西 加奈子作品のページ


1977年イラン・テヘラン生、大阪、エジプロ・カイロ等で育つ。関西大学法学部卒業後、フリーライター等を経て2004年「あおい」にて作家デビュー。08年「通天閣」にて第24回織田作之助賞、13年「ふくわらい」にて第1回河合隼雄物語賞、15年「サラバ!」にて 第152回直木賞を受賞。


1.
きりこについて

2.
円卓


3.ふくわらい

4.ふる

5.舞台

6.サラバ!

7.まく子

8.i(アイ)

 


   

1.

●「きりこについて」● ★★


きりこについて画像

2009年04月
角川書店刊

(1300円+税)

2011年10月
角川文庫化



2009/07/12



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きりこはとびっきりぶすな女の子でしたが、赤ん坊の頃から両親が愛情たっぷりに「可愛いなぁ、きりこちゃんは」と繰り返し言っていたものだから、自分はとりわけ可愛い女の子であると信じ込んで生きてきた。
ところがある日・・・・、きりこの人生を変えたその一言をきっかけに、学校へ行くのを止め、愛する黒猫のラムセス2世とともに家に閉じこもってしまう。
それから数年後、予知夢をみたきりこは、夢の中で泣いていた女性を救うため、ラムセス2世に付き添われて再び足を外へ踏み出します。
そんなきりこが、紆余曲折を経て、人生における真実を見つけ出すまでを描いたストーリィ。

ぶすな女の子と黒猫という取り合わせから児童向け小説を予想したのですが、コミカルでヘンな少女時代が描かれたかと思えば、その後は一転してファンタジー小説のヒロインのごとき様相を纏ったかと思えば、最後はやっぱりきりこのビルディングスロマンのようにして終わる、という、読んでいるその先の展開が全く予想つかない、面喰い続けるというストーリィ。

これは児童向け小説なのだろうか、大人向け小説なのだろうかと迷わされつつ、読み手の予想に反し続ける展開に翻弄されながら読み進んだ先には、何だか判らないけれど愉快で楽しそうな広場が広がっていた、というよう読み心地。
その先の予想がつかない展開と、最後にきりこがみつけた真実のシンプルさ、それへの共感が、本作品の面白さ、魅力です。

悪戯心溢れるストーリィ展開がお好きな方に、是非お薦め。

       

2.

●「円 卓」● ★★


円卓画像

2011年03月
文芸春秋刊

(1238円+税)

2013年10月
文春文庫化



2011/04/14



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祖父母に両親、三つ子の姉たち、そして主人公の琴子(通称:こっこ)という8人家族。
狭い団地住まいで皆が食事の際に囲むのは、部屋の大部分を占めてしまうという円卓・・・というのが本書題名の元。

主人公である小学生、8歳の琴子という女の子が、とにかく面白いキャラクター。
人と異なる価値観、突拍子もない行動、すぐキレる性格、遠慮のない物言いと、十分過ぎる程にユニーク。「個性的」という看板を一人で背負っているような女の子です。
子供というのはとかく大人が考え付かないような発想をすることがある、子供の考えることは理屈では測れない、その典型的な事例がこの琴子ではないかと思います。
本人、悪気はないのです。むしろ、偏見がない、と褒めてあげるべきなのかも。それ故、本人の性格を知っていると逆に励まされる気がする、と幼馴染は言うのですが、同級生たち、現状は唖然とすることが多いみたい。
その琴子、家族からとても愛されているのです。特に祖父、三つ子の姉たち、こっこは可愛いと無条件に愛してくれます。でも肝心のこっこ自身はそう短絡的ではいられない。何故?と考えてしまうのです。

変わり種の女の子を主人公にして、子供の気持ち、その心情世界を愉快に描いた好作。その点、きりこについてのきりこの発展形といえる女の子像かもしれません。
一方、
今村夏子「こちらあみ子に比べると、いかにも大阪的かな、と言ったら偏見だと叱られるでしょうか。
なお、琴子と幼馴染である
ぽっさんの関係、気持ち好いです。

                

3.

「ふくわらい」 ★★☆       河合隼雄物語賞


ふくわらい画像

2012年08月
朝日新聞出版

(1500円+税)

2015年09月
朝日文庫化



2013/01/19



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変人であった旅行作家の父親からマルキ・ド・サドをもじって名付けられた鳴木戸定(なるきど・さだ)
母親の死去後、父親の未開地旅行に伴われた定は、訳も分からぬままその地の葬儀に参列し、その民族の風習に従って死者の肉一片を口にした。父親がその事実を紀行文に書いたことから、人肉を食べた少女というレッテルから今も定は逃れられない。
そんな定の楽しみは、幼い頃に知った遊び"
ふくわらい"を、今も出会った人の顔を対象に脳裏の中で試してみること。
25歳になった定は、現在出版社に勤務し文芸編集者。優秀な編集者という評価は得ているものの、感情を表すことがないためロボットのように思われ、また過去の出来事もあって同僚たちからは遠巻きにされている観あり。
主人公=定が、猪木になれないロートルレスラーや一途に定に迫ってくる盲目の青年、後輩の女性編集者らと交流する中で少しずつ変化を見せる、というストーリィ。

