魚住直子作品のページ


1966年生、山口県・広島県で育つ。広島大学教育学部心理学科卒。「非・バランス」にて第36回講談社児童文学新人賞を受賞し、作家デビュー。2008年「Two Trains」にて第57回小学館児童出版文化賞、2010年「園芸少年」にて第50回日本児童文学者協会賞を受賞。

 
1.
非・バランス

2.象のダンス(文庫改題:未・フレンズ)

3.ピンクの神様

4.園芸少年

5.大盛りワックス虫ボトル

6.みかん、好き?

 


   

1.

●「非・バランス」● ★★     講談社児童文学新人賞


非・バランス画像

1996年06月
講談社刊
(1500円+税)

2006年05月
講談社文庫化



2007/07/17



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本書のあとがきで魚住さんは、「“バランス感覚の優れたひと”とか“バランスのとれた人格”というのは、上級に属するほめ言葉。でもどうしてもバランスのとれないときが、誰にでもある。深い穴に落ちてしまったように感じ、もしかすると一生、その穴から抜け出せないんじゃないかと苦しむ。けれど実はそういうとき、ジャンプ台に立っている。これから大きく飛びたつための、ジャンプ台」と語っています。

本書はそんなバランスを失って、落とし穴に入り込んでしまっている中学生の“わたし”を主人公にした作品。
バランスと簡単に言うけれど、実はそれを備えるのは難しいことではないか。最初から無意識にバランスがとれていることより、無理してバランスを維持していることより、一度とことん苦しんでからバランスを取り戻す方が、実は大切なのではないか。
本書はそんなストーリィです。

“わたし”は小学生の最後にずっと除け者にされて過ごしたことから、中学に入ってクールに生きること、友だちを作らないことを作戦にしている。
しかしそれは、わたしの心の中に巣食う悪夢を取り払ってはくれない。そんな時たまたま知り合ったのが、28歳の社会人女性、ハヤシモトサラ
わたしは彼女に出会ったことを救いとして、もがきながらようやく自分の前に光明を見い出しますが、彼女もまた実は内面に闇を抱えていたとは思いも寄らなかったこと。

親や教師という大人が気づかない、少女の苦しみ、悩み。そんな少女の心の内が素直に描かれているところが本作品の良さ。
苦しみの後にはいつか明るい希望が生まれる、そう信じることができるような佳作です。

   

2.

●「未・フレンズ(原題:象のダンス)」● ★☆


象のダンス画像

2000年10月
講談社刊

2007年06月
講談社文庫

(552円+税)



2007/07/18



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文庫化になったところを書店でみかけ、実は非・バランスより前に興味を惹かれていた作品です。

ソフト会社を経営する両親からずっと放って置かれっぱなし、という中学生の女の子、深澄(みすみ)15歳が主人公。
心を許せる友人もいず、声をかけてくる年上の男たちと適当に付き合っているというのが、深澄の状況。少なくとも、お金には不自由していない。
娘より自分の興した会社の方が大事と公言して憚らない母親とそれに同調している父親に対し、深澄が深い絶望と反発を抱えているのは当然のこと。
そして、両親に相手にされないために、行きずりの相手に触れ合いを求めようとする深澄の行動は余りに痛々しい。幾らなんでもそこまで自分を投げ出さなくてもいいのにと思うくらいです。
そんな深澄が偶然知り合ったのが、タイ人の少女チュアンチャイ13歳。彼女もまた、日本という異国で父親は家を出たまま、母親は病気で働けず、自分も学校に通えないという寂しさを抱えている。この2人がお互いに惹かれ合って親しくなるのは、当然の成り行きと言えるでしょう。
その深澄とチュアンチャイの2人、どちらがより不幸かを考えようとするのは意味のないこと。2人とも哀しい思いをしていることに変わりはないのですから。
しかし、深澄が大事に思っていたことと、チュアンチャイが大事に思っていたことは、まるで違うものだった。そのことに深澄はひどく傷つく。

本ストーリィにおいて、何が正しいとか間違っているとか言うのは詮無いこと。
深澄とチュアンチャイのどちらも切ないが、最後の最後で一度は離れかけた2人の気持ちが再び結び合うところに、救いがあると感じます。それがすべて。

       

3.

●「ピンクの神様」● ★★☆


ピンクの神様画像

2008年06月
講談社刊
(1500円+税)

2012年04月
講談社文庫化



2008/07/12



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冒頭の「卒業」から、いいなぁ、好きだなぁ、なんて上手いんだろう、のひと言に尽きます。

「卒業」は望んで消防署の消防隊員となった寿々が、大学に進学した高校時代の親友2人と時間が合わず、ただ一人置き去りにされたような寂しさを味わうというストーリィ。
そして次の「首なしリカちゃん」は、幼稚園で自分と似合いのお母さんと親しくなれることを楽しみにしていたのに、実際に付きまとわれたのは、変わり者で図々しいところもある母娘。そんなこんなで、つい苛立ってしまう可奈子を描いたストーリィ。

上記2篇を初めとして、いずれも日常ありふれた、些細な人間関係の悩み事ばかり。それでも当の本人にとっては、大きな問題なのです。
それでも、時計の針が少し振れただけのような、ちょっとしたきっかけで別の光景が見えてくるもの。
各篇の主人公は、新米の消防隊員、若い母親、小学生、OL、中年女性、中学生、結婚間近の女性と、様々な世代の女性たち。
そんな彼女たちが、悩みを解決できず途方に暮れ、惑い悩んだ末にようやく決然とした一歩を踏み出すことができる、というストーリィ。
やっと先に希望を持てたという彼女たちの明るい表情が、最後に鮮やかに感じられ、すこぶる気持ち好い短篇集になっています。

