筒井康隆作品のページ


1934年大阪府大阪市生、同志社大学文学部卒。60年SF同人誌「NULL」を主宰、発刊。短篇「お助け」が江戸川乱歩に認められ、作家活動入り。81年「虚人たち」にて泉鏡花文学賞、87年「夢の木坂分岐点」にて谷崎潤一郎賞、89年「ヨッパ谷への降下」にて川端康成文学賞、92年「朝のガスパール」にて日本SF大賞を受賞。93年09月差別用語規制に風潮に抗議して断筆宣言したが、96年12月から執筆活動を再開。97年仏政府よりシュアリエ章を受章。2000年「わたしのグランパ」にて読売文学賞を受賞。02年紫綬褒章を受章。


1.わたしのグランパ

2.魚籃観音記(文庫改題:夢の検閲官・魚籃観音記

3.天狗の落し文

4.銀齢の果て

5.壊れかた指南

6.モナドの領域

       


 

1.

●「わたしのグランパ」● ★★


わたしのグランパ画像

1999年08月
文芸春秋刊
(952円+税)

 2002年06月
2018年10月
文春文庫化


2000/06/17


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どちらかというと軽い作品。でも、私好みの楽しい作品です。
中学生の
五代珠子は、祖母、両親との4人暮らし。その一家に、殺人の罪で長いこと刑務所に入っていた祖父・謙三が帰ってきます。
その直前、祖母が「あの人とはとても一緒にいられない」と言って、突然叔父の元へと逃げ出してしまいます。一体、どんな人物なのか?

ちょうど珠子は悩みの多い時。学校では校内暴力が吹き荒れ、珠子も同級生からいじめにあっています。さらに、五代家は、やくざから地上げの為脅しをかけられているといった状況。
祖父・謙三が、なんとも恰好いいのです。和服の着流しに角刈りのごま塩頭。颯爽としていて、喧嘩・脅しに強く、しかも侠気に溢れている。また、人脈は広く、不思議なことに資金に不自由していない様子。

一時代前の青春小説における、ヒーロー教師(石原慎太郎「青春とはなんだ」等)のような存在なのですが、独特の風格と、孫娘と世代差がありながらピッタリのコンビを組んでいるところが、すこぶる楽しいのです。
珠子のいじめや校内暴力も、何時の間にかすんなりと解決してしまう。カッコイイ!のです。

現在の日本社会に閉塞感が強いだけに、風穴を開けてもらったような爽快感があります。
活劇部分もあって、筒井さんらしい楽しさが充分に活きている作品です。

 

2.

●「魚籃観音記(ぎょらんかんのんき)」● 
 (文庫改題:夢の検閲官・魚籃観音記


魚籃観音記画像

2000年09月
新潮社刊
(1300円+税)

2003年06月
新潮文庫化

2018年05月
新潮文庫再刊

2000/10/11

およそ在りえない筈のことばかり、というショートストーリィ集。
孫悟空が観音菩薩と交わるという表題作は、驚天動地という面はありますが、それ以上にユーモラスというストーリィ。まあ、天使ガブリエルだって聖母マリアを誘惑する(
プーシキン「天使ガブリエルの歌」)ぐらいなのですから、悟空と観音菩薩ぐらいでは驚かない、という気持ちです。
むしろ、最も面白かったのは「市街地戦」。TVドラマ出演者が新宿でロケバスに集まりますが、突然周囲で市街地戦が始まる。それにもかかわらず、一行は池袋の撮影場所に直行し、日常ドラマを撮り続ける、というストーリィ。周囲で市街地戦が激しくなって、自分たちも半ば巻き込まれているというのに、あくまで“日常的”にこだわり続けているアンバランスに、思わず笑い出すほかありません。

「分裂病による建築の諸相」は意外な面白さ。「谷間の豪族」はメルヘンティックと言うべきか、それともブラックユーモアと言うべきか。

魚籃観音記/市街戦/馬/作中の死/ラトラス/分裂病による建築の諸相/建物の横の路地には/虚に棲むひと/ジャズ犬たち/谷間の豪族

   

3.

●「天狗の落し文」● ★☆

 
天狗の落し文画像


2001年07月
新潮社刊

2004年08月
新潮文庫

(476円+税)


2004/09/30

短篇集というものでは勿論なく、星新一さんのようなショート・ショートでもない。要は、小説を書くための種々雑多な着想をすべて書き出した、という一冊。
単行本刊行の折り、これを材料に小説が書けるのなら遠慮せず使ってもらって構わない、というのが筒井さんのコメントであったと思います。
中身は、ショート・ショートの類から、駄洒落、言葉遊びの羅列まで 計356篇。抱腹絶倒のものもあれば、ブラック・ジョークも、猥談もあるといった、まさに玉石混淆の内容。

筒井ワールドを存分に楽しみたいというのであれば、一気に読むことをお薦めします。私はちょっと時間が空いた時の読書用として少しずつ読んでいましたが、そんな読み方では楽しさ半減、だったような。
本書の中では、人間の身体を題材にしたパロディ的なストーリィがやはり楽しめます。代表例は「腸内の皆様」と呼びかける、便秘中の人の腸内話。筒井さんの「最後の伝令」を連想します。
度々繰り返される言葉遊びは、駄洒落に近く馬鹿馬鹿しいとも言えますが、それでいて結構楽しめてしまう。それを笑えるかどうかが、本書を楽しめるか否かの試金石になることでしょう。

  

4.

