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1.ビオレタ 2.月のぶどう 3.みちづれはいても、ひとり 4.架空の犬と嘘をつく猫 5.大人は泣かないと思っていた 6.正しい愛と理想の息子 7.夜が暗いとはかぎらない 8.わたしの良い子 9.希望のゆくえ 10.水を縫う |
やわらかい砂のうえ、彼女が天使でなくなる日、どうしてわたしはあの子じゃないの、ほたるいしマジカルランド、声の在りか、雨夜の星たち、ガラスの海を渡る舟、タイムマシンに乗れないぼくたち、カレーの時間、川のほとりに立つ者は |
白ゆき紅ばら、わたしたちに翼はいらない、こまどりたちが歌うなら、いつか月夜 |
「ビオレタ Violeta」 ★ ポプラ社小説新人賞 |
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主人公の田中妙は27歳、もうすぐ結婚予定とあって勤務先も退職したところだというのに、突然婚約者から別れを告げられます。道端で泣きじゃくっていた妙を拾ったのが、北村菫。それから妙は、その菫が経営する風変わりな店「ビオレタ」で働くことになります。 菫手作りの品を売るその店で客が買い求めるのは、自分にはどうしようもないほどのものを収めるための美しい小箱(それを菫は「棺桶」と呼ぶ)。 結婚が取り止めとなって居場所を失くしたと感じる妙が、「ビオレタ」とそれが縁で知り合った千歳健太郎らとの出会いを通じて、少しずつ変わっていく物語。 ポプラ社小説新人賞受賞作とのことであり、紹介されている書評もかなり良いので期待したのですが、私としては率直に言って物足りず。 自分の居場所を見い出すストーリィというコンセプトは理解できますし、最近の小説作品では何かとテーマになる問題ですが、本書については舞台設定、登場人物共に現実感を共有できず、したがってストーリィへの共感も持てず仕舞いだった、というのが正直なところ。 |
「月のぶどう」 ★☆ |
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2018年10月
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家業である“天瀬ワイナリー”を発展させるため精力的に活動してきた母親が突然に死去。 母親を敬慕しその背中を追いかけるように家業に従事してきた娘の光実(みつみ)26歳は、余りにも早い母親の喪失に呆然とするばかり。 これからどうやって天瀬ワイナリーを存続させていけば良いのかと不安に駆られた光実は、双子の弟=歩に協力を求めます。 実は光実と歩、双子と言っても幼い頃から“出来の良いほう”、“出来の悪いほう”と対照的な評価・扱いを受けてきた2人。 その歩は大学も中退、就職した会社もすぐ退職し、現在は叔母が営んでいるカフェでバイトする身とあって、葡萄栽培やワイン造りのことに関しては全く知識のない素人。 姉の頼みを受けて天瀬ワイナリーを手伝い始めた歩に対しては、先輩従業員や醸造長からの辛辣な視線が向けられ、歩にとってはまるで針の筵のよう。 ワイン造りという共通舞台での、姉弟2人の成長を描いた長編ストーリィ。 出来が良い方と言っても光実にも足りない部分は多々あり、また出来が悪い方と言われても歩には歩なりの良さがあります。 そうした2人がお互いに関わり合うことにより、2人にとって新たな成長が開けるという内容。 ストーリィを追う部分が多く、主人公たちの内面についてはもう一つという印象ですが、本作からそれらをどう読み取るかは読み手次第ということかもしれません。 |
「みちづれはいても、ひとり」 ★★ |
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2020年09月
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ボロアパートでの隣人同士という関係のアラフォー女子=弓子と楓が、姿をくらました弓子の別居中の夫=矢嶋宏基を探しに、宏基の故郷である島へ旅する、というストーリィ。 弓子は37歳、27歳の時に宏基と結婚したが、最近になって宏基は前妻が引き取った娘の問題に熱中し、弓子は放ったらかしという風。それが問題と弓子が家を出て、別居1年という状況。 片や隣人の島田楓は41歳、出会った男と簡単にセックスしてしまう傾向があるが、何故か弓子と意気投合。 そんな時、義母の光恵から、故郷の島で宏基が見かけられたらしい、ついては捜しにいってと頼まれ、楓も弓子と一緒のその島へ向かいます。 弓子と楓の関係と、弓子と宏基の関係を比べてみるのが、本作の面白さ。 さらに島で出会った、宏基を昔からよく知るらしい同年配のシングルマザー=シズという女性の存在を加え、3つの関係をそれぞれ対比させてみるとさらに面白い。 現代の夫婦関係、互いに頼り過ぎ、あるいは甘えるようなことがあってはいけないのでしょうか。 友だち関係、でも結局は一人一人という、弓子と楓のような関係が望ましいのでしょうか。 夫婦、元々は他人ですからね〜。 ストーリィの進展とともに弓子から枷が取れ、むしろ逞しくなっていく様子が結構楽しい。 |
