宮城谷昌光作品のページ No.1


1945年愛知県蒲郡市生、早稲田大学文学部英文科卒。91年「天空の舟」にて新田次郎文学賞、同年「夏姫春秋」にて直木賞、2001年「子産」にて第35回吉川英治文学賞を受賞。


1.
重耳

2.晏子

3.孟嘗君

4.楽毅

5.青雲はるかに

6.太公望

7.華栄の丘

8.子産

9.沙中の回廊


奇貨おくべし−春風篇・火雲篇・黄河篇・飛翔篇、管仲、香乱記、三国志(第1〜4巻)

宮城谷昌光作品のページ bQ

 
三国志(第5〜12巻)

宮城谷昌光作品のページ bR

   


   

1.

●「重 耳」● 


1993年
講談社刊
上中下


講談社文庫

  

1994/11/19

春秋時代の文公・重耳の遍歴の物語。各国の興亡を綴った作品という 印象があります。
父王の愛妾らの謀りごとの為放浪の生涯を送り、19年間の放浪の後晋に戻り君主の座に就いた人物。重耳本人はどこか茫洋とし多くの名臣が支えるという構図は、司馬遼太郎「項羽と劉邦」に描かれる漢の高祖に似ています。
重耳の配下として登場する人物は多彩で、初めて中国の古代歴史作品を読んだ身としては何がナニヤラ理解もしないままストーリィだけを追って読んだ感じです。作品の構成としても、そのような傾向があったのではないかと思う次第です。それにしても、礼節、格言、ト占いの何と多いことか。

  

2.

●「晏 子」● ★★


1994年
新潮社刊
上中下

1997年10月
新潮文庫化
1〜4巻


1994/12/01
1995/01/28

春秋時代のにおける晏弱・晏嬰父子の物語。
晏嬰という人物は、「史記」の司馬遷が、その御者になりたいと言ったという、斉の名宰相です。
重耳に比べ主旨が明快だったことが、この作品をすっきりとして読め、かつ楽しめたように思います。
主旨、即ち“徳”ということ。父・晏弱は将軍としての軍才もさることながら徳望を高めた人物。息・晏嬰はその晴朗さ故に貴族・庶民の双方の人気を得てしか生涯声望が衰えることが無かったといわれた人物。
“人に与せず社稷(国家)を主とす”という晏嬰の思想は鮮烈です。私心の無さ、公平な歴史観、我が身に奢らず、という姿勢が現代においても求められていることが、余計に晏子父子の魅力を高めていると思います。

  

3.

●「孟嘗君」● ★★

  

1995年
講談社刊
1〜5巻

   

1998年09月
講談社文庫化

  

  

1997/10/21

全5巻を熱中して読みました。なんといっても魅力なのは、時代における傑出した人物が群像のように登場してくること。舞台も斉、魏、秦等諸国におよび、まさに大河ドラマといって良いでしょう。その中でもとくに魅力的なのは、田文(のち孟嘗君)の育ての親となる風洪です。むしろ、田文以上の存在感ある人物と言って 良いかも。
全5巻といっても、最初の2巻はこの風洪が主人公として活躍します。第3巻は、ちょうど風洪から田文に主人公が入れ替わる間とでもいう時期で、孫子の活躍ぶりが書き出されています。田文は、風洪、孫子の影響を受けて育ち、外交に秀でた田嬰を実父としてもち、その3者を受け継ぐ者として歴史に登場、大きな足跡を残します。田文の特徴としては、仁義を重んじ、国の境界を軽々と超えて民のために政治を行った、ということでしょう。
ただ、ストーリイとしては、でき過ぎた印象のある田文より、はるかに風洪の方が魅力的です。人間としての成長プロセスの大きさ、行動範囲のきわめて広い風雲児、快男児的な部分。また、生身の人間としての魅力。
司馬遼太郎さんは「国盗物語」において、斉藤道三、織田信長という2人をひとつの流れとしてストーリィ化しましたが、本作品も、風洪、田文という2部からなる長編として読むのが良いのかもしれません。

   

4.