鳴木戸定という主人公のキャラクターあってのストーリィですが、感情の有り処が普通の人とはかなり違うという主人公は、私にとってそう珍しいものではありません。姫野カオルコ作品にも、似たキャラクターの女性主人公が時々登場します。
ただし、姫野主人公は、普通人が右寄りなら逆に左寄りといった風である故にどこかユーモラス。それに対して本書の定は、どこまでも真っ直ぐで晴朗というイメージです。
そんなキャラクター故から生まれる定のユニークな行動ぶりによる可笑しさ、面白さはもう本書を読んでもらう他ありませんが、人と濃く関わりあったことによって定に変化が生まれ、無機質のように見ていた人間の身体を、感情を持つ人間として少し見られるようになります。
その辺りは一種の成長記であり、本質的に本書は、幼女時代から始まる定の、長い青春彷徨記と感じる次第です。

そうした理屈付けはさておき、定の抜群なキャラクターと、彼女のささやかな成長に静かな感動を覚える作品です。お薦め。

             

4.

●「ふ る」● ★☆


ふる画像

2012年12月
河出書房新社

(1400円+税)

2015年11月
河出文庫化



2012/12/27



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主人公の池井戸花しす(カシス)は28歳。数年前に職場不倫の終わりとともにデザイン事務所を辞めて転職、現在の仕事はアダルトビデオに映る女性器のモザイクがけ。私生活はというと、産婦人科で知り合った2歳年上の女友達と、2匹の猫と同居中。

そんな花しすの現在と過去を交互に繰り返しながら、彼女の現在とそこに至るこれまでを描くストーリィ。
しかし、花しすにはちと風変わりなところがあります。一つは“
新田人生”という人物がそのキャラクターを様々に変えながら、何度も彼女の人生に登場してきたこと。もう一つは、ICレコーダーで自分の周囲の会話を録音し、寝る前に再生して聞くのを趣味としていること。
とはいえ花しす、極めて穏かな性格である上にいつも受け身であるのが身上。人に嫌われるような態度はとらないということを基調にしてきた女性ですから、どこかほわ〜んとしていて、読んでいて居心地良さが感じるられるというのは、ごく自然なこと。
ではこの物語、どんなことを伝えるストーリィかというと、それがよく判らない。

そもそも西加奈子さん、何かかたまりのようなもの、そして女性器のことを書きたいと思っていたとのことで、本書はまさしくその二つがモチーフとなっています。
何故“新田人生”が繰り返し登場するのか、何故仕事は女性器のモザイクがけなのか、何故ICレコーダー録音が趣味なのかという説明はようやく最後になされますが、判ったようで、でもやはりよく判らないような・・・・。

                  

5.

「舞 台」 ★★


舞台画像

2014年01月
講談社刊

(1400円+税)

2017年01月
講談社文庫化


2014/02/07


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セントラルパークで好きな本が読みたいという思いでニューヨークにやってきた葉太・29歳は、憧れのパークに着いた途端、何もかも入れたバッグを盗まれて無一文。おまけに部屋に置いたスーツケースの鍵もバッグの中だったため開けられず。
領事館に行くまであと3日間、ポケットに残った僅かなお金で生き延びなくてはならないと葉太は決意する。そこから始まる葉太のNY彷徨ストーリィ。

バッグを盗まれた騒動で、読者は主人公=葉太が自意識がやけに高く、人目を気にする性格の若者であると知ります。恰好つけようとするが故に、誰かに助けを求めることもできないというジレンマ。
彷徨しつつ、解放感に包まれ意気高揚したり、現実を直視してひどく落ち込んだりと、葉太の振幅は大きくなる一方です。そして最後、葉太が狂気に駆られてNYの街を走り回るシーンは真に圧巻、というに尽きます。
修験道の修行は食も睡眠も削り、ぎりぎりまで自分を追い込んで一種の自己解脱を図るものだったと思いますが、NYでの葉太の彷徨はその修行に似ている気がします。

さて葉太、プライドや対抗心を脱ぎ捨て、若者として一歩成長することができたのやら。

               

6.

