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2.象を洗う 3.アンダーリポート 4.身の上話 5.鳩の撃退法 6.月の満ち欠け |
●「ジャンプ」● ★★ |
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2002年10月
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半年前から付き合っていた女性が突如失踪する。それも彼女のアパートまで2人で戻った後、コンビニへリンゴを買いに行ったまま。酔いつぶれた主人公・三谷が翌朝目を覚ましてみると、彼女=南雲みはるは戻っていなかった。 まず初めに思ったのは、人は自分の相手のことをどれ程知らないことかということ。 ※失踪した人間の跡を追うという小説は数多くあります。すぐ思い出すだけでも、松本清張「ゼロの焦点」、近時では宮部みゆき「火車」、片岡義男「道順は彼女に訊く」等。 |
●「象を洗う」● ★☆ |
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2008年04月
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ひと言で本書を語ると、妙な味わいある、エッセイ集。 俗っぽく言うなら...ナンナンダこのエッセイ集は!?、という具合。 というのは、冒頭から、とても小説家が書くエッセイとは思えない口調が、連綿と続くからです。 プロの小説家でありながら、なかなか集中して小説を書くことができない(集中力不足)、と言ってもエッセイを書くネタもない(情報不足)、しぶしぶ、仕方なく原稿のマス目を埋めている、というばかりの内容。 これで小説家? いやちゃんと小説家である筈。小説家といっても大変ナンダ、ちっとも楽じゃないんダ、となると、知らずのうち親しみが湧いてきます。それはもう、佐藤さんに篭絡された、ということかもしれません。 直前に読んだ、阿川弘之さんの自信たっぷりなエッセイとは好対象。でも本書の如きエッセイには、なかなか出会えないと思う。 「セカンド・ダウン」には、エッと思うような内容もあるし、終わりなく続くような「佐世保で考えたこと」も、それなりの味わいがあって、徐々に楽しくなってきます。 なお、「象を洗う」とは、出版業界における隠語で、作品を生み出すまでの悪戦苦闘を言い表しているのだとか。もっとも、使っているのは佐藤さんとその編集者・坂本氏の2人だけとのこと。 ※ショート・ストーリィ3篇が途中挿入されています。 セカンド・ダウン/佐世保で考えたこと/自作の周辺/象を洗う |
●「アンダーリポート」● ★★ |
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2011年01月
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15年前に起きた殺人事件。 ストーリィ展開だけに目を留めるならば本作品はミステリなのですが、読んでいてそうした印象はありません。 主人公によって15年前の事件の真相は紐解かれますが、現在の主人公でさえ今なお気付いていないドラマが本書には幾つも隠されているに違いない、そんな気配が読み終わった後も続きます。 |
●「身の上話」● ★★ |
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2011年11月
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地方都市で書店勤めの古川ミチル、23歳。 魔がさす、という言葉があります。本ストーリィにおける古川ミチルの行動はそうとしか言えないものでしょう。 本ストーリィは、後にミチルの夫となった男性が、妻となったミチルの出奔後の軌跡を語るという形式で描かれます。 ちょっとした選択の誤りが重なることによって、ついには自分の人生が転がり落ちるように変わっていく。そのきっかけは、ほんのちょっとした岐路での選択如何に過ぎないというのに。 |
5. | |
「鳩の撃退法」 ★★ 山田風太郎賞 |
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2018年01月
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元直木賞作家で現在はデリヘル嬢送迎ドライバーという津田伸一が、2年前に起きた幸地一家3人神隠し事件、そして古書店主だった房州老人の死後に老人から送り付けられたキャリーバックの中に3千万円という大金が詰まっていたという出来事等々を小説に書こうとしているところから始まる長編ストーリィ。 |
※映画化 → 「鳩の撃退法」
6. | |
「月の満ち欠け」 ★★☆ 直木賞 |
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2019年10月
