

●「パイナップルの彼方」● ★★




1992年01月
宙出版刊

1995年12月
角川文庫化


1999/02/13

東京で一人暮しの鈴木深文、23歳。勤務先は父親のコネで入った信用金庫。毎週末泊りに来る恋人もいて、職場では先輩OLともうまくやり、バイトでイラスト書きもしている。また、短大からの友人であるなつ美と月子が、それぞれ早い結婚あるいは挫折の繰り返しをしているのを尻目に、ひとりふてぶてしい程にマイペース。
ウッ、もう私には理解できない、若い世代の娘の話だなア、と諦めながら読んだのが前半まで。
ところが、半ばを過ぎると、途端に面白〜い! 一皮向いてみれば、彼女もごく普通の女の子だったのか。とくに深文に○○の症状が出てからは、坂道を転げ落ちるように面白さにはまりました。
振り返れば何処にでもあるような話の繰り返し。でも、その何処にでもいるような登場人物たちが、現実感たっぷりなのです。それぞれ憎めなくて、この物語の面白さのひとつです。
私の場合には、男女差および世代差から、深文を見るのに距離感があるのは仕方ないところ。でも、若い女性だったら、深文にきっと共感を抱き、一緒になって喜怒哀楽するのではないでしょうか。
ちなみに、本書の題名は、山本さんが高校生の頃抱いていた「いつかハワイへ逃げよう」という漠然とした夢と、同名のレコードからのようです。

        

2.

●「ブルーもしくはブルー」●



1992年01月
宙出版刊

1995年12月
角川文庫化

1999/02/15

都会の一流サラリーマンと結婚、けれど夫の愛を得られず不倫している蒼子。そんな蒼子が、偶然立ち寄った博多で自分とうりふたつの蒼子Bと出くわす。
蒼子Bはなんと、蒼子 (A)のかつての恋人と結婚して幸せそうな家庭を築いていた。
そこから当然生まれるストーリィは、2人が入れ替わるというもの。
となると所詮ストーリィ展開は予想の範囲に留まってしまう訳で、パイナップルの彼方のような予期せぬ面白さというのはありませんでした。

でも、誰しも人生の岐路で迷った経験があれば、一度は別の人生を夢見ることがあったでしょう。本書はそんな期待に応えた作品かもしれません。期待通りの結末だったかどうかは別として。

         

3.

●「きっと君は泣く」● ★☆



1993年07月
光文社刊

1997年07月
角川文庫

(520円+税)


2000/02/21

「・・・・ほんとうに美しい心ってなんだろう? 清々しく心洗われる、“あなた”の魂の物語」
表紙裏の案内文から予想していたのとまるで異なる主人公像に、最初から最後まで戸惑ったまま読み終えてしまった、というのが正直なところ。まだ呆然としたままのような感じです。

主人公は桐島椿、23歳、コンパニオン派遣会社に勤務。美人であることがすべて、という考えで生きてきた椿は、男とも出会い頭にセックスするような生活を続けていて、少しも恥じるところがありません。また、同性に対してはと言えば、手当たり次第に敵扱いするような性格。唖然とするばかりの主人公像です。
そんな椿がふと気づくと、誰(男)も回りにいない。しかも、美人で憧れだった祖母は病院で急にボケ始め、面倒を見ざるを得ない。一方、嫌いだった父親は破産+重病患者で入院、という状況に急落下。
窮地にたって苦闘する椿が始めて知るのは、美人であることと人生の価値とは全く無関係であるという事実です。
病院で「大魔神」と綽名されるブスの看護婦・魚住、彼女との度々の喧嘩・乱闘を得て、椿も少し変わっていくようです。そんな椿の再生を感じさせてくれる、迫力ある長編作品。

          

4.

●「あなたには帰る家がある」● ★★

   