「サラバ!」 ★★           直木賞


サラバ!画像

2014年11月
小学館刊

上下
(各1600円+税)

2017年10月
小学館文庫化
(上中下)



2015/02/18



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主人公である圷歩(あくつ・あゆむ、後に今橋姓)の誕生時から37歳まで、その精神的彷徨を描いた大河小説。
こうした類の作品を読むのは随分と久しぶりです。思い出すとなると
ディケンズ「ディヴィッド・コパフィールド」、ロマン・ロラン「ジャン・クリストフ辺り。そうとなれば、大部の上下2冊本、読みでのある作品となるのも当然のことでしょう。

作者である西加奈子さんと共通するのは、イランのテヘランに生まれ、一旦日本に帰国したものの、再びエジプト赴任を命じられた父親に従いカイロ育ち、という経緯。前半で描かれる駐在員一家のテヘラン生活、そしてカイロ生活の部分にも興味津々です。

一家を引っかき回して止まない姉の
貴子と存在はあっても、海外での圷一家の生活はごく平穏なものであった筈。特に主人公の歩においては、カイロ時代にヤコブというエジプト少年と忘れ得ぬ友情を結ぶという出来事があったのですから。
ところがその後突如として、両親は離婚、姉はひきこもりと、一家は瓦解してしまう。それから後の主人公は、あたかも大切なものを見失ってしまったかのように、精神面において流浪者さながらの日々を過ごしていきます。

様々な人との出会いと別れがあり、様々な出来事が描かれますが、主人公と共に読み手がハッとするのは、姉と対照的に順調な人生を歩んできた筈の主人公が何時の間にか歯止めを失い、坂道を転げ落ちるかのような状況に陥ったこと。
本作品もこうした物語の常で、何時の間にか主人公の精神的な彷徨の物語になっていたと言って差し支えないと思います。
さて、主人公の行き着く先に救いはあるのかないのか、再生できるとしたらそのきっかけは何なのか、が本作品の読み処。
大部な上下巻でしたが、読み始めると一気読みでした。

※個人的な意見ですが、「ジャン・クリストフ」を思い浮かべ、対照しながら読んでみると、見えてくるものがあるのではないかなと思います。


1.猟奇的な姉と、僕の幼少時代/2.エジプト、カイロ、ザマレク/3.サトラコヲモンサマ誕生/4.圷家の、あるいは今橋家の、完全なる崩壊/5.残酷な未来/6.「あなたが信じるものを、誰かに決めさせてはいけないわ。」

           

7.
まく子」 ★★


まく子

2016年02月
福音館書店刊

(1500円+税)



2016/04/16



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変わった風合いをもつ、子供から大人への変化期を迎えた少年の成長譚。
「まく子」という少女が主人公にとっての重要な鍵になるのかと思える題名ですが、そうした名前の女の子は登場しません。登場するのは、
コズエという少女。

主人公の
南雲慧は11歳、小学5年生。住んでいるのは、さして有名ではない小さな温泉街で、家はこの温泉街で中の下というクラスの「あかつき館」。
コズエは、そのあかつき館で働くこととなった母親と共にやって来て、母子は従業員寮に住み込みます。
美人で手足も長いコズエはすぐにクラス皆の注目を集めますが、慧はかえってそんなコズエに距離を置こうとする・・・。

「まく子」とは「撒く」子。ものに拘らないという意味と、自分を分け与える気持ちを持つという意味合いがあるのでしょう。
いろいろなことがあって大人になるということに拒絶感を抱いていた慧ですが、コズエとの出会いによって、ようやく大人へのワンステップを踏み出すに至ります。

最後はちょっと突拍子もない観のある展開となりましたが、小説とは形に捉われず中味を問うものであってみれば、気にする程のことではなし。そんな独創性があってこその西加奈子作品の魅力と思います。
読了後は、悩みが吹っ飛んだ主人公のように、すっきりした気分です。

            

8.

「i(アイ) ★★


i

2016年11月
ポプラ社刊

(1500円+税)



2016/12/26



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シリア生まれの少女アイは、米国人のダニエルと日本人の綾子という米国籍夫婦の養子となって育つ。幼い時に養子となったために実の両親のことも、故国シリアのこともまるで記憶にない。
両親はアイに彼女が養子であること、また故国の実情等について公平に語ったが、それはかえってアイに、自分が幸せな状況にあることの罪悪感と、苦難から免れたのは何故自分だったのかという疑問を抱え込ませてしまいます。
アイが高校入学後の初めての数学授業で教師が放った
「アイという数はこの世界に存在しない」言葉は、まるでアイ自身の存在を揺るがすように聞こえ、その後も度々アイを苦しめます。
本作はそんなアイの、長い苦悩を経てようやく自分の存在を確信できるようになるまでの(大袈裟な表現になりますが)魂の遍歴ストーリィ。

世界の各地で起きる大災害、アフガニスタン等の戦災、そして現在のシリア内戦と、多くの犠牲者を報じるニュースに接するたびにアイの心は傷つきます。
それは我々にとっても同様のこと。ニュースを見るたびに胸痛む思いがしますが、同時に自分の家族や国のことではなくてよかったという安心感も抱きます。
しかし、アイの場合は自分が選ばれてそうした状況を免れ得たという自責の念があるだけに敏感にならざるを得ない、そうしたアイの心情は痛ましいほどです。

一応は平和な国である日本と、現在も内戦に痛んでいるシリアは対照的な状況だと思います。そうした中、アイのような思いが何処かにあっても不思議ないことかもしれません。そうしたことを考えさせるストーリィでした。
最後、親友
ミナとの関わり合いの中でようやく自分の存在をアイが確信できた場面、私もまた救われる思いがしました。

     


   

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