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生まれ変わりをテーマに据えた長編ストーリィ。 本作では「瑠璃」あるいは「るり」という名前を持つ3人の女性と少女が登場します。月の満ち欠けのように生と死を繰り返す、つまり生まれ変わり前世の記憶も引き継ぐ、という次第。 時代設定はストーリィ毎に前後し、瑠璃という女性と夫・父親・恋人という関係にあった男性がそれぞれ登場し、30年という年月にわたる中で何度も似たような事跡が繰り返され、ストーリィと登場人物が複雑に絡み合い、その度を増していきます。 よく頭の中を整理しながら読み進まないと、何が何だか分からなくなりそうなストーリィ展開ですが、一人一人の瑠璃を描くドラマがしっかり構成されているので、多少の混乱はあってもそれを超える面白さがあります。 しかし、何故生まれ変わりが生じるのか、そこに果たして何の意味があったのか・・・そこが本作品の核心部分。 ストーリィの途中で何度もそれを匂わせる言葉はあるのですが、それらが繋ぎ合わされ、ようやく本ストーリィの意味が掴めたのはもう最後になってから。 生まれ変わりの意味に気づいた時、あぁそうか!という感動を覚えるのと同時に、胸の中を清涼な風が吹き抜けていくように感じられました。 |
※映画化 → 「月の満ち欠け」
7. | |
「冬に子供が生まれる」 ★★ |
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冒頭、丸田君の元に奇妙なメッセージが送られてきます。送信者は不明。 書かれていたのは、「今年の冬、彼女はおまえの子供を産む」という一文。けれど丸田君は独身で、何ら身に覚えもない。 しかし、そこに至る経緯が全くないと言えるのか・・・・。 ミステリ風に幕を開けた本ストーリィですが、何とも不可思議、というに尽きます。 実は丸田君、30年前に天神山でUFOに遭遇した子供たちの一人であり、かつ20年前に起きた自動車事故に遭った一人。 当時仲が良かったのは、丸田(優)君=「マルユウ」、丸田誠一郎=「マルセイ」、佐渡理という3人にもう一人、杉森真秀という女子。 その丸田誠一郎がショッピングセンターの駐車場から転落死するという事件が発生、そしてマルセイの妻で未亡人となった真秀は妊娠中という。 高校時代の彼らを知る同級生や教師たちも登場、その回想の中で彼らがマルユウとマルセイを取り違えているような場面が再三語られます。いったい何があったのか。 佐藤正午さんらしい、惑わされるストーリィ展開。 でも決して不快ではありません。そうしたことがあっても不思議ないのだと思えば、何か面白く感じられます。 本当のストーリィは、本作終了後に新しく始まるのかもしれません。 実際にあった過去、あったかもしれない過去、ある筈だった過去がどうであるにしろ、既にもう過去のことなのですから。 1.その年の七月、/2.八月、/3.八月中旬、/4.九月、/5.高校時代、/6.十月、/7.大学時代、/8.十一月、/9.十一月最後の週の土曜日、/10.十二月初旬、/11.その年の冬、/12.その夏、 |
8. | |
「熟 柿」 ★★★ |
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題名だけでは窺い知れませんが、読み終えたとき、凄い小説だったと、深く息をついてしまった作品。 主人公は、市木かおり。 親族の葬儀に出席した帰り、泥酔した夫を助手席に乗せ、大雨の中で車を走らせていた際、轢き逃げ事件を起こしてしまう。 当時27歳、初めての子を妊娠中。 3年の刑期を受け、栃木刑務所の産室で息子を出産、そのまま産んだ息子は取り上げられてしまう。2年半の刑期を終えて仮出所すると同時に元夫から、息子のためと脅されるようにして離婚届けに押印させられる。 そしてその後、産んだ息子に会うことも許されず、写真すら送ってもらえず、息子への薄れることのない想いを抱えたまま、かおりは仕事を転々とし、西へ西へと流れていく。 本作は、息子の拓と離れてから17年間にわたる、かおりの必死に生きた軌跡を描く物語。 事故を起こした事実に見て見ないふりをしてしまった後悔を何度重ねようと、犯した罪が消える訳ではない。それでも、罪を償ったにもかかわらず、前科者として職を転々とせざるを得なかった経緯は、かおりに寄り添って読み進んでいく読者にとっても、余りに辛い。 まして、弁護士を通じて何度も息子の写真を送ってくれるよう依頼しても、無視し続けた元夫の振る舞いは、余りに非道、酷な仕打ちとしか思えません。 それでも、かおりが懸命に生き続ける気持ちを放棄しなかったのは、息子の存在だけでなく、「見て見ぬふりはできない」と支えてくれた久住呂(くじゅうろ)母娘ほか、かおりを応援してくれる人たちの存在があったからでしょう。 (※15歳時に両親が交通事故死して、かおりに親はいない) そうした17年間の果てに、かおりはある事実に気づきます。 その衝撃が凄い。かおり本人だけでなく、読み手においても。 そして一気に、最後の邂逅へと物語は進みます。 感動という、そんな生易しい感情ではなく、哀切極まりなく、衝撃は凄まじく、そして母親としての強さを突きつけられ、それら全てが圧巻だったと言うしかありません。 市木かおりという女性は、やはり強い女性だったのでしょう。 ※なお、題名の「熟柿」とは、いずれ時期が来るのを待つ、という意味らしい。 圧巻というべき、一人の母親の彷徨記。 是非、お薦め! |