1994年08月
集英社刊


1998年01月
集英社文庫


2013年06月
角川文庫化



2000/10/02

のめり込むように、一所懸命に読んでしまいました。素晴らしく感動的、あるいはスリル満点というようなことではなく、他人事とは思えないようなストーリィだからです。
本書では2組の夫婦が描かれます。まず茄子田家。主人・太郎は教師、妻・綾子は理想的と思えるような主婦。古い一軒家で小学生の息子2人と舅・姑同居の6人家族です。一方の佐藤家は典型的今風の核家族。デキチャッタ結婚にはめられた夫・秀明はハウジング・メーカーの営業員。妻・真弓と一歳になる麗奈とマンションで3人暮らし。
まず波風が立ち始めるのは、佐藤家。結婚できればすべて万々歳と思って結婚し、専業主婦に収まったが、真弓の不満はつのるばかり。料理を作る以上に毎日献立を考えるのが苦痛、娘は可愛いが憎たらしくなることもある、主婦仲間は煩わしく、まともな会話を交わす相手もいない、等々。ついに、保険レディ勤めを始めます。
このストーリィの基本にあるのは、外からの思い込みと、現実の生活の違いということです。秀明は、同僚の女子社員からみると理想的な男性とみえますが、真弓からみると結婚前の覇気も優しさもなくなった男。一方の茄子田太郎は、スケベで厚顔無恥な人間であるけれども、一応良好な家族関係を築いています。
真弓が外にでて働き始めたことから、秀明の結婚生活に対する鬱積は溜まり始め、一方の真弓にも秀昭へ不満が嵩じていきます。そこから、2組の夫婦関係が錯綜するドラマが展開することになります。決して他人事とは思えない内容に、目をそらすことができず一気読み。
亭主の責任とか、主婦の役割とか、もう固定的に考えるべきではないのでしょう。しかし、亭主のように外に出たからといって、それほど自由が満喫できるものではなく、家事専業といっても楽ばかりとは言えないというのは、経験してみて初めて言えること。
なお、秀明と真弓の印象が、作品冒頭と最後でまるで入れ替わったかのように様変わりするのが、なかなか楽しいです。抑えるべきツボはしっかり抑えているというのが、文緒作品の魅力です。

   

5.

●「眠れるラプンツェル」● ★★

   

1995年02月
福武書店刊

1998年04月
幻冬舎文庫
(533円+税)

2006年06月
角川文庫化



2000/08/15

表紙裏には「専業主婦が隣の家の子供に恋してしまうとは―!」とあります。果たしてどのようなストーリィなのか、 読む前から戸惑う気持ちがありました。

主人公・汐美は、結婚後6年目の専業主婦。子供はなく、夫はCMディレクターで殆ど家に帰って来ない、毎日をぼんやり過ごしているといった風です。しかし、本人は、とても楽で、自由で、退屈なのが好き、と満足しています。
そんな汐美の所に、まず猫のタビが来て、それからマンションの隣家の中学生ルフィオが来るようになり、....とストーリィは展開していきます。一人前の主婦が15才も年下の中学生に恋するなんて、おかしなことです。それ故そのことに引きずられ、汐美自身が抱えた問題に気付くのが、遅れました。どうも、文緒さんの術中にはまっていたようです。
本書の題名にある“ラプンツェル”とは、グリム童話に出てくる、塔に閉じ込められた女の子の名前だそうです。その題名が、この作品のすべてを物語っていると言えます。
読んでいる最中は、文緒さんの作り出すダラ〜ンとした世界に浸かり込んでいたという気分なのですが、読了後はすっきり爽快!という気分。そこが本作品の魅力でしょう。
ところで、汐美のことをどう思うか?と聞かれれば、決して嫌いではありません、というのが私の答えです。

   

6.

●「ブラック・ティー」● ★★




1995年03月
角川書店刊

1997年12月
角川文庫


2000/04/30

ちょっとした軽犯罪、ちょっとしたいけないことを 一貫したテーマとする、軽いショート・ストーリィ、10篇。
それでいて、読むごとにグサッ、グサッと、胸のうちに突き刺さるような思いがするのですから、不思議な魅力があります。
誰もが犯しがちな過ちから、人がごく普通に抱くようないじらしい気持ち、せつない気持ちが、率直に描き出されている所為ではないかと思います。
各篇にスパイスが効いているから、ちょっとした時、ポケットに気軽に入れて出かけるのにうってつけの短篇集です。

思わず笑ってしまうのが「百年の恋」「夏風邪」。せつない思いをするのが「ブラック・ティー」「少女趣味」「誘拐犯」。思わず仰け反ってしまうのは「寿」。ショート・ストーリィなのに、この凄みは強烈でした。
一方、何と言って良いのか判らないけれど、つい嬉しくなってしまうのは「ニワトリ」

ブラック・ティー/百年の恋/寿/ママ・ドント・クライ/少女趣味/誘拐犯/夏風邪/ニワトリ /留守番電話/水商売

   

7.

●「絶対泣かない」● ★★




1995年05月
大和書房刊

1998年11月
角川文庫化

(438円+税)


2000/02/17

それぞれ苦しいこと、悩みをかかえつつも、健気に頑張って働いている女性たちを描いたショート・ストーリィ、15篇を収録した一冊です。
単に短篇小説
×15ではなく、15の職業にある女性たちを描き分けているところに、興味をそそられました。
どんな職業についてもそれぞれいろいろな悩みがあるもんだなぁ、と共感を覚え、めげているのは私だけじゃないんだ、と知る。そんなことで、読者に元気を取り戻させてくれる一冊のように思います。若い女性、とくに仕事を始めて疲れを覚えた時には、格好の本でしょう。
一度読み終えた後に改めて読み返すと、彼女たちの可愛らしさに気づきます、それぞれ内面に光っているものがあることに気づきます。

花のような人(フラワーデザイナー)/ものすごく見栄っぱり(体育教師)/今年はじめての半袖(デパート店員)/愛でしょ、愛(漫画家)/話を聞かせて(営業部員)/愛の奇跡(専業主婦)/アフターファイブ(派遣・ファイリング)/天使をなめるな(看護婦)/女神の職業(女優)/気持ちを計る(タイムキーパー)/真面目であればあるほど(銀行員)/もういちど夢を見よう(水泳インストラクター)/絶対、泣かない(秘書)/卒業式まで(養護教諭)/女に生まれたきたからには(エスティシャン)

   

8.