「架空の犬と嘘をつく猫 Imaginary Dog & Lying Cat」 ★★ |
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2020年12月
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祖父は性懲りもなく事業を思いついては失敗して家産を減らすばかり。祖母は怪しげな物を売り(と言っても唯一マトモ)、家業の工務店を継いだ父親は問題ごとから逃げてばかり。愛息子である3男を亡くした母親は嘘の世界に閉じ籠りっきり。 そんな家に生まれた姉の紅(べに)は両親に反抗し、主人公である弟の山吹(やまぶき)は、彼らの嘘を受け入れて育つ。 本作は、皆がバラバラな家庭に育った山吹が(姉の紅も含め)、長い年月を経てようやく幸せな家庭を手に入れるまでの、長い遍歴の物語です。 羽猫(はねこ)家は、みんな嘘つきである、というのが本ストーリィのコンセプト。 ただ、一口に「嘘」と言っても色々なものがあるのでしょう。 人が憎めぬホラもあれば、暗黙の裡にお互いそうと承知している嘘もある、そして自分の為だけの嘘、さらには作り話というものもある、というように。 しかし、親がそんなであったら、子は堪ったものではないでしょう。自分の子供のことを放りだし、親が自分のことしか考えていないということなのですから。 親から放り出されたのも同然の山吹、紅、〇〇〇が模索を続けた末にようやく手に入れた幸せな姿の、何と愛おしいことか。 風変わりではあるものの、本作もまたひとつの、確かな家族の物語、と思います。 1988年5月/1993年9月/1998年8月/2003年12月/2008年1月/2013年2月/2018年5月 |
「大人は泣かないと思っていた」 ★★☆ | |
2021年04月
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九州の限界集落といってもいいような町で、母親が出て行った後大酒飲みの父親とずっと2人で暮らす、農協職員の時田翼・32歳が主人公。 庭の柚子の実を盗んだのは隣家の老女に違いないと父親が騒ぎ、仕方なく翼は友人の鉄也と共に夜、見張りをします。 ところが捕まえたのは、隣家の老女ではなく、若い女の子。 本作は、翼とその女の子=小柳レモンとの出会いから始まる連作ストーリィ。 各章の主人公は、時田翼といずれも関りのある人物たち。 翼が出会った小柳レモン、友人である“鉄腕”こと時田鉄也、実母の白山広海、農協の同僚職員である平田貴美恵、鉄也の頑迷な父親である義孝、そして再び翼へと。 どの人物も大人です。でも、外見が大人だからと言って、中身も十分大人になっているとは限らない。 そんな大人たちが、ひとつずつ、大人の階段を上っていく、という印象を受ける内容。 その鍵となるのは、少しずつ他人の気持ちに近づく、寄り添うことを知る、ということからではないでしょうか。 一人一人が気持ちの上で繋がっていく、繋がりを強めていく、そこにある優しさ、労り、励ましが、素晴らしい。 そうした積み重ねが新しい家族の姿に繋がっていく、という可能性を感じて、とても嬉しい。 主役2人の絡み合いもとても嬉しいのですが、各章での脇役に過ぎない筈なのに、レモンの義父である小柳さんや、鉄也の恋人である玲子、松田えま、広海の友人である千代子さんといった登場人物たちも、すこぶる魅力的。 これまで寺地はるなさんについてはちょっと物足りなく感じていたのですが、本作で目を覚めさせられました。大いに反省。 今後、寺地さんから目を離すことはできません! 大人は泣かないと思っていた/小柳さんと小柳さん/翼が無いなら跳ぶまでだ/あの子は花を摘まない/妥当じゃない/おれは外套を脱げない/君のために生まれてきたわけじゃない |
「正しい愛と理想の息子 Love sublime and An ideal son」 ★★ | |
2021年11月