●「楽 毅」● ★★




1997年09月
〜99年10月
新潮社刊
1〜4巻

第1・2巻:1997.09
(各1700円+税)
第3巻
:1998.10
(1800円+税)
第4巻:1999.10
(1900円+税)

2002年4〜5月
新潮文庫化
全4冊

   
1997/10/04〜
〜1999/10/31

宮城谷作品の中でも孟嘗君と並ぶ傑作と言って良い作品だと思います。
楽毅という人物は、三国志の諸葛孔明をして「かくありたし」と言わせた名将だそうで、故国・中山国滅亡の後、北国・の将となり、五カ国の連合軍を率いてを征服してしまったという名将です。
本作品における面白さのひとつは、戦争の描写が豊富で、その駆け引きがすこぶる面白いこと、さらに楽毅の持つ戦術思想にあります。
しかし、それ以上に魅力的なのは、楽毅の人物設定です。
重耳」「晏子のように、国という枠にとらわれることがありません。その意味では孟嘗君の後継者と言えそうです。
一般に人がとらわれるであろう、国家とか人間関係、自己の利害というような枠を、楽毅という主人公は軽々と越えていきます。その発想・行動の自由自在な様は、まるで飛翔するかのようで、清々しい限りです。
楽毅には、余計な気負いが一切なく、常に孟嘗君という一大人物を上において考えるという謙虚さがあります。それも主人公に好感がもてる一因でしょう。
作品中、楽毅の述懐として「人が見事に生きるとはなんと難しいことか」 という言葉が度々出てきます。本作品の内容を、まさに象徴する言葉のようです。現代人にとっては、学ぶところの多い作品だと思います。

なお、第1・2巻は、中国中原における小国・中山国の滅亡、その中で楽毅らが最後まで戦いを 貫く部分。そして第3巻は、第4巻へのつなぎとなる部分。
そして、第4巻は楽毅が燕の将となり、一気に勇躍するストーリィであり、全巻中屈指の面白さです。待ち望んだ甲斐がありました。

   

5.

●「青雲はるかに」● 




1997年11月
集英社刊
上下

2000年12月
集英社文庫化
上下

2007年04月
新潮文庫化
上下

 

1997/12/27

時代・場所の設定は、孟嘗君楽毅が舞台の中心から去った後の、、そして。前述の二人が退場したことから、再び諸国は乱立 しているという様相。
ちょうど秋口に楽毅」「孟嘗君と読んできて本書に至った事から、まさに時代の変遷を追うように作品を読んでいるわけで、これほど贅沢で楽しいことはあろうかと思いました。
宮城谷節は相変わらず。ストーリィの中に吸い込まれるようにわくわくして読み進んでいきました。でも、読み終わった後にちょっと振り返ると、率直に言って、ちょっと物足りない感じ。宮城谷作品は、言葉によって登場人物、ストーリィを膨らませて読者を引き込んでいくようなところがありますから、読んでいる最中には感じる事なく面白く読んだのですが、読了後にそう感じました。
原因は「孟嘗君」「楽毅」との比較にあるようです。この二人の物語は、とにかくスケールが大きい。行動の基準が自分の利害にとどまる事なく、自由にはばたいていた印象があります。それに比較すると、本書の主人公・范雎はスケールが小さく思えてしまいます。
范雎についてのみなら、若い頃から辛苦を重ね、それと共に人間としての成長を重ね、ついに栄達を果たすという敬愛すべき人物の物語なのでしょう。でも、ちょっと離れて見るならば、所詮若い頃から自分の成功のみを考えて生きてきた人物であり、宰相の地位を得たものの、主君に抜擢の成果をもたらすべく攻略により領土の拡大をめざすこととなった。それは一国の利益でしかない。
結局、范雎は自ら実行する人にはなり得なかったという気がします。
貧民からの成功物語、というならば、確かに范雎の成功が精々なのかもしれません。

    

6.

