里見 蘭作品のページ


1969年東京都生、早稲田大学第一文学部卒。編集プロダクション所属のライターとして映画、TVドラマ等のノベライズを数多く執筆。2004年講談社X文庫「獣のごとくひそやかに」(言霊使いシリーズ)にて作家デビュー。08年「彼女の知らない彼女」にて第20回日本ファンタジーノベル大賞優秀賞を受賞。


1.彼女の知らない彼女

2.さよなら、ベイビー

3.ミリオンセラーガール

4.藍のエチュード

5.君が描く空 

6.人質の法廷 

  


     

1.

「彼女の知らない彼女」 ★★    日本ファンタジーノベル大賞優秀賞


彼女の知らない彼女画像

2008年11月
新潮社
(1200円+税)



2008/12/09



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パラレルワールド(並行世界)を素材にしたファンタジー・スポーツ小説。

一方の世界には、親友のが新進女優として成功しつつあるのを見て、自分にも何か今とは違う生き方の可能性があったのではないかという悔いを抱く蓮見夏子がいる。
そしてもう一方の世界には、手塩にかけ育ててきた長距離ランナー=蓮見夏季にここで無理をさせて故障させたくないと悩むコーチの村上がいる。
パラレルワールド間を移動するマシン=パラレルトリッパーを提供された村上は、夏季の影武者を探すべく時空を越え、並行社会で夏子と出会います。
2人の意思が合致し、全くの素人である夏子は2016年東京オリンピック出場をかけた選考会、名古屋国際マラソンに挑戦することになります。残された時間は僅か4ヶ月、というストーリィ。

非現実的なところいっぱいのストーリィですが、そもそもファンタジーなのですから細かいことに目くじら立てても仕方ないというもの。第一、読んでみると爽やかなスポーツ小説で、目くじら立てようなどという気持ち自体、起きないのです。
ファンタジーというと、とかくファンタジー+ラブというパターンが多いのですが、本作品は珍しくファンタジー+スポーツ。

夏子が感じる走る喜び、トレーニングを通じて自分の可能性を高めていく躍動感、そしてそこから生まれる爽快感。
前段階はともかくとして、本ストーリィの中心部分は爽快なスポーツ小説に他なりません。
※ちょっと川上健一「ららのいた夏を思い出しました。

エピローグ、私の予想は見事に外れましたが、それはそれで気持ちの良い幕切れ。
ただひとつ付け加えると、パラレルトリッパーというマシン、また○○○か! と思わず苦笑。

     

2.

「さよなら、ベイビー」 ★☆


さよなら、ベイビー画像

2010年10月
新潮社
(1600円+税)



2010/11/14



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高校生の時に母親が病死して以来ヒキコモリ、父親と2人だけの暮らしとなっていたところに、突然父親が赤ん坊を連れ帰ってきます。
知り合いから頼まれた、短い期間だけとのこと。会社を退職して不動産収入で暮らす父親、その言葉通り赤ん坊の世話を一人でこなしていたが、何と4日目に倒れ、そのまま死去。
身元不明な赤ん坊と2人で取り残されてしまった主人公=
雅祥、さぁどうする?

ヒキコモリ青年が、世話を委ねられた赤ん坊=隆也のおかげで、否応なく世間と向かい合わざるを得なくなるという、育児奮闘記+再生ストーリィ。(否応なくというところが山本幸久「ヤングアダルトパパと異なるところ)
それだけでも結構、ユーモラスで温かなストーリィになると思うのですが、本作品はそれだけでは足らずとばかりに、ある赤ん坊をめぐるもう一つのストーリィが同時並行で語られていきます。
隆也の身元の謎が解けるのかどうか。時間設定が明示されていないだけに、かなりミステリアス。

しかし、ここまで複雑かつミステリアスな内容にする必要があったのだろうか、というのが素朴な疑問。
なお、赤ん坊の状況を確かめに雅祥の元をいきなり訪ねてくる、色っぽい30代で民生委員かつ主任児童委員であるという
緒方という女性の存在が、本作品における欠かせないスパイス。
その緒方と雅祥の因縁も、本作品での重要部分なのですが、飛躍し過ぎと思うのは私だけでしょうか。        
   

           

3.

