篠田節子作品のページ


1955年東京都八王子生。東京学芸大教育科卒業。八王子市役所勤務の傍ら、文章教室に通い執筆を開始。90年「絹の変容」にて第3回小説すばる新人賞、「ゴサインタン」にて第10回山本周五郎賞、「女たちのジハード」にて直木賞を受賞。


1.
女たちのジハード

2.アクアリウム

3.絹の変容

4.夏の災厄

5.斉藤家の核弾頭

6.聖域

7.ゴサインタン−神の座−

8.百年の恋

 


 

1.

●「女たちのジハード」● ★★☆     直木賞受賞

  


1997年01月
集英社刊
(1990円+税)

2000年01月
集英社文庫化

 
1997/08/17

読み進みながら、随分と印象が変わっていった作品でした。
第一段階 いかにも面白い、という作品でありすぎることが、気になるなあ。
第二段階 以前にも、よくあったストーリイだなあ。例えば、深田祐介さんの“スチュワーデス”“添乗員”“日本悪妻”とか。
第三段階 登場する女性たちの生々しさが、深田作品等にはなかったなあ。
第四段階 リサ、沙織、と羨ましいような転身ぶり。現実にはそう簡単じゃない思うけれども、女性の方が可能性広いというのも、昨今の現実として感じられますよね。
第五段階 康子のトマト話、最終章。これまで溜めに溜めてきたお局OLのストックを一度に吐き出し、一気呵成にジ・エンドまでもっていくところ、完全に作者の手の内にはまってしまった。
眼下眺望 全体的に、迫力がありました。思い返すと、ひとつひとつの章が、中身熟していて身がたっぷり、という感じ。

ナイーヴ/アダムの背中1/シャトレーヌ/アダムの背中2/コースアウト/扉を開けて/ファーストクラスの客/上昇気流/それぞれの春/二百五十個のトマトの夜/離陸/タッチアンドゴー/三十四歳のせみしぐれ

 

2.

●「アクアリウム」● ★


1993年
スコラ刊

1996年08月
新潮文庫

 

1997/08/25

率直に言って、つまらなかったです。途中からは飛ばし読みになってしまいました。
まず、イクティという幻想的な部分と、反対運動という世俗的な部分がつりあっていないということ。また、正人の爆弾テロという発想が、あまりに短絡的、幼稚でオソマツということ。そもそも、正人という人間をうまく描きあげることができていないように思うのです。正人の行動を左右してしかるべき、澪と伊丹、前者は何のために登場したのかよくわからないし、後者はだから何だったのか、という印象です。
幻想的な雰囲気を醸し出しつつ、自然に触れた青年が、そのことをきっかけに自然破壊という社会問題にまきこまれていく、というアイデアだと思うのですが、それにしても幻想的過ぎ、一方余りに短絡過ぎ、という感じがしました。自然破壊、保護、反対運動にしろ、もっと深いものがあると思います。

 

3.

●「絹の変容」● ★    すばる新人賞

 

1991年01月
集英社刊

 

1997/09/05

正直言って、途中で気持ち悪くなりました。肉食の大型化した芋虫が、人を睨みながら群をなして蠢いているなんて。でも、そのあたりからストーリィに引っ張り込まれているのですよね。おかげで、 朝の通勤電車内+αで、一気に読み切ってしまいました。思うに、篠田さんの強みって、ストーリィの展開が早く、そのスピードに読者を巻き込んでしまう、というところにあるのかなと感じました。
登場人物では芳乃が唯一魅力的ですね。最初はえたいのしれない女性ですけれど、危機に陥った最後の頃に生き生きとしてくる。ちょうど、蚕の時は単なる芋虫なのが成虫になって美しく羽を広げる、という蚕の一生と、変化の様を同じくしているのが、篠田さんの工夫なのかなと思いました。

 

4.

