
2000年3月
朝日新聞社刊
上下2巻
(各1400円+税)
2002年4月
朝日文庫化
(上下)
2004年12月
新潮文庫化
(上下)
2000/05/13
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帯には「百年前の楽譜に秘められた謎とは・ウィーンを濡らす恋」(上巻)、「永遠に流れゆく生と死のメロディー・ルーマニアを焦がす性の炎」(下巻)とあります。
そのため東欧を舞台にした激しい性愛のストーリィかと思い、宮本輝「ドナウの旅人」を思い出したのですが、かなり異なるものでした。
まず、この作品は完璧に出来上がった作品というより、実験的な作品と言う方が相応しいように思います。
この作品の中にはいろいろなストーリィが交じり合っていますが、それぞれ密接に関連しているというより、たまたま同じ本の中に収められたにすぎない、という印象を受けます。
ウィーン駐在の外交官・真賀木とバイオリニスト・悦子との恋は、お互いのすれ違いが多く、現実の恋愛とはこんなものかもしれないと思わされます。その一方で、2人の眼前に、チャウシェスク政権下ルーマニアから脱出してきた音楽家センデスが携えてきた楽譜の
謎解き、ルーマニア革命のストーリィが展開します。
既に過去のこととなったルーマニア革命について何を今更?と思うのが当然のことです。しかし、時折、作者が顔を覗かせ、真賀木・悦子の恋の行方、ルーマニアの行方をすべて手中に掴んでいるかの如き文章を加える部分は、珍しいだけに目を惹きます。
また、作者自身の取材旅行記と思われる「ポルンベスクへの旅」が
挿入されているのが興味深いところ。
真賀木と悦子、若いセンデスとビエナの関係に着目すれば、本書はまぎれもない恋愛小説です。その一方で、ルーマニア革命に取材した社会小説とも言えます。さらに、ルーマニア人作曲家ポルンベスクを題材に、彼の曲“バラーダ”と
謎の楽譜を文中に織り込んでミステリとし、謎解きに音楽を解する人物を配した点では、音楽ミステリとも言えます。
まさに多様な要素を巧みにまとめあげた作品であり、それが実験的な小説と思う所以です。
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