「ミリオンセラーガール million seller girl ★☆


ミリオンセラーガール画像

2013年04月
中央公論新社
(1500円+税)

2015年06月
中公文庫



2013/05/14



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お仕事小説、出版社販売促進部員版!
出版社営業というと
大崎梢「平台がおまちかね」シリーズがありますが、同シリーズが出版社の営業マンを主人公にした日常ミステリという趣向であったのに対し、本書は純然たるお仕事小説。
というのは主人公の
正岡沙智、アパレル業界に入って一応店長を務めていたのものいきなりリストラされ、今度はファッション雑誌の編集をやりたいと出版社に応募、不思議にも紙永出版に就職できたものの配属されたのは販売促進部。
しかし、殆ど本は読んだことがないという沙智、本のことについて全くの無知。素人でさえ知っているようなことすら何も知らないという、お粗末さですから、何でまぁ採用されたのやら。

そんな主人公ですから、同僚、書店員、他社の営業マンに呆れられながらも出版社〜書店の仕組みについて初歩から教わるという展開。したがって読者も沙智とともに本の流通に関わる出版社側の事情、書店側の事情をリアルに知ることが出来る、という訳です。

呆れる程の無知に加え極めて能天気、身の程知らずといった沙智が、様々な人たちから教えられて一人前の営業マンに成長していく展開は、ユーモラスでテンポも良く楽しめます。
なお、楽しい、面白いだけでなく、中小書店の悲哀をきちんと描いている部分がある処も評価したい。
最終章は、ちょっとスリリング。それもまたエンターテイメントとしての面白さでしょう。

序章/1.職を求める/2.道を失う/3.本をつかむ/4.火をつける/5.夢をつなぐ/終章

      

4.

「藍のエチュード ★☆


藍のエチュード画像

2014年06月
中央公論新社
(1600円+税)



2014/07/23



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帝都芸術大学剣道部に所属する学生たちを主人公とした青春群像劇。

青春小説というと高校生というイメージが強く、大学生ものは少ない(ただ印象に残っていないだけかもしれませんが)。実際に本作品も、高校生を主役にした青春小説に比べるとかなりドロドロした青春劇になっている、という印象です。
芸大生という、アーティストと売り出せれば中退も構わずといった特殊性があることも一因でしょう。その反面、剣道部=部活動仲間という設定が、群像劇というまとまりをもたらしています。

各章で主人公は変わりますが、主人公という役柄を担うのは剣道部5人の内3人のみ。
あくまでアーティストの道を目指すのか、安全な就職の道へと折り合うのか。さらに恋愛問題も絡み、彼らが辿る道のりは中々一筋縄ではいきません。そこが泥臭さをもたらしています。
そこを学生らしいストーリィに押しとどめているのは、主要な3人の内2人(
粟生野壮介法眼寺綾佳)が如何にも学生といった純朴さ、純真さを備えているから。そんな2人の存在感が本作品を青春小説たらしめています。
一方、逆境、貧困、孤独という芸術家の卵そのままのイメージを纏っているのが、剣道部にいきなり入部してくる等々、壮介と並んで重要な登場人物となる
高杉唯

結局彼らが最終的にどう収まっていくかが読み処なのですが、読後感としては、嵐が過ぎ去ったような気分、と言うに尽きます。
主人公が何度も入れ替わろうと、本作品が長編小説であることに疑いはありません。最後まで飽きることなく一気読み。

1.粟生野壮介(美術学部絵画科日本画専攻3年・剣道部主将)/2.法眼寺綾佳(音楽学部器楽科弦楽専攻2年)/3.新田梨奈(美術学部デザイン科4年/4.粟生野壮介(恋愛中)/5.粟生野壮介(奔走中)/6.新田梨奈(就活中)/7.法眼寺綾佳(逡巡中)/8.粟生野壮介(迷走中)/終章.三年後

       

5.

