2001年2月
岩波書店刊
(1800円+税)
2001/05/27
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題名にある「ピンカートン」とは、オペラ“蝶々夫人”に登場する米海軍士官のこと。本書はその題名のとおり、2人の日英混血児の生涯を追った本ですが、この2人の生涯はまるで両極端。おかげで、2冊の本を読んだような満足感があります。評伝と言うととかく堅苦しい傾向がありますが、本書はそんな評伝と違って、とにかく面白い、そこが魅力です。
倉場富三郎(1870生)は、長崎の商人トーマス・グラバーの正当な息子。後継ぎとして富裕な環境のもとに育てられ、度々留学もしていますが、比較的地味な一生だったと言えます。その為詳細な記録もないとの所為か、父グラバーのこと、オペラ「蝶々夫人」と三浦環のこと、戦時中の長崎、B29と原爆と、内容はどんどん横滑りしていきます。一体何の本だか忘れそうですが、横滑り方が極めて自然で興味が尽きません。それでいて、最後は長崎・グラバー園の4人の像に話を上手くまとめてしまう、流石です。
一方、英国商人リードの私生児として生まれた藤原義江(1898生)は、幼くして母親にも捨てられ、波乱万丈、呆れる程の女性遍歴を重ねた生涯。朝日新聞のお陰で世界的な「我等のテナー」として人気沸騰し、幼少期の悲惨さが想像もできないような派手派手の人生。とにかく国内・欧米を問わず、何処へ行ってもすぐ女性と関係を結んでしまう、というのが凄い。羨ましいというより、壮絶さを感じてしまいます。まさに「昭和不良伝」というサブタイトルにふさわしい人物。
そんな藤原義江をまるで芝居の舞台に置いて、斎藤さんが観客席にいるかのように感想を挟む、その言葉がくだけていてとても愉快です。
「もっと文子さんに感謝せにゃあ」「なんか、話がうますぎやしないか?」「テレビのご対面番組のノリ」「義江の散財の肩代わりなぞ、たかが知れている」「ちょっと待ってくれよ」等々。
また、明治・大正・昭和を語るに「殉死の明治」「情死の大正」「戦死の昭和」と表現。うまいなぁ。
評伝というより、多くの混血児を生み出した観点に立って日本の近代史を描いた1冊。小説以上のドラマ性をそこに感じます。
ある晴れた日に−倉場富三郎
/ 蝶々夫人の放蕩息子−藤原義江
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