重松清さんもこうした傾向の短篇集が上手ですが、ちょっと奇麗事過ぎるところがあります。
それに対して本書は、どれも身近な、女性なら誰しも抱え込みがちな悩み事ばかり。そこに魚住さんの上手さが光ります。
7篇中特に好きな篇を紹介しようと思ったのですが、どの篇にもそれ相応の味わい、魅力があって、とても選び出せそうにありません。
主人公の人物造形が好くて、明るい希望を感じることのできる作品がお好きな方には是非お薦めしたい、珠玉の短篇集です。

※それにしても、ホームレスの老婆を勝手に神様と思い込んでしまうなんて、外見とは裏腹に内心では相当に追い込まれていたということでしょうか(「ピンクの神様」)。

卒業/首なしリカちゃん/ピンクの神様/みどりの部屋/囚われ人/魔法の時間/ベランダからキス

    

4.

●「園芸少年」● ★★        日本児童文学者協会賞


園芸少年画像

2009年08月
講談社刊
(1300円+税)



2009/09/24



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このところ部活をテーマにした学園小説が多くなっているのですが、殆どはスポーツ系。
それと対照的に、本ストーリィの舞台は高校の園芸部。ついに園芸部まで登場したかァ、というのが第一の思い。
花を育てるという園芸部に相応しく、本作品はささやかで気持ち好い学園小説です。

高校に入学したばかりの篠崎達也、帰宅部でもなくどの部活に入る訳でもなくとぷらぷらしていたらところを、部員の足りない体育系部からしつこい勧誘を受ける。たまたま居合わせた大和田一平と窮余の一策で園芸部に入部したと宣言したところ、何となくそのまま続けることになってしまった、という次第。
とはいってもその園芸部、部員は皆卒業してしまい、部員は篠崎と一見不良という風体の大和田という2名のみ。
ところがその後ひょんなことから、顔をダンボール箱で隠したままずっと相談室登校を続けている庄司善男が仲間に加わります。

この3人、決してのほほんと高校に入学して来た訳ではない。中学時代からの痛みを各々引きずっていることが徐々に明らかにされます。
それでも仲間が集まり、一つのことを真剣に続けていれば、先に希望は見えてくる、ということが信じられる気持ちになります。

男の子3人だけの園芸部って、その姿を想像してみるだけで微笑ましいものを感じませんか。(笑)

             

5.

●「大盛りワックス虫ボトル」● ★☆


大盛りワックス虫ボトル画像

2011年03月
講談社刊
(950円+税)

2011/05/30

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地味で無気力、存在感の全くない中学2年生、江藤公平
ある日突然現れた、小さな虫のような
豆糸男に公平、「おまえの誕生日までに、人を1000回笑わせろ」と命令されます。
その言葉を無視した初日、公平は学校でエライ目に。
 
よんどころなく命令に従う他なくなった公平、文化祭にお笑いの出しもので出演しようと決意します。トリオを組んだのは、食べること大好きの
三輪と、気取り屋の日比野
さて、その成果は・・・・。
 
ヤングアダルト小説シリーズ
「YA! ENTERTAINMENT」の一冊。
ユーモラスで訳の判らぬ展開ながら、同級生たちから各々何となく浮いていた3人が、お笑いをきっかけに、新たな自分を発見するという、現代的な少年成長物語。
 
そこはヤングアダルト作品ですから、軽いノリで、楽しく読めます。
何につけても、新たな可能性を見つけるというストーリィは、夢があるものです。

                 

6.
「みかん、好き? ★★☆


みかん、好き?

2019年09月
講談社

(1400円+税)



2019/10/22



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主人公の西村拓海は高校一年生。中学生の時、父親が故郷の島に戻ることを決めたため、家族で一緒に引っ越してきた。
しかし、虫も苦手な拓海、この島の暮らしに納得している訳ではない。

ある日、祖父のみかん畑で拓海は、奇妙な女の子に出会います。
その女の子はみかんが大好きといい、
「よかった。やっぱりここが西村実さんのみかん園なのじゃ」と言い、大喜びしている。
何とその女の子が同じ高校で、特進科と普通科という違いはあるが、同じ一年生だったとは。
長谷川ひなたというその子は、わざわざ東京から入学してきて、寮生活。
そのひなたが自ら請うて祖父のみかん畑を手伝うようになったことから、祖父の頼みで拓海も作業に参加することになります。

拓海、ひなた、もう一人乱暴者と評判の総合学科の生徒=
という3人の、祖父のみかん畑を舞台にしたささやかな成長物語。

ひなたにしろ、芝にしろ、拓海が思いもしなかった悩みを抱えている。そのことを拓海が知り、気持ちを通わせるところから、拓海の成長が生まれます。

景色の良い島の丘陵地にある祖父のみかん畑、みかんの甘酸っぱい香りが今にも漂ってきそうな爽快感に満ち溢れています。
このようにして少年少女は成長していく、そんな姿をまざまざと目にする思いです。

健やかな児童向け作品。読むだけで良い気分になれます。

      


   

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