永井荷風作品のページ


1879〜1959 東京生。本名:永井壮吉。東京外国語学校清語科中退後創作に励み、「夢の女」等を発表し注目を浴びる。1903年渡米し、07年仏・リヨンへ。その間横浜正金銀行に勤務。この時の体験を「あめりか物語」「ふらんす物語」として刊行し、好評を得る。その後、娼婦や花柳界を描いた作品を多く発表。1910年慶應義塾大学文科教授。17年から晩年まで記録した日記「断腸亭日乗」は貴重な記録。52年文化勲章受章。


1.あめりか物語

2.ふらんす物語

3.すみだ川・新橋夜話

4.つゆのあとさき

5.墨東綺譚

    


 

1.

●「あめりか物語」● ★★☆

  
あめりか物語画像
 
1908年発表

1951年06月
新潮文庫

2000年07月
第27刷

  
2000/11/18

 
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明治36〜40年(1903〜07)、永井荷風が25〜29歳、約4年間のアメリカ滞在中に書いた文をまとめたものが、本書です。折々雑誌に投稿していたものを単行本としてまとめて博文館より刊行したのが、ちょうど荷風の帰朝時期と重なり、一躍荷風を新文学の中心人物にならしめた、という作品です。
ふらんす物語に遡る著書であることから、ずっと読みたいと思っていたのですが、新潮文庫の復刊により漸く読めたという次第です。
明治の日本から大国アメリカに渡っての滞在記というと、華やかな雰囲気を予想されるのではないかと思いますが、本書の内容は全く異なります。むしろ、大国アメリカにもある裏側の社会を荷風は好んで覗いてきた、という観があります。その中には勿論、売春窟、娼婦たちを記した篇もあり、荷風ならではの視点でしょう。
また、印象的であるのは、当時のアメリカに留学あるいは仕事で滞在している日本人たちの姿。その姿には、哀感がとても強く感じられます。
アメリカを去るという最後の時期に書かれた六月の夜の夢は、荷風と米国女性ロザリンとの一時の恋愛関係を記したもので、寂しくかつ美しい雰囲気が忘れ難い一篇。
読書の秋、じっくり読めたことが嬉しい一冊です。

船房夜話/牧場の道/岡の上/酔美人/長髪/春と秋/雪のやどり/林間/悪友/旧恨/寝覚め/一月一日/暁/市俄古の二日/夏の海/夜半の酒場/落葉/夜の女/ちゃいなたうんの記/夜あるき/六月の夜の夢/舎路港の一夜 (余篇)/夜の霧(余篇)/夏の海(異文)


●アメリカ滞在略譜●
明治36.09.22横浜出帆、10.05ヴィクトリヤ港着 タコマ市滞在
明治37.10月古屋商会に雇われ、セント・ルイスの万国博覧会に赴く 
明治37.11月ミシガン州カラマズの学校に入る
明治38.06月カラマズを去り、ベンシルヴァニア州キングストン経由、ニューヨークへ
明治38.07月ワシントン日本公使館小使となる 09月イディスと知り合う
明治38.
12月正金銀行ニューヨーク支店に勤める
明治40.07月フランスへ出帆

          

2.

●「ふらんす物語」● ★★★

 
ふらんす物語画像

1909年発表

1951年07月
新潮文庫

1991年05月
第52刷

   
1992/08/17

 
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横浜正金銀行(東京銀行を経て現東京三菱銀行)リヨン支店勤務を命じられ、アメリカから渡仏した荷風のフランス滞在記。しかし、荷風のフランスへの熱い思いにも拘らず、滞在期間は11ヵ月半と短いものでした。
文庫本で 250頁位と特に厚い一冊ではないのですが、その一章、一章がひとつの作品に値する程の重みをもった、凄い作品です。
また、本書における荷風のフランスに対する見方が、感覚的に現代人とあまり差がないことに驚きます。荷風の観察眼は鋭く、外国だからといって臆するところがありません。それは、アメリカ滞在4年という体験があったからこそ、なのかもしれません。

