乗代雄介
(のりしろ)作品のページ


1986年北海道生、法政大学社会学部メディア社会学科卒。2015年「十七八より」にて第58回群像新人文学賞、18年「本物の読書家」にて第40回野間文芸新人賞、21年「旅する練習」にて第34回三島由紀夫賞を受賞。


1.本物の読書家

2.旅する練習 

3.皆のあらばしり 

4.パパイヤ・ママイヤ 

5.それは誠 

  


       

1.

「本物の読書家 ★★       野間文芸新人賞


本物の読書家

2017年11月
講談社

(1600円+税)

2022年07月
講談社文庫



2018/02/12



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「本物の読書家」は、大叔父が老人ホームに入居するに当たり、その最寄り駅まで送っていくことを言いつけられた主人公=間氷が遭遇した、その途中、車内での出来事。
 
その大叔父は、
川端康成からの手紙を持っているというのが親戚中の噂。途中の車内で間氷にそのことが打ち明けられるのか。
ところが、車内で隣り合わせた30代らしい恰幅の良い男、主人公と大叔父に遠慮なく話しかけてきます。
その男、相当な読書家なのか。有名な小説家の誕生年月日をすらすらと答えます。そして話題は数々の有名作品を経て、川端康成へと。そこで大叔父が明らかにしたのは、驚くべき事実・・・。

「未熟な同感者」は、大学文学部のあるゼミが舞台。
サリンジャーの手紙等について講義するその先生、何故かいつも講義中にトイレへと席を外す。
一方、主人公の
阿佐美は、同じゼミ員である美少女=間村季那と親しくなるのですが、彼女には不思議なところもあり。
ストーリィは、ゼミでの現実と合わせるかのように、サリンジャーや
二葉亭四迷らの著述断片がコラージュとして数多く挿入されています。

私自身、川端康成やサリンジャーは余り入れ込んだ作家ではないということもあって、ストーリィへの興味は今一つといったところ。
それでも前者については、登場人物3者の思いがそれぞれ微妙に絡み合う展開が少々スリリングで、結構面白かったです。
それに対して後者、伝えようとしているのはこういう処かなと感じたものの、今一つ読みこなせなかったという思いです。


本物の読書家/未熟な同感者

         

2.

「旅する練習 ★★       三島由紀夫賞


旅する練習

2021年01月
ポプラ社

(1600円+税)

2024年01月
講談社文庫


2021/02/04


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中学受験が終わったサッカー好きの姪と小説家の叔父というコンビが、利根川堤防沿いに徒歩で、千葉県の我孫子から鹿島アントラーズの本拠地を目指す旅を描いた作品。

元気な姪の
亜美はサッカーボールをドリブルしながら、小説家である私は途中、思いついたことを書き留めながら、というロードノベル。
 
徒歩というのは勿論大変そうですが、同時にいかにも楽しそうです。
私も元々独身時代の一人旅では、行った先で長く歩くことを好んでいましたが、列車やバスあるいは車と違って、歩いて目にする景色は全く別のものがあります。
この2人の旅も、まさにそうしたもの。

ロードノベルとなれば、見慣れぬ景色への興奮があったり、思わぬ出会いがあったりするものですが、その点は本作も変わりありません。
こうした旅を経験できたこと、経験させてくれる親しい叔父がいること、何と亜美という女の子は幸せなことか、と感じます。

それなのに、最後の頁は・・・。
ただ、そのことによってこの旅が、輝きを増すように思えます。

      

3.

「皆のあらばしり ★★☆   


皆のあらばしり

2021年12月
新潮社

(1500円+税)



2022/01/17



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なんとなく面白い・・・読み終わって思わずニヤリとしたくなる面白さ、と言うところでしょうか。

主人公は歴史研究部に属する高校2年生(
浮田)。
栃木駅からかなり離れた
皆川城址、部活動のため訪れた主人公はそこで、長期出張の会社員だというがうさん臭いところのある男に出会います。
ところがこの男、歴史をはじめ諸々のことにとても詳しい。
主人公、大阪弁で口八丁といった感じの男に翻弄され、その言葉に篭絡されたようです。
いったいこの男の正体は? そしてその狙いは?