●「夏の災厄」● ★★

 

1995年03月
毎日新聞社刊

1998年06月
文春文庫化
(676円+税)

 

1997/09/09

首都郊外の昭川市を突然襲った新型日本脳炎の蔓延。何の備えもなかった市民はパニックに引き込まれる。取り上げられた問題が、身近なものだっただけに、よけい引きずり込まれました。特定のヒーローは居ませんでしたけれど、役所の若手事務員や、開業医、ベテラン看護婦なり、いろいろな等身大の人間がそれぞれの立場で活躍したあたり、親しみがもてました。
役所の硬直的な態度、しきりにやり玉に挙げていましたけれど、実は民間会社だって、かなりそんなところありますよね。自分の身を顧みず行動するというのは、なかなかに難しいことす。
それにしても、プロローグの冒頭部分といい中盤といい、クライブ・カッスラー作品のダーク・ピットばりではないですか。私は、ダーク・ピットの日本版かつ普通人版との感じを受けつつ、かつ篠田さんらしい作品と思って読んだのでした。

 

5.

●「斉藤家の核弾頭」● ★☆

 

1997年04月
毎日新聞社刊

1999年12月
朝日文庫化

2001年08月
新潮文庫化

 

1997/09/11

近未来社会。そこはコンピュータによって、すべてが判断、結論を下される社会でもある。斉藤家は都心の高層建物に囲まれる只中で、古い一軒家に固執していたが、ついに東京湾の真ん中に作られたベイシティに油断をつかれ強制移転させられる。あきらめて定住を覚悟したところ、今度はナリタニュータウンへ転居せよとの行政側指示。その裏に隠された、秘密。そして、斉藤家の家長・総一郎の戦い....
篠田さんの作品をここまで読んできて、その特徴は次のようなものかな、と感じているところです。豊かな想像力で引き出した一種のパニックを元に、たたみかけるように登場人物、読者を追いつめていき、その究極の場面でどう行動するか、という興味に読者を巻き込んでいく、というもの。そういった点では女たちのジハードもなんら変わらないのではないかと。そのストーリイ展開の仕方、篠田さんの力量はかなりものですね。
本作品は近未来社会を舞台にしたストーリイなのですが、いろいろのアイデア、なかなかのものです。荒唐無稽の部分も有りますが、SF型小説として面白く楽しめば良いのでは。近未来小説にみる、文明の発展の裏にある人間としての不幸、という文明批判の問題は、オルダス・ハックスリー「すばらしい新世界」で描き出しています。本作品は、そうした読み方には向いていないと思います。
本作品で魅力を感じた登場人物は、美和子・小夜子の母娘。「女たちのジハード」は当然のこととして、夏の災厄の堂元看護婦といい、本作品の上記二人といい、篠田さんは女性を主役にすえた作品の方が、実在感が強くあって良いように思います。

 

6.

「聖 域」● ★

 

1994年
講談社刊

1997年
講談社文庫

2008年08月
集英社文庫

 

1997/09/14

篠田ファンでは、本作品をベストワンにあげられる方が多いみたいですし、巻末の解説でも「篠田節子の最高傑作であると同時に、現代日本文学の中でも稀有な存在であることは間違いない」との評だったのですが、私にとってはよく判らなかった、というのが正直なところです。思うにこの作品の読後感は、神、宗教、霊、死後の世界という諸々のものをどう考え、感じているかにより、 全く違ったものとなるような気がします。

ストーリイは、文芸雑誌の編集部にいる実藤が、退職した社員の残した中から、「聖域」という題の未完原稿をみつける。読んで、その内容にとらわれた彼は、原稿を完結させるべく、行方不明となっている作者水名川泉を捜し求める、というもの。
作中小説の「聖域」という未完作品自体に、実に魅力が有ります。主人公と共に読者も引きずり込まれ、その後の結末を知りたいという誘惑に逆らうこと適わず、夢中になって読み進んでしまいます。ただ、ストーリィは、行方不明作家を探す、謎を追うという以外に宗教団体の是非の問題まで含んでしまい、やや手に負いかねる部分が生じてしまっている印象があります。宗教団体の偽善性、土着かつ呪術的宗教の底知れなさと外来かつ哲学的な仏教との対比、イタコという特殊な能力を備えた者の成り立ち....また、主人公の故ライターに対する気持ちは事実愛情だったのか、水名川泉に見せられた幻想なのか。
さまざまな問題をこの小説は含んでいるためにかえって、読んでいて何がなんだか判らなくなってしまった、そんな感じです。

 

7.