●「銀齢の果て」● ★★


銀齢の果て画像

2006年01月
新潮社刊
(1500円+税)

2008年08月
新潮文庫化



2006/03/18



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日本において爆発的に増大した老人人口を調整し、若年層の負担軽減・破綻寸前の国民年金制度救済するため、厚生労働省が“老人相互処刑制度(シルバー・バトル)”を発足させたという、極めつけのブラック・ユーモア作。

何しろ、地区毎にシルバー・バトル開始が命じられ、決められた1ヶ月以内にその地区に住む70歳以上の老人は殺し合わなければならない。引越し・旅行も禁止。その結果1人が生き残れば良いが、万が一複数の老人が生き残った場合には全員が処刑されるという、恐るべき制度。
しかも、進捗状況は日々報道され、殺し合いを煽り立てられるという容赦なさ。
「老人は老人であることそのものが罪」という制度の根本思想が凄い!
高齢化・少子化という日本の現状そのものを前提としているだけに、あながち荒唐無稽なストーリィとばかり言っていられないところに実は本書の面白さがあります。
だからといって、悲惨、醜悪なストーリィではない。むしろ、あっけらかんとして笑ってしまう部分が多くあるのです。
陰惨なストーリィにならないのは、老人たちが武器を集めたり生き残るため行動的になるという展開にもありますし、元々老い先短いという潔さの点にもありますが、筒井さんの語りがやはり巧妙で楽しい。
刺されて「痛あああい」、相手の血を浴びて「あちちちちち」と叫ぶ老人たちの声は、バトルの格好良さなど無縁、人間の本音はこんなものという語りがあって痛快。

三崎亜記「となり町戦争のストーリィにも驚きましたが、本書はそれを超えた、まさに筒井さん会心の一作!
※なお、山藤章二さんによる老人41人の挿画付。こちらも楽しめます。

 

5.

●「壊れかた指南」● ★★


壊れかた指南画像

2006年04月
文芸春秋刊

(1571円+税)

2012年04月
文春文庫化



2006/05/26



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本書の題名を見て、どう思います?
なにやら危ない、奇妙奇天烈なストーリィが展開されるのでは?と期待しませんか。

実際読んでみると、期待したような興奮は感じませんでしたけれど、それは玉石混交の短篇、ショートショートを集めた短篇集だから。
主人公の妄想の如き話から始まり、狐や狸まで登場、良くも悪くも絶句してしまう話から、ブラックジョークとしか思えない話までと、まさにいろいろな趣向の短篇作品をゴッシャに詰め込んだ玉手箱のような一冊です。
ナンセンス過ぎて、ストーリィを理解しようなどとは思わない方が良い。ただ読み流して、ほほう、あははと喜んでいればそれで十分という短篇集。
その中で私が面白かったのは、狸の一家でも太刀打ちできない小学校のイジメ問題を扱った「TANUKI」、痛快と感じるべきか不公平だと怒るべきか判断つかない「優待券をもった少年」
さらに、う〜んと唸った後で複雑な気持ちになる「大人になれない」、究極のブラックジョークたる「犬の沈黙」、信じ難い展開にただ絶句する他ない「出世の首」
「狼三番叟」は何となく気分が良く、最後の「逃げ道」は何故か爽快・・・かな?

面白いかどうかは別として、本好きなら見逃せないのが「耽読者の家」。古い家の中に積まれた名作文学の数々を、片っ端から読み続けるという話。一見、充実していてとても楽しそうです。私も昔、大学入試を終えた後の約1ヶ月、これと同じ生活を送ったことがあります。充実感は、やはりあったなぁ。

漫画の行方/余部さん/稲荷の紋三郎/御厨木工作業所/TANUKI/迷走録/建設博工法展示館/大人になれない/可奈志耶那/遠蘇魯志耶/優待券をもった少年/犬の沈黙/出世の首/二階送り/空中喫煙者/鬼仏交替
/ショートショート集(虎の肩凝り/春の小川は/長恨/恐怖合体/おれは悪魔だ/秘密/便秘の夢/土兎/取りに来い/便意を催す顔)
/狼三番叟/耽読者の家/店じまい/逃げ道

               

6.
「モナドの領域 ★★


モナドの領域

2015年12月
新潮社刊
(1400円+税)



2016/01/07



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「我が最高傑作にして、おそらくは最後の長篇」というのが本の帯に記載された著者の弁。
しかし、最近の作品は常に「最後の」という言葉が付されていたように思うのですが・・・。
まぁそのことには関わりなく、GODが登場するストーリィとのことで読む気をそそられたという次第。

河川敷で若い女性のものと思われる片腕が発見されます。ついで近くの公園から今度は片足が発見。すわバラバラ殺人事件かと思えば、舞台は近くの“アート・ベーカリー”というパン屋へ。臨時バイトの美大生が人間の腕そっくりのバゲットを焼いたところ大評判を呼ぶ。
そしてその店の常連客である美大教授に何と神?が憑依。
その言葉どおりと神と信じた多くの人が公園に集まり、ちょっとした騒動に。そこで事故が起き、憑依された老教授は法廷に引きずり出され、裁判官相手に自分のことは「
GOD」と呼ぶようにと指示します。

ストーリィにどういう意味があるかは別として、GODを取り囲む人々との会話、裁判官と検事相手のやりとりが面白い。
人間界に議論はあり得ても、神の領域において議論などある筈もないこと。
その人間界と神の領域の間で質疑が繰り返されるのですから、そうしたやりとりが好きな人間にとっては堪らなく面白い。と言って良い内容です。
特に
「大法廷」が圧巻。サンタの実在有無をめぐって裁判が争われたV・ディヴィス「34丁目の奇跡をふと思い出しましたが、底知れないものを漂わせながら面白く読ませる処は流石、筒井康隆健在、と思わせられます。

本作品の賛否は読み手の好み次第という処でしょう。
※なお、「
モナド」とは世界の構成要素のことらしいですが、本書でいう「モナドの領域」とは“神によるプログラムの中”といった意味のようです。

ベーカリー/公園/大法廷/神の数学

   


 

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