南木佳士
(なぎ・けいし)作品のページ


1951年群馬県生、秋田大学医学部卒。医師兼作家。56年難民医療チームに加わってタイ・カンボジア国境に赴いている最中「破水」にて第53回文学界新人賞を受賞。さらに89年「ダイヤモンドダスト」にて第100回芥川賞、2008年「草すべり その他の短編」にて第36回泉鏡花文学賞、翌年同作にて芸術選奨文部科学大臣賞を受賞。長野県南佐久郡臼田町に住み、佐久総合病院に勤務。


1.
阿弥陀堂だより

2.草すべり その他の短篇

3.陽子の一日

  


   

1.

●「阿弥陀堂だより」● ★★★


阿弥陀堂だより画像

1995年06月
文芸春秋刊

2002年08月
文春文庫
(505円+税)

   

2005/01/23

 

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映画を観ていて所々で感じていた疑問が、原作を読んで解消しました。
原作では、孝夫の信州・谷中村での生い立ちから始まり、妻の美智子との出会い、結婚を経て故郷に戻ってくるまでの過程も描かれています。映画では時間的制約があること、信州の四季の美しさを充分に映し出すところにも力点が置かれていましたので、プロローグと言うべきその部分が省略されてしまったのは、致し方ないことだったのでしょう。

孝夫の故郷に戻ってくる前、孝夫と美智子は各々に都会の暮らしの中で挫折したと言えるでしょう。孝夫は小説家を目指しての行き詰まり、美智子は流産に端を発した恐慌性障害という病気を得てというように。
本書の舞台である谷中村では、3世代にわたる3人の女性の姿が鮮やかです。
阿弥陀堂守りとして最低限の生活ながら満ち足りて健やかに暮らしている96歳のおうめ婆さん、エリート医師の道を諦めこの地で再出発しようとしている43歳の美智子、癌の治療で声を失い再発の恐れを抱えながらも健気に生きる24歳の小百合
そして、彼女らを見守りつつ語り手となっている孝夫もまた、もうひとつの物語の主人公なのです。
生活のため幼い頃から働くことが当たり前だった孝夫は、都会で小説家という全く違った生き方を目指します。しかし、一度新人賞を得たものの、それ以降少しも価値ある作品を生み出すことはできなかった。故郷に戻り、手応えある暮らし中で、漸く彼もまた小説の意味をつかんだようです。

映画を観て、原作を読んで、それで初めて目一杯楽しむことができる作品でしょう。今回原作を読んで、また映画を観なおしたくなりました。
とにかくおうめ婆さんの存在が秀逸。そして原作以上に、映画での北林谷栄さん演じるおうめ婆さんが絶品です。

※映画化 → 阿弥陀堂だより

     

2.

●「草すべり その他の短篇」● ★☆       泉鏡花文学賞


草すべりその他の短篇画像

2008年07月
文芸春秋刊

(1500円+税)

2011年09月
文春文庫化

 

2008/07/29

 

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表題作の「草すべり」は、高校の時に同級だった女性=紗絵ちゃんからの誘いを受け、一緒に浅間山へ登るという話。
彼女にとっては子供の頃に年中登っていた山であり、主人公にとっては今も度々登っている山。
40年ぶりにあった女性と2人だけで山に登るというのは、本来あり得ないような出来事でしょう。それなのに、それがすんなり読めてしまうのは、山に登りまた降りる行動に人生を象徴するところがあるから。
今になってまた浅間山に登ろうとする彼女の方には、それなりの事情があることが最後に示されますし、一方の主人公には、そんな彼女を見守りつつ一方で自分の体力の衰えも認識しているという客観的な視点があります。
余計なことを推測するのを留めるような静けさ、諦念がそこにあるように感じます。
人生の最終コーナーに入ろうとする時、昔笑顔が素敵だなと思っていた彼女と2人で一つのことを目指して共に行動する、こんな時間がもてたらいいなぁと思います(そういう彼女がいたかどうかはさて置くとして)。
紗絵ちゃんの最後の一言、「もうちょっと歩いていたいよね」、人生と重ね合わせて感じられる良い言葉です。

他の3篇も、過去への回想、山登り、という話で、基調となっているテーマは表題作と共通しているようです。
50代半ばという年代に達して、初めて深く味わうことのできる作品だと思います。

草すべり/旧盆/バカ尾根/穂高山

        

3.

「陽子の一日」 ★★


陽子の一日画像

2013年01月
文芸春秋刊

(1300円+税)

2015年07月
文春文庫化

  

2013/02/22

  

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60代となった女医が、昔同僚だった男性医師の自伝的な「病歴要約」を読んでその軌跡を辿ると同時に、自身の来し方をもまた振り返る、というストーリィ。
主人公の
江原陽子、南木さんのデビュー作「破水」において一人で子供を産むことを決意した女医の30年後の姿だそうです。
題名に
「一日」とあるように、朝07時08分から夜11時13分まで、時間を追って主人公の一日を描いていくという趣向です。
そのことによって、ただ今生きているところの今日一日、という雰囲気をリアルに感じます。

今の総合病院にずっと30年間勤務。今はもう最新の医学知識についていけず最前線の医師・看護師らから脇に押しのけられ、現在は外来診療と人間ドックのみ担当。
だからといって批判にはあたらず、むしろ彼女が歩んできた長い足跡を感じます。60代になったからといって人生の終わりということではありません。週に何度もスポーツセンターに通って長距離を泳ぎますし、若い医者が及ばない眼力もまだ備えています。
季節が進めば秋が来るのは当然、そんな語りかけを感じます。これまでの長い年月と今の落ち着き、そしてこれからもまだ人生は続く。
淡々とした短い長篇小説ですが、悠久の時間の流れとその中のひと時という思いを感じさせられて、味わい深い一冊です。

※同じく地方の総合病院で働く医師という共通点から、ふと
夏川草介「神様のカルテを思い出しました。医師としての盛りの時期と晩年という差があるため印象は大きく異なりますが、でもあの栗原一止医師が年老いた時どうなるのか、そんな興味を感じてしまいます。

   


  

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