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【作家歴】、卵の緒、図書館の神様、天国はまだ遠く、幸福な食卓、優しい音楽、強運の持ち主、温室デイズ、見えない誰かと、ありがとうさようなら、戸村飯店青春100連発 |
僕の明日を照らして、おしまいのデート、僕らのごはんは明日で待ってる、あと少しもう少し、春戻る、君が夏を走らせる、ファミリーデイズ、そしてバトンは渡された、傑作はまだ、夜明けのすべて |
「その扉をたたく音」 ★★ | |
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このところ好作品を連発してきた瀬尾さん、今度は一体どんなストーリィだろうと思っていたのですが、中心となる舞台は老人ホーム。 主人公の宮路は、29歳にして無職。学生時代からずっと音楽活動を続けてきたと言えば格好良いのですが、大して才能もなく、要は親からの仕送りに頼ってぶらぶら過ごしてきてしまった、というのが正直なところ。 その宮路、老人ホームの余興に呼ばれた時、自分の後に若い介護職員の渡部が吹いたサックスに驚愕、「天才」「神さま」だと興奮し、その演奏を再度聞くために毎週、その老人ホームに通うようになります。 その宮路に目を付けたのが、入居者の水木静江。お互いに「ぼんくら」「ばあさん」と遠慮ないやり取りをしつつ、静江ら入居老人たちに買物を頼まれては生真面目に届けるということを繰り返しながら、宮路と渡部、入居老人たちの交流が繰り広げられていきます。 スタートを切りそこない、ずっと足踏みし続けだった宮路が静江たちに背中をどやされてやっとスタート地点に立とうとする。一方、人生の最後になってもまだ新しいスタートを切ることはできるのだと、宮路との交流で気づかされた老人たちという、新たな&再びスタートするまでのストーリィ。 宮路と老人たちとのやり取りが年代を超えた漫才のようで楽しいのですが、最も魅力を感じるのは、瀬尾さんの優しい掌の中で皆が転がされているようなストーリィであるところ。 たとえどんなに遅くなろうと、新たなスタートを切るというのは嬉しいものです。 |
「夏の体温」 ★★ | |
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瀬尾さんにまんまとしてやられた気分、という一冊。 でも、それが楽しい。 「夏の体温」は、小学三年生同士の友情を描いた篇。 主人公の瑛介は長く入院中。後から入院してくる小さな子たちに対して優しく親切なお兄さんというポジションを保っていますが、物足りず。そこにやっと検査入院してきたのが同学年の壮太。瑛介は壮太と濃い時間を過ごしますが、すぐ壮太は退院していきます。 別れではない、友情は続くんだ、という余韻が嬉しい。 「魅惑の極悪人ファイル」は、大学一年生時に賞を受賞して作家デビューした早智が主人公。 担当編集者から悪人も描いてみる必要を指摘され、周囲に勧められて“ストブラ”(腹黒いの意)と仇名される倉橋ゆずるに取材します。 幾らなんでもよく知らない男のアパートに一人で入り込むのは大丈夫か、と思う処ですが、自称:小太りのブスという早智は気にせず。 瀬尾さんがどんな極悪人を描くのやらという点が興味処なのですが、この倉橋、本当に極悪人? この早智と倉橋のやり取りがとても愉快。 また、冷静で客観的であった筈の早智が、思わぬ顔を見せるところが楽しい。 さて早智の取材は成功したのか? 最後の締めが格別に良い。 「花曇りの向こう」は、中学一年生の国語教科書に掲載された掌編。 夏の体温/魅惑の極悪人ファイル/花曇りの向こう |
「掬えば手には If you reach for it, you can scoop it up」 ★★ | |
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名前と裏腹に、主人公の梨木匠はとくにこれといった取り得もない、平凡な大学生。 でも彼には、中学三年生の時に自覚した、人の心が読めるという特殊な能力があります。 そんな梨木が触れ合う人たちとの、心温まるストーリィ。 いつも大学で顔を合わせる河野さん、口と態度が悪い所為でバイトが居つかないオムライス屋の店長=大竹(梨木のバイト先)、後輩バイトとなった看護学校生の常盤さん、友人となった同じ大学の香山くん、彼らと梨木の関わり合いが面白い。 そうした彼らとの関わりも、梨木の特殊な能力があってこそ、という処がミソです。 さてエスパーのようなその能力。SF小説であればとんでもない事件に巻き込まれたかもしれませんし、シリアスな小説であれば周囲から用心されて孤独な存在となるかもしれません。 しかし、そこは瀬尾作品ですから、人のことばかり心配している気の好い奴、と温かく見られているようです。 温かさだけでなく、ミステリ要素も本作にはあります。 ・バイト後輩の常盤さんは何故、そんなに無表情なのか。 ・常盤さんの背中から聞こえてくる声の主は誰なのか。 ・ずっと不登校で中三の時初めてクラスに姿を現した三雲さんと梨木との関係は、その後どうだったのか。 上記要素が絡み合って作り出す温かなストーリィ。 他人のことを気にかけ、押しつけがましくないように何か役に立ちたいと思うことは、人と人との関係を豊かにしてくれるように感じます。 瀬尾さんらしい、始まりをもたらす気持ちの好い作品です。 梨木、自分のことになるとまるで鈍感な処が、好感の持てる処。 ※なお、初回限定、後日談「掬えば手にはアフターデイ」付き。 |
