渡辺由佳里作品のページ


本名:Yukari Scott 1960年兵庫県生、京都大学医療技術短期大学部卒、同大学部専攻科修了。京都大学医学部付属病院に3年間勤務。その後ロンドン留学、日本語学校のコーディネーター、医療製品製造会社勤務などを経験。現在はボストン郊外で夫と娘の3人暮らし。翻訳やエッセイ執筆、またアクリル画を中心とした商業画家でもある。「ノーティアーズ」にて第7回小説新潮長篇新人賞を受賞。


1.ノーティアーズ

2.神たちの誤算

 


    

1.

●「ノー ティアーズ No Tears」● ★★  第7回小説新潮長篇新人賞


ノーティアーズ画像

2001年6月
新潮社刊
(1500円+税)

   

2001/07/10

「ノーティアーズ」という題名、本書を読む限り、「泣き言は言いっこなし」という意味のようです。
アメリカのビジネス社会で、男性に遅れをとらず勝ち抜いていこうとする日系三世の女性、ジューン・ムラカミが主人公。
勝ち抜くといっても、アメリカのビジネス社会は相当にハードです。まさに生き馬の目を抜く、という感じ。成功・報酬・評価と、失業・挫折者の烙印が、常に紙一重という具合です。
そんなビジネス社会で、ジューンは仕事にしがみつくように頑張っていますが、そうことは順調に進まない。また、男性関係では常にコンプレックスが付きまとっているようで、継続することができない。日系人というハンデも、決して無縁ではないようです。
仕事にも男性関係にもアクセクする女性主人公という点で、ブリジット・ジョーンズの日記と共通するものを感じます。ただし、「BJ」が面白おかしく現代女性を描いてユーモア度の高い作品だったのに対し、本作品は現実的で、ビジネス社会における女性の辛い状況がはっきりと描かれています。ジューンが、傷つきやすい心を内面に隠し、弱さを人目に晒すまいと頑張っている姿がその象徴でしょう。作中でも語られますが、ビジネス社会はまだまだ“メンズクラブ”ということなのでしょう。
後半ジューンが公私両面で修羅場に立たされる展開は、サスペンスのようなスリルと緊迫感があって、息を呑むばかり。
幸せとは一体何なのか、ジューンと一緒になって考えることのできる点が、この作品の素晴らしさです。
最近では珍しい実直な作品、私の好きなタイプの小説です。
仕事に頑張っている女性へ是非お薦めしたい一冊。

   

2.

●「神たちの誤算」● ★☆

  
神たちの誤算画像
 
2002年10月
新潮社刊
(1700円+税)

 

2002/11/02

アメリカの総合病院、そのハードな現場で産婦人科医として働く久保田春生を主人公に、生殖医療(出産、不妊治療、中絶等)の問題、その宿命を担わされた女性達の苦悩を意欲的に描いたストーリィ+ミステリ。

春生は、恋人と別れた心の傷を今もなお引きずっている女性。その悔しさで渡米したが、生殖医療の現場において同僚、患者との軋轢等、現在も悩みは深い。日米間の、患者と医者の関係、医療現場における違いへの戸惑いに加え、独身女性としての悩みもあります。その辺り、米国社会で働く独身女性としての葛藤を語る部分はノーティアーズジューンに共通します。
本作品において印象的なことは、生殖における女性の苦しさ、悩み、負担が極めて大きいのに対し、そのパートナーである男性が能天気、そのうえ身勝手と、具体的に糾弾されている点。女性が読めばまさにその通り!と言うところでしょうし、男性としてはつくづく耳が痛い。

期待したミステリ要素はイマイチ迫力不足。その点では、帚木蓬生臓器農場の方がスッキリしています。
また、働く女性の苦悩、生殖における女性の負担、日米医療現場の差、先進生殖医療における問題への提起+ミステリと、意欲的なあまり、全体としてややバランスを欠いた観のあることが惜しまれます。
それでも、本作品は様々な経験を重ねてきた、渡辺さんならではの作品と言えます。

※忘れ難いノンフィクションに、中平邦彦「パルモア病院日記」があります。出産医療の現場を描いた、私のお薦め本です。

  


   

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