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表題からは全く逆、と言う他ないストーリィ。 主人公は長谷眞・32歳。女に寄っかかるばかりのロクでもない父親に育てられ、陰気な顔つきから誰にも好かれない。 そんな眞を初めて慕ってくれたのが、違法カジノでのバイトで知り合った沖遼太郎・30歳。 しかし、この沖が何をやってもドジばかり。カジノの経営者から損害を弁償しろと言われた金額が2百万。それを自分も一緒に返済すると答えたばかりに眞、沖とつるんで偽宝石販売の詐欺商売に手を出します。ところが騙したつもりで騙され、折角貯めた返済金を奪われてしまう。 そこで追い詰められた眞、次は老人相手の詐欺を思いつくのですが・・・。 本書題名の「正しい愛と理想の息子」、正面から向かい合おうとすると、こッ恥ずかしくて仕方ない。 また、目の前にぶら下げられようものなら、我が身を振り返り、思わず逃げ出したくなってしまいます。 親も子も人間である以上、完全とはいかない。親だからといって子供に正しい愛を振り向けられるとは限りませんし、子供だって理想の息子や娘でいられる訳がない。それが現実でしょう。 騙すつもりの老人たちと関わるうち、眞の心の中にも微妙な変化が生まれていく。だからといって、簡単に人間として変われる訳でもなし。 結局は老人たちからも励ましを貰えてようやく、といった内容ですが、今までロクな人間関係を築けなかった眞や沖が、老人たちとの間にいつのまにか相手を思いやる人間関係が生まれているところが面白い。 読了後、眞への好感が生まれていることが嬉しい。この後、眞と沖の2人が新たな道へ踏み出してくれると良いのですが。 |
「夜が暗いとはかぎらない」 ★★ | |
2021年06月
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暁町にある昔ながらの市場<あかつきマーケット>。 閉鎖が噂されるそのマーケットのゆるキャラとして作られたのが“あかつきん”。 冒頭、いつもその着ぐるみを被る来人(らいと)の代わって今回それを被ったのは誰なのか。 でもそのあかつきん、暴れたと言われて取り押さえられたことから、皆の前から逃げ出してしまいます。 本ストーリィには実に多くの人たちが登場し、それぞれに交錯します。その点から群像劇と言って良いでしょう。 どの登場人物もそれぞれに満たされない気持ちを、あるいは悩みや葛藤を抱えています。その意味では暗い雰囲気があります。 彼らが抱える問題の理由は、各人にあるのかもしれませんし、ただ不運によるものかもしれません。 それが何であれ、登場人物たちが抱える辛さを、本作品は優しく受け止めてくれます。 幸せだと感じられるかどうかは、ちょっとした違いなのではないかと思います。 本ストーリィについて言えば、大事だと思える相手がいるかどうか。そう思うことができれば自ずと気持ちは変わってくる、そう思えます。 辛さ、シンドさから丸めた肩に、そっと優しく手を添えてくれるストーリィ。 気持ちの持ち方次第で希望は見出せるのだと、勇気づけられる思いです。 1.朝が明るいとはかぎらない リヴァプール、夜明けまえ/蝶を放つ/けむり/赤い魚逃げた/声の色/ひなぎく/消滅した王国/はこぶね 2.昼の月 グラニュー糖はきらきらひかる/青いハワイ/バビルサの船出/生きる私たちのためのスープ 3.夜が暗いとはかぎらない |
「わたしの良い子 MY GOOD CHILD」 ★★☆ | |
2022年09月
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主人公の小山椿は文房具メーカーの経理部勤め、独身、1人暮らし・・・と言うべきところですが、現在は幼い男の子=朔との2人暮らし。 5歳下の妹である鈴菜が未婚のまま朔を出産。そして1年後、男を追いかけて出奔してしまったため、やもめとなった父親に任せておくことはできず、椿が朔の世話を引き受けたという次第。 その椿には一応、大阪に赴任していて遠距離恋愛となっている恋人=須田高雄がいるのですが、だからといって朔を邪魔には思っていません。朔との暮らしにそれなりの充実感、喜びを感じています。 しかし、保育園から小学校一年生へと朔が同年齢の子どもたちと交わるようになると、朔の行動や反応が他の子どもたちに比べ遅いことが目立ってきます。 それを見せつけられるとつい椿も気になって・・・・。 大人だって、いちいち人と比べられてあれこれ言われるのは嫌です。それは子どもだって、親だって同じ・・・と漸くにして理解できるようになったことです。 主人公の椿という女性像が好ましい。正直で率直な物言い、そして職場の付き合いだからと無理な付き合いまでしようとはしていません。 周囲から「強い」と言われることが多いようなのですが、実は鈍いというだけのことかもしれません。 でも、いいじゃないですか。椿のように、もっと正直に、できる限り伸び伸びとありたいもの、と思います。 椿と朔の伯母・甥関係、椿と高雄の長い恋人関係、そして高雄と朔の新たな関係、さらには椿と鈴菜の姉妹関係も、清新で愛おしい。 さらりとシンプルな展開ですけれど、新たな人間関係の築き方を教えてくれる貴重な作品なのかもしれません。お薦め。 十月/四月/八月/十一月/十二月/三月 |
「希望のゆくえ」 ★★ | |
2024年03月