●「群青の夜の羽毛布」● ★★




1995年11月
幻冬舎刊

1999年04月
幻冬舎文庫

(571円+税)

2006年05月
文春文庫化


2000/05/16

丘の上の住宅に住む、女ばかり3人の家族。教師をしている母親と、家事専業の長女・さとる、そして自由奔放なところのある次女・みつる
さとるが、鉄男という2歳年下の青年と付き合いだしたところから、このストーリィは始まります。
ちょっと風変わり程度に思っていたこの家族が、実はかなり歪で、異常な緊迫感をもっていることが、次第に明らかになっていきます。
神経質なさとるに対する同情心が増す一方で、一体この物語はどのように展開するのかと、不安感が募ってきます。普通の小説なのですが、ミステリとも、ホラーとも言いたいような雰囲気が微妙に混じりこんできます。
母娘間における葛藤の原因は何なのか、鉄男という存在は3人に女にとって何であるのか。そして、さとるは鉄男が求めるような女性なのか。
すべてが明らかになったとき、読み手は、自分が鉄男の立場に置かれていることに気付きます。
最終的にハッピーエンドになるのか、悲劇に終わるのかは、すべてこれからの決断次第です。この先に本当の恋愛物語が始まりえるのか、そのことを暗示するかのように終わっているところが、本作品の魅力と言えるでしょう。
余韻がいつまでも残る一冊です。

    

9.

●「みんないってしまう」● ★☆



1997年01月
角川書店刊

1999年06月
角川文庫化
(438円+税)

2000/05/13

この短篇集での一貫したテーマは、 “対象喪失”とのこと。
他の短篇集ほどのはっきりとした題材にはなっていませんが、文緒さんならではの味わいがあることに、変わりはありません。

人生の局面において、誰しも大事なものを失い、また取りこぼすということを繰り返していくものでしょうが、その刹那はとても哀しいものです。
そんな瞬間を文緒さんは10篇のショート・ストーリィに描きあげ、それにどう立ち向かうべきかについては、読者の気持ちに委ねています。しかし、まずは文緒さんの作り出した余韻の中に浸っていたい、というのが私の感想です。
中でも気に入ったのは「愛はお財布の中」「みんないってしまう」「イバラ咲くおしゃれ道」「泣かずに眠れ」

裸にネルのシャツ/表面張力/いつも心に裁ちバサミ/不完全自殺マニュアル/愛はお財布の中/ドーナッツ・リング/ハムスター/みんないってしまう/イバラ咲くおしゃれ道/まくらともだち/片恋症候群/泣かずに眠れ

       

10.

●「そして私は一人になった」● ★★




1997年 KKベス
トセラーズ刊

2000年08月
幻冬舎文庫
(495円+税)

2008年02月
角川文庫化


2001/02/08

離婚後、初めての一人暮らしを初めた文緒さんの、1年間の日記エッセイです。時期は1966年、年齢は33歳(最初は32歳)のことです。

自称「まだそんなに売れていない作家」とのことですが、暮らし振りは地味なものです。一日中、人に誰も会わず、コンビニ弁当やらで食事を済ませ、狭い部屋に閉じこもって原稿をコツコツと書いている、という文緒さんの姿が彷彿としてきます。作家といっても、売れっ子にならなければそれ程良い職業ではないなあ、と実感します。文緒さん曰く、自分に向く職業が何か、というだけの違いということですけれど、納得できます。
結婚して家事をきちんとこなし、更に小説も書くという、自分を律していた生活から解き放たれ、リラックスした雰囲気と共に、文緒さんの素顔が覗ける気がするのが、本書に魅力です。
たまに編集者と会ったりして外で酒食をすると、たいていは酔っ払っているように書かれていますが、気持ち良さそうです。酒の飲めない私としては羨ましくなる部分です。

そんな普段着の日記に、幻冬舎・山口さんとのインド2人旅の筈が、81歳の老婆クミコさんに乱入された紀行、2000年4月の日記を加えた文庫化。文緒ファンなら、嬉しい一冊だと思います。

そして私は一人になった/(特別紀行エッセイ)ナマステ・クミコ/四年後の私−2000年・春、書き下ろし

     

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