冒頭から、荷風には、勤める為に遠路旅して来たという雰囲気はまるでありません。むしろ旅行者のそれに近いと言えます。
本質的に荷風という人は、アウトサイダーに徹底した人だったように思います。場所はフランスとはいえ、荷風にとっては濹東綺譚の浅草界隈とまるで変わるところが無いようですし、フランスの娼婦との出会いも、浅草周辺の私娼らと何の変わりもないようです。結局、荷風はそれらに交わることなく、ただ通り過ぎるだけの存在であったという印象を受けます。
充分に堪能した作品なのですが、読了後は、残念なような、肩の荷を下ろしたような、そんな入り混じる気分を味わった一冊です。

船と車/ローン河のほとり/秋のちまた/蛇つかい/晩餐/祭りの夜がたり/霧の夜/おもかげ/再会/ひとり旅/雲/巴里のわかれ/黄昏の地中海/ポートセット/新嘉坡の数時間/西班牙料理/橡の落葉

          

3.

●「すみだ川・新橋夜話」● ★★

   

1909年発表

   
1987年09月
岩波文庫

    

1995/09/21

「すみだ川」
幼馴染であるお糸長吉の、異なる宿命を描いた作品。お糸は花柳界へ入り込んでいき、母親に進学・立身を望まれる長吉は取り残されます。長吉の寂しさ、哀感よりも、花柳界において自分の道を切り開いていこうとするお糸の明るさ、逞しさがより強く感じられます。
根底に、荷風の花柳界に対する肯定がある故の作品、と感じます。

「新橋夜話」
12篇の小品を集めた作品です。花柳界や浮かれ女達を下に見ず、同じ高さに立って彼女たちを見ているという、荷風の視線の位置が感じられます。と言って、彼女たちに同情している訳ではありません。突っ放しているという向きさえ、充分感じられます。
とくに心に残った話は掛取り」「五月闇」「祝盃の3話。

         

4.

●「つゆのあとさき」● ★★

    

1931年発表

   
1987年03月
岩波文庫

    

1995/08/25

銀座にあるカフェの女給・ 君江の奔放な生き方を描いた作品。
現代の風潮であればとくに珍しくもない女性像だと思いますが、当時こうした女給を描く、或いは主人公とするのは、画期的なことだったのではないでしょうか。さすが、浅草、玉の井等を歩き尽くした、荷風ならではの作品だと思います。
今読んでも、この面白さはまるで変わりありません。

通俗作家の清岡というパトロンがいながら、君江は、矢田、若い舞踏家等、気分次第、なりゆき次第で関係を持ちます。罪悪感を持つわけでなく、生きたいがまま自由に生きている、という君江の姿が描かれています。
普通のきちんとした家庭の娘だった君江が、家を出てひとりでそんな生活をするようになったのは、君江自身の淫蕩さ、奔放さ故なのでしょうが、そんな一人の女の姿を、荷風は本当によく捉えていると思います。
比較的薄い 130頁程の作品ですが、充分な読み応えのある一冊です。

    

5.

●「墨東綺譚(ぼくとうきたん)」● ★★★

  
墨東綺譚画像

1937年発表

1991年07月
岩波文庫
(改版)

 
1992/03/10

小説家大江匡は、小説の材料を探しに隅田川の向こう側へ足を伸ばした際に雨に降られ、それが縁でという若い私娼と知り合います。それから、大江は足繁く、向島・玉の井の私娼窟、雪の元へ通うことになります。本書はその玉の井を舞台に、大江と雪の関わり及び周辺の風情を、日記の如く綴った作品です。
また、この作品は、大江の「失踪」という小説の構想が玉の井を舞台として進められていく、という二重構造を持っています。
他で味わえないような情趣に充ちており、荷風の代表作として名高い作品です。しかし、けっしてそれだけの魅力ではありません。荷風自身の実体験を思わせるところが多分にあり、小説とも随筆ともつかぬところが、この作品の他に類のない魅力だと言えます。

読み始めから、面白さを予感させるゾクゾクするような思いに捕らわれました。文章のひとつ、ひとつが何とも面白く、滲み出るような味わいを感じさせられるのです。
本書では、玉の井周辺の風情、雪の人柄、暮らし振り。それらが味わいを加えて語られていきます。頁数にするとごく薄い一冊ですが、思い返す度に小説中の世界が広がっていくような、そんな読後感があります。
読み逃したら勿体無い!という一冊。

 

読書りすと(永井荷風作品)

   


 

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