佐伯一麦(かずみ)作品のページ No.2



11.空にみずうみ

12.山海記

13.アスベストス 

14.ミチノオク 


【作家歴】、ア・ルース・ボーイ、遠き山に日は落ちて、マイシーズンズ、鉄塔家族、石の肺、ノルゲ、ピロティ、誰かがそれを、還れぬ家、渡良瀬

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11.

「空にみずうみ」 ★★


空にみずうみ

2015年09月
中央公論新社

(2200円+税)

2018年07月
中公文庫化



2015/10/12



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肺に持病を抱える作家と草木染め作家の妻という2人の日常生活を語る私小説という特徴はこれまでの佐伯作品のとおりですが、早瀬弘二興水(旧姓)柚子という名前の踏襲もあって、直接的に還れぬ家の続編となっている作品。
内容にしても、「還れぬ家」の最後で 03.11東日本大震災のことが語られ、本書はその大震災から3〜4年経った日々が語られます。時々大震災がもたらした陰について語られているのは、やむを得ないということではなく、当然のことでしょう。

東北地方の町で執筆、草木染め作品の創作といった、夫婦2人の静かな生活がこつこつと丹念に描かれていきます。
決して2人が孤立している訳ではなく、近隣の人と食べ物をおすそ分けしたり、逆にもらったりという交わりも日常生活の一コマとして語られていて、都会生活よりむしろ豊かなものがあると感じるところもあり。
ストーリィは、早瀬と柚子が交互に見たもの、感じたことについて語るという構成になっていますが、日々を、そして一刻一刻を大事に過ごしているという雰囲気が伝わって来るようです。
その味わい深さが、佐伯作品を読む喜びに繋がっていると言って過言ではありません。

都会で時間に追われた毎日を送っていると、そうした大切な時間の過ごし方を忘れているのではと、反省したくなる気分です。
佐伯作品を読むことで些かでもそれを取り戻せたらと、感じる次第です。


水たまり/ネジバナ/かなかな/半夏生/暑気払い/親ネム子ネム/大きなスイカ/チョッキリ/畳替え/無花果/ほころびと繕い/机/栃餅通信/気になる音/寒仕込み/四年ののち/あとがき

         

12.

「山海記(せんがいき) ★★


山海記

2019年03月
講談社

(2000円+税)



2019/04/21



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東日本大震災後に行われた、<水辺の水害の記憶を訪ねる旅>の記録(2年後の2度目の旅も含む)。

場所は、奈良から出発して紀伊半島を路線バスで下ります。
そこは、大震災と同じ年に台風12号による記録的な豪雨に見舞われた地域。
日本全体から見れば、ごく小さな地域であっても、災害の多さ、被害の大きさが相次いで語られていきますので、日本列島という国における自然災害の多さを突き付けられた思いです。
とくに山間部は、豪雨等による土砂崩れ、その危険性が高い、ということなのでしょう。

私小説主体の佐伯さんにしては珍しく、主人公は「私」ではなく「彼」と呼ばれます。
その分、客観性が生まれている、という印象。
旅の途中、他地域での災害事故の記憶、友人の事故死の記憶も語られていきます。

なお、その路線バスは、奈良交通の
<八木新宮線>。高速道路を使わない路線バスとしては日本最長、全距離 166.9km、停留所の数 167。近鉄大和八木駅〜JR紀勢線新宮駅を結び、所要時間6時間半とのこと。
奈良県南部、険しい山間部にある
十津川村(十津川温泉)を結ぶことが誕生の理由らしい。
※大和八木と十津川村の途中には、生活道の吊り橋としては日本最長という
<谷瀬の吊り橋>が観光名所としてある由。

数々の災害の記録に胸痛む思いでしたが、その一方で、この路線バス<八木新宮線>にも惹かれました。いつか機会があれば、乗ってみたい、です。

          

13.

「アスベストス ASBESTOS ★★   


アスベストス

2021年12月
文芸春秋

(1800円+税)



2022/01/02



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佐伯一麦さんといえば、アスベスト(石綿)。
かつて便利なものとして建築資材等に広く使われていましたが、その頑丈で細い繊維が肺に入り込むと、長い潜伏期間を経て肺癌や悪性中皮腫(胸膜の癌)を引き起こしてしまうことから、「静かな時限爆弾」と呼ばれる素材。

本書は、そのアスベスト禍をテーマとした短篇集。
石の肺−アスベスト禍を追う−は、ご自身の体験と関係者への取材による事実の記録という内容でしたが、本書は取材での見聞から喚起されたフィクションだそうです。

とかく話題から遠ざかるとその問題自体が忘れ去られてしまうような傾向がありますが、アスベスト禍は古い建築物等で資材として使われていたりして今でも引き続き現存する重大な問題。
改めてアスベスト禍をリアルに伝える一冊として、本書は意義あるものと感じます。
この問題が決して忘れ去られることがないよう、願っています。

「せき」:東北の寂れた駅前にある居酒屋。常連客の須永と東京から取材に来た若い客との会話から、カラオケ好きで元気な須永が中皮腫で余命一年と知る・・・。
「らしゃかきぐさ」:クラフトフェアの展示会に出店する妻のお供でロンドンにやって来たライターの夫曰く、イギリスはアスベストの本場なのだと。チーゼル(らしゃかきぐさ)に関心を持っているのはアスベストに似ている所為なのか・・・。
「あまもり」:中古マンションを購入した夫婦、リフォームを検討した際、アスベスト建材の除去について神経を払う(実際には無神経な人たちが多いのだとか)。
「うなぎや」:かつて電気工として働きアスベスト被害を受けた茂崎晧二、子供の頃に住んだ団地が久保田鉄工の工場近くでアスベスト被害を受けたために鰻屋開業の夢を果たせなかった松谷祐二の無念・悲運を語る篇。

せき/らしゃかきぐさ/あまもり/うなぎや

       

14.

「ミチノオク ★★   


ミチノオク

2024年06月
新潮社

(2200円+税)



2024/07/26



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題名の「ミチノオク」とは、言うまでもなく東北のこと。
「陸奥」「奥の細道」と、東北とは奥の地であった、ということなのでしょう。
 
本作は、東北の旅を綴ったノンフィクション。
とはいえ、一般に“旅”から連想されるような、楽しげで風光明媚、といった要素は殆どありません。地道に、その土地を訪ね、その土地と一時触れ合う、という風です。
作者一人で訪れることもあれば、「連れ合い」さんと二人で訪れることもあり。

本作を読んでいると、どの土地にもその歴史、人々の営みがあったということを強く感じさせられます。
それは現在に通じるものであり、現在はその過去の果てにある、というべきなのでしょう。
また、それは土地だけに言えるものではなく、人についても共通することと言えます。
「月山道」では作者のこれまで人生が簡単に記されており、特にそのことを感じる部分です。

地味な作品ですけれど、味わいは深い、そう感じます。
なお、作者と高校時代からの友人であるA医師との交流、胸に残ります。
また、特に印象に残った場所は、孤島である<
飛島>。

※各章の題名となっている訪問地のある県は、登場順に、秋田県、宮城県、秋田県、宮城県、宮城県、山形県、秋田県、福島県、岩手県。


西馬音内/貞山堀/飛鳥/大年寺山/黄金山/月山道/苗代島/会津磐梯山/遠野郷

        

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