「私たちの世代は」 ★★★ | |
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これまでは新型コロナ感染時代を背景にした作品が多かったのですが、ようやくコロナ後を描く作品が出てきたようです。 本書もそうした作品のひとつ。 登校できない、同級生たちと触れ合えない、子どもたちにとっては辛い時期だったと思います。 でも、辛いだけ、不運というだけの時期だったのか? というのが本作品が投げかけてくるメッセージです。 冒頭、ちょっとストーリィの流れが掴めない処があります。 コロナ感染真っ最中の時期、冴と心晴(こはる)という2人の女子小学生が登場します。 学校はどうも違うようですが、不登校となっている処は同じ。 そしてコロナ後らしい現在、就職面接の会場で、岸間と江崎という2人の若い女性が登場します。 この4人、どういう関係にあるのか、2人の小学生が今どちらになっているのか。 それは読み進むにつれ、次第に判ってきます。そこも楽しい処。 冴と心晴の2人、どういう経過を辿って、今どういう状況にいるのか。 そこにコロナという苦渋の時間が深く関わっています。しかし、そこは悪いことばかりではなかった、そんな時期だったからこそ良いこともあった、と2人が口にできることに、ホッとさせられます。 この主人公2人の成長ストーリィより魅力的なのが、夜の仕事で冴を育てた母親、そして冴の同級生だった清塚蒼葉の2人。 冴にとってはそれぞれ、自分を大事に育ててくれた、自分が前に進むのを手助けしてくれた、ヒーローみたいな存在です。 魅了されずにはいられません。 そして、それにプラスして、終盤にわかる心晴の母親の存在感。 本作品においては、一つ一つの文章が愛おしくてたまりません。 これらの言葉を大切にして生きていきたい、と思う場面が幾つもあります。 子ども世代の人にも、親世代の人にも、是非お薦め! |
「そんなときは書店にどうぞ」 ★★ | |
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連載エッセイ20回分+「夜明けのすべて」映画化に関するエッセイ+掌篇小説。 連載エッセイからは瀬尾さんの、書店に対する感謝と深い愛情を感じさせられます。 また、瀬尾さんのお人柄も親しく感じることができて、ファンとしては楽しい限り。 なお瀬尾さん、人前で喋るのが苦手、服選びに自信がない等々、どうも自己否定感が強いような。 一方、「秘書さん」(瀬尾さんの小学生である娘さん)の登場が微笑ましい。 「夜明けのすべて」のことでは、撮影の合間における上白石萌音さんらとの娘さんを含めての交流が楽しい。 上白石萌音さん、私は「舞妓はレディ」以来のファンですので。 「そんなときは書店にどうぞ」は、「幸福な食卓」の後日談、その六年後を描いた掌篇小説。 主人公は交通事故死した大浦勉学の弟で、20歳になった寛太郎。今は書店でバイト中。 未だに兄の死から抜け出せないでいる寛太郎が、ちょっとしたことで新しく足を踏み出すまでの短いストーリーです。 上記以外の瀬尾作品の名前も飛び出してきますので、楽しい。 そんなときは書店にどうぞ 1.無敵のカルカン先輩現る/2.そしてバトン、ゴールデンイヤー/3.その神輿、次は私が担ぎたい/4.くす玉を割るコツと絶景横浜/5.アイラブ書店/6.「水鈴社の夜明けぜよ」/7.あの瞬間にあったもの/8.そうだ、奈良に行こう!/9.書店巡りの強い味方/10.もしも私が泳げていたら/11.誰でもかわいくなれる街/12.極悪人はどこに?/13.私が掬えるもの/14.お仕事あれこれ/15.一人で&家族総出で/16.すべての世代は/17.こんな時間が続けばいいのに/18.打ち合わせはベッドで/19.いいねっていいよね/最終回.どんなときでも書店にどうぞ 「夜明けのすべて」のこと 「夜明けのすべて」撮影見学記/映画「夜明けのすべて」プレミアナイト/トークショーの温度/ついに対談の日、来たる/ミヤケッティーを着る日は目の前 小説「そんなときは書店にどうぞ」 あとがき |
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