「君が描く空−帝都芸大剣道部− ★★


君が描く空

2017年02月
中公文庫

(660円+税)



2017/03/22



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藍のエチュードの文庫化。ただし、ストーリィは大幅に改稿されています。
その所為ということではないのですが、本書が文庫化本であることを、いざ読み始めようとする時迄まるで気づきませんでした。
気付いていたら多分読むことはなかったでしょう。その点では気付かなくて良かったのかもしれません。

単行本版は、青春群像劇とはいってもかなりドロドロしたものでした。セックス絡みのどろどろだけでなく、登場人物の家庭環境が相当にどろどろしたもの。その結果、読了後は嵐が過ぎ去ったような気分でした。
それに対して文庫版は、登場人物やその性格設定は変わらないものの、家族関係を含めどろどろした要素が払拭されており、爽快な青春ストーリィに仕上げられています。
それぞれ絵、彫刻、音楽等を志す芸大生たちが、剣道部というひとつ場所に集って繰り広げられる、友情に溢れた青春群像劇。もちろん、初々しい恋愛のひとコマもあり。

読後感は、単行本版と異なり、爽やかな余韻が残ります。


1.桜と金髪女子とギャラリスト/2.算数とさまざまな青とジャージ/3.天才とタトゥーと亜麻色の髪の乙女/4.保健管理センターと花畑とマンモス/5.弁当と残心とモノレール/6.割られた風船と彼女の秘密と蓮の花/7.夏合宿と気位と流星群/8.一級審査とコンクールとゴッホ/9.十六番と三つの理由とミニコンサート/終章.三年後とそれぞれの空と絆

           

6.

「人質の法廷 ★★☆   


人質の法廷

2024年07月
小学館

(2400円+税)



2024/07/28



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1頁2段組 600頁に及ぶ圧巻のリーガルサスペンス!
取材期間はなんと8年に及ぶそうです。

主人公は公設弁護士事務所に所属する弁護士、
川村志鶴
弁護士になって1年目ながら、不当に逮捕され起訴された被告人を冤罪から何としてでも救わんとする情熱は、とても熱い。

その志鶴が弁護を受任することになったのは、荒川河川敷で起きた<
女子中学生連続暴行殺人事件>。
その被疑者となったのは、近所で母親と暮らす、中年男の新聞配達員=
増山淳彦
増山は自分は何も知らないと否認しますが、長期間に及ぶ拘禁、連日の刑事複数による恫喝に屈して自白してしまう。

“人質司法”という言葉があるそうです。否認供述や黙秘している被疑者を長期間拘束(即ち人質)して尋問を続けることで自白を強要する、日本の刑事司法の有り様を批判する言葉。
日産のカルロス・ゴーン逮捕事件で海外から批判を浴びたと記憶していますが、本作での警察、検察の取調べはまさにそれ。

増山淳彦に対する警察の取り調べ、検察官による取調べ、志鶴を中心とする弁護団の奮闘、そして公判での争いが、臨場感たっぷりに描かれて行きます。

本作を読みながら強く感じさせられたことは、一旦拘束されてしまったら、一般人には太刀打ちしようのない、警察権力の恐ろしさです。
一旦犯人と見做したら、全力で犯人に仕立て上げようとする、志鶴のその言葉も、本当に恐ろしい。
また、本作で疑問に思ったのは、被害者家族による陳述。参考に過ぎないとはいえ、裁判員制度の元、これは圧倒的に被告人に不利なことではないでしょうか。

取調べ段階での被疑者対警察、法廷での弁護側対検事側、克明かつリアル、そして迫真のリーガルサスペンス。是非、お薦め。
※なお、本作における警察の捜査、そもそも杜撰でした。

序章.余震/1.自白/2.窒息/3.物証/断章.増山/4.狼煙/5.目撃/断章.鴇田/6.焦点/7.追跡/8.審理/9.終結/終章.余震

   


  

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