●「ゴサインタン−神の座−」● ★★  第10回山本周五郎賞受賞

 

1996年
双葉社刊

2000年06月
双葉文庫化

2002年10月
文春文庫化

 

1997/09/25

確かに長編作品ですが、実際の頁数以上に長大なドラマを感じました。前半は贖罪、後半は再生あるいは新生、といった物語ですね。それにしても、読んでいる最中の折々に、玉虫色のように物語の印象が変わってしまうのを感じます。これは、篠田さんの持ち味と言えるかもしれませんが、同時につかみ所がない作家というイメージも抱きざるをえません。

前半、淑子が急変した後のストーリィは、考え方という点で共感を覚えるのですが、その一方において神懸かり的・ホラー的であることにいい加減にして欲しいという気持ちも否定できませんでした。捨てる、ということは仏教本来の考え方でしょうし、それを前提にした生活はトルストイなども作品(例えば「光あるうち光の中を歩め」)の中で繰り返していることです。でも、生き神がいるからこそ、 というとチョット違和感を感じてしまいます。
終盤は、悪夢を抜け出したような清々しさがあります。古くからの土地にいた頃のことが、まるで遠くはるか以前の物語のように感じられます。輝和が再び彼女を見出した時には、ほっとしたような安らぎを感じました。
と、物語自体には満足して読み終えたものの、宗教あるいは神、仏というものに対して篠田さんがどういう考え方をもっているのか、あるいは持っていないのか。そのことが疑問として聖域以来残っています。

   

8.

●「百年の恋 (作中育児日記=青山智樹作)● ★★

 


2000年12月
朝日新聞社刊
(1500円+税)

2007年01月
集英社文庫化

  

2001/04/14

 

amazon.co.jp

大林梨香子は、信託銀行の国際営業開発部に勤める才色兼備のエリート行員、33歳、年収 800万円。一方の岸田真一は、小柄で要領の悪いオタク的ライター、30歳、年収僅か 200万円。
全く釣り合わない2人が結婚すると、果たしてその家庭生活はどうなるのか? 本書はそんな結婚を題材にしたストーリィです。

ホラー系でなく、現代社会らしいストーリィのものとして、篠田作品においては女たちのジハードに列なるものです。
あまりに対照的な2人を考えれば、2人の結婚生活を想像するのは難しくないでしょう。とは言っても、篠田さんの描く〔真一+梨香子〕の結婚生活は、我々の想像をはるかに凌駕します。その点、篠田さんは相当に梨香子をモンスター的に描いた、と言えますし、真一についてはぼんくらに書き過ぎている、と言えます。しかし、それ故に面白く読めるのも事実。
本作品は、読者の受け止め方によって、かなり違った姿になるだろうと思います。キャリア・ウーマンの奮闘物語として読むか、キャリア・ウーマンに騙された男の悲劇と読むか、或いは男女平等社会の物語として読むか。読者が男性か女性かによっても、印象は随分と異なることでしょう。どちらかと言えば、女性の味方風。
ストーリィは、出会い→結婚→妊娠→出産→育児と展開します。母親となる負担が描かれ、真一は身をもってその苦労を知りますが、理解の足りなかった亭主の1人としては、耳の痛いこと。
でも、コミカルな作品ですから、面白く読めること請け合いです。
なお、作家仲間である青山さんの育児日記を基に合作しようというのが当初の篠田案だったそうですが、構想が広がって、結果的に殆ど篠田さんの創作となった由。

 


 

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