本ストーリィ、登場人物は僅かに3人だけ。
歴史研究部の後輩である
竹沢という女子が一度登場するだけで、半年間にわたり、主人公と男のやりとりだけで本ストーリィは成立しています。
その意味で本作は、2人の対話劇か、いや対決劇かも。そしてその内容はと言ったら・・・ミステリ?

そしてその男がついに口にしたのは、どこにも記録されていないのだという
小津久足(実在の人物)の著作「皆のあらばしり」のこと。
おいおい高校生、小隊の正体のよく分からない男の口車に乗っていいのか?と思う処。

最後はどういう展開になるのか。その結末が、喝采したくなる程面白い、痛快です。

歴史を探る面白さと、ミステリ風味と、高校生と男の対決劇といった面白さ。 読み手の好み次第とは思いますが、お薦め。

       

4.

「パパイヤ・ママイヤ ★★☆   


パパイヤ・ママイヤ

2022年05月
小学館

(1600円+税)

2024年06月
小学館文庫



2022/06/02



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SNS上で出会って気が合い、ハンドル名も揃えたパパイヤママイヤは、共に17歳。
ママイヤが示した
木更津の<小櫃川河口干潟>にパパイヤがやって来て、17歳の夏、2人は初めて会います。
それから2人は、流木が折り重なる
“木の墓場”で週に一回会うようになり、親しさを増していきます。

当初こそ似通った2人という印象ですが、実は状況においてまるで違うことが明らかになっていきます。
それでも、2人が繋がり合う、というところが注目点。

パパイヤは運動の得意なバレーボール部員ですが、父親はアル中で生活は綱渡り状態。
一方、ママイヤは芸術家兼翻訳家であるシングルマザーの母親に振り回されっ放しで・・・・。

この2人の関係が実に良い! 
学校の仲間たちには話せないことも、ママイヤに対して、パパイヤは正直に口に出すことができた。
一方、ママイヤはパパイヤに話せなかったことを、最後は見破られるようにして打ち明ける。
2人がこの夏、一緒に過ごした時間、それはどんなに豊かだったことか。2人にとっては忘れ難い、これからの人生に向かって転機となる時間だったのではないでしょうか。

2人の、互いに殻を脱ぎ捨てたような、素直な姿が瑞々しい。
※2人の前にちょっと顔を出す、「
所ジョン」と呼ばれるホームレス老人の存在が良いアクセントになっています。

※全く異なる作品ですが、
ジーン・ポーター「そばかすの少年におけるボーイミーツガールの場所は、リンバロストの沼地。一方、本作はガールミーツガールで小櫃川河口干潟。
個人的に、何か時代の移り変わりを感じる気がしました。

       

5.

「それは誠 ★★☆   


それは誠

2023年06月
文芸春秋

(1700円+税)



2023/08/01



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修学旅行で東京へ行った高校生たち、その旅行期間中に彼らがしたちょっとした冒険を描くストーリィ。

修学旅行中、事前に計画書を提出、各自GPS携帯という条件はありながら、1日だけチーム毎の自由行動が許されます。
C組第3班は、男子4人・女子3人というチーム構成。

各自からいろいろ案が提出されますが、主人公の
佐田誠は行きたいところがあると、単独での別行動を主張します。
その事情を聞いた他のメンバー、女子3人が了承し、男子3人が誠に同行することになり、教師たちや他の生徒たちに遭遇しないよう、誠の目的地である<日野>へ行く、ちょっとした冒険が始まります。
しかし、メンバーの内にはこの違反行動がバレるとヤバイことになる特待生もいて・・・。

あちこちの観光場所へ行くのも良いでしょう、でもこうした小さな冒険こそ、何ということもない場所行きだからこそ、ずっと記憶に残る思い出になるのではないでしょうか。
実際、特に親しいという訳でもない男子生徒たちの間で、お互いに知らなかった面が現れ、お互いにちょっと近づくことになるのですから。

終盤、ぐっと惹き込まれるのは、予定外の事態になってから。
男子たちの行動に加え、女子たちも動きだす処が楽しい、そして嬉しい。

何とも、胸に気持ち良さが残り、心が弾んでくる高校生たちのストーリィ。
そうした日々、そうした出来事がとても愛おしい。

     


  

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