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題名の「希望」はもちろん「きぼう」なのですが、本ストーリィの影の主役とも言える柳瀬希望(のぞみ)・28歳に掛けた題名でもあるように思います。 マンション管理会社の社員であった希望(のぞみ)が突然、放火の疑いを掛けられた年上の地味な住人=重田くみ子と共に失踪。 希望の兄である柳瀬誠実(まさみ)は、否応なく希望の行方を捜すことになるのですが、その過程で、実は弟がどういう人間なのか全く知らなかったことに気づきます。 その誠実が、弟の行方と、弟とはどんな人間だったかを探し求めるストーリィが「柳瀬誠実と弟の話」として綴られる6篇。 一方、その希望と関わり合った山田由乃(高校時の交際相手)、有沢慧(会社同僚)、小平敦子・実花子(保育園の園長と娘)、重田くみ子(失踪相手)を語り手とした篇がその間に配置されています。 それぞれの主人公たち、希望がどんな人間だったかを思い返すことによって、自分はどういった人間なのかを考えさせられます。 最後まで、希望がどういう人間だったかは明瞭になりませんが、誠実ならびに各篇主人公たちは、これをきっかけにちょっと前進できた、という風です。 ある意味、希望とは、自分の姿を映し出す鏡のような存在であったかのようです。 <見て見ぬふり>を貫いてきた誠実は、その結果、自分の手には何も残っていないことを気づかされます。<本気になったことがない>有沢慧もまた然り。 逃げてばかりではなく、時に傷を負うことも覚悟で立ち向かっていかなければ、人生において何も得ることはできない、というメッセージが本作には篭められているようです。 では、希望という人物はどうだったのか。 重田くみ子と希望との生活は1年半余りに過ぎませんが、少なくともくみ子だけでなく、希望にとっても救いのきっかけとなる日々ではなかったか。 肝心の希望、彼の旅はまだまだ続くのでしょうか。 柳瀬誠実と弟の話1/山田由乃の話 もしくはコニー・アイランドの踊り子/柳瀬誠実と弟の話2/柳瀬誠実自身についての話/柳瀬誠実と弟の話3/有沢慧の話 あるいは花盛りの庭/柳瀬誠実と弟の話4/シロツメクサと小平敦子の話/小平実花子の話と檸檬ドロップ/柳瀬誠実と弟の話5/重田くみ子の話 または箱の中/柳瀬誠実と弟の話6 |
「水を縫う」 ★★☆ 河合隼雄物語賞 | |
2023年05月
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祖母・文枝、母・さつ子、姉・水青、弟・清澄、という松岡家の4人家族。各人+αを各篇の主人公として描きつつ、全体を通して一つの家族関係を描き出す、という連作ストーリィ。 ・「みなも」:高一になった清澄が主人公。この清澄が、男子ながら子供の頃から手芸好き、という設定が面白い。その趣味の所為かずっと友達ができず、母親は心配。でも本人は、それはそれで仕方ないと悟っている風なのですが・・・。 ・「傘の下で」:23歳の水青(みお)は間もなく結婚予定。しかし、女子らしいかわいい恰好が嫌いとあって、ウェディングドレス選びが難航。そんな水青の気持ちをちょっと変えたのは・・・。 ・「愛の泉」:市役所勤めのさつ子は、清澄が1歳の時、金銭感覚の欠如している夫=高梨全と離婚。一人力んでいる観のある娘に対し母の文枝は、「あんたには失敗する権利がある」と言うのですが・・・。 ・「プールサイドの犬」:祖母の文枝、74歳。孫たちを眺めながらかつて自分が味わってきた悔しさを新たにします。時代の違いもあるでしょうが、だからといって納得できものではなかった、というのも当然と思います。 ・「しずかな湖畔の」:全の元同級生であり、現在の雇用主である黒田が主人公。松岡家以外の人物が顔を並べるところがユニーク。でも、清澄の率直な言葉には同感です。 ・「流れる水は淀まない」:前の5篇を集約するような展開。一人一人の個性があって、その上でひとつの家族としてまとまっている姿を目にし、心洗われるような嬉しさを覚えます。 本篇はまた、姉のためのウェディングドレスを作る、と宣言した清澄の奮闘の結末を描く篇ともなっています。 将来の仕事にするかどうかを別として、自分の好きなこと、やりたいことを大切にする、ということがどれだけ人を幸せにしてくれるか、ということを感じさせてくれる作品です。 特に、難しく考える必要が全くなく、ただストーリィに身を委ねていればいい、そうした心地良さが何より貴重なこと。 また、松岡家の家族以外である、高杉くるみ、宮多といった清澄の同級生や、水青の婚約者である紺野さん、その他登場するどの人物も好ましいところが、本作の魅力と言っていい。 心から伸び伸びとできる、爽快な読後感。・・・好いなぁ。 1.みなも/2.傘のしたで/3.愛の泉/4.プールサイドの犬/5.しずかな湖畔の/6.流れる水は淀まない |
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