●「太公望」● ★★




1998年
05〜07月
文芸春秋刊
上中下
(各1,762円+税)

2001年04月
文春文庫化
(上中下)

 

1998/05/20
1998/06/20
1998/07/19

王の功臣として商(殷)を倒し、の始祖となった太公望・呂尚の物語。
毎月各巻の発刊毎に読んだ為、感想も各巻毎のものになりました。ご了解の程。
上巻はプロローグと言って良い。商(殷)王朝の説明と時代背景。この時代が、孟嘗君や、楽毅、呂不韋の頃と違ってはるかに遡る頃のことでしたから、ちょっと戸惑うところがありました。
主人公望は商の犠牲となった遊牧民の部族。6人の孤児の長となって生き延びるところからストーリィは始まります。上巻ではとくに面白いという程のこともなく、本格的な望の活躍を楽しめるのは中巻以降。
中巻に至ると、望の動きは商打倒に向けての具体的な活動となります。商に反発する諸侯の間をめぐり、いろいろな献策を行うと共に自分の配下も増えていきます。
そしてその中で、先人たちが至らなかった発想を望が歴史上初めて繰り広げていく。そこに太公望という人物の魅力があるように感じます。望の可能性が大きく展開していく様は爽快感に溢れます。
下巻は中巻の産物として、物語の決着具合を確かめるようなもの。太公望の伝承話を通過し、周王に招聘された後の望はもはや全知全能のスーパーマンの如き者。商が衰退し周が勝利するまでの展開は、望が描いた筋書きどおりに進む。読む興味としては、歴史の大転換の様を知るだけと言っても良い。
望が始祖となる斉の国家思想は、民族間の平等というもの。そのため、最後まで望の新鮮さが薄れることはありませんでした。

    

7.

●「華栄の丘」● ★☆




2000年02月
文芸春秋刊
(1429円+税)

2003年03月
文春文庫化

 
2000/03/14

春秋時代、重耳から少し後の小国・が舞台。
主人公はその宋で宰相を務めた華元です。出目で太鼓腹という容貌。その性格は人と争うことを嫌うもので、争いに勝つより負けない、その結果として勝つという思想の持主です。
華元は、新君主・文公に召し出されて宰相の地位に就きますが、文公と共に善い内政を行う一方で、後半の外憂にさらされる、というのが本作品の主要な流れです。
華元は、懐が深い人物として、宮城谷さんから好意的に描かれていますが、宮城谷さんの思いからちょっと抜け出して華元を眺めると、その魅力というのはあまりはっきりしたものではありません。孟嘗君楽毅のようなすっきりした英雄像は浮かび上がってきません。むしろ、戦争においてはひどい失敗を犯すくらいですし、「礼」に拘泥するあまり融通がきかない、という印象さえあります。
華元という人物のイメージがぼんやりしている分、読み手によって随分とこの作品に対する評価は異なるように思います。私としては、楽毅の自由自在、迅速な行動に魅せられたばかりですので、華元については辛めの評価となりました。
なお、宋は商王朝の末裔により建国された国で、「礼」を重んじた国とのこと。また、宋は(あの重耳の)の保護下にあった国ですが、晋の勢力低下により楚の侵略を受けるに至ったというのが、本作品における状況です。

    

8.

●「子 産」● ★☆   吉川英治文学賞




2000年10月
講談社刊
上下
(各1700円+税)

2003年10月
講談社文庫化
上下

 
2000/12/15

晏嬰華元と同時期の春秋時代、において“礼”により国・民に仕えた名執政・子産を描いた物語です。ちなみに、子産は、周公旦(周・武王の弟)と並んで孔子が尊敬した人物だそうです。
鄭は、晋と楚という2大強国にはまされた小国。まずは、子産の父・子国の登場からストーリィは始まります。
父子2代にまたがる物語という構成で思い出すのは、「晏子」の晏弱・晏嬰父子。父が武にて活躍した人物であったのに対し、子の側は宰相の地位を極めたという点で、両作品には共通するところがあります。
とはいえ、「子」にて晏弱の前半部分がむしろ面白く、晏嬰の後半がやや窮屈な印象があったのに対し、本作品では子国による前半が平凡で、後半子産が活躍するようになってから面白味が生じる、という点が好対照のようです。
子産という人物からは、爽やかな印象を受けます。子産は武においても評価された人物ですが、広範な知識をもつと同時に、公平な見方ができ、言葉を飾らず率直にもの言う気概をもっていること、自家の利益に固執せず、真摯に国と民に尽くそうとした姿勢から、感じられるものです。
ただ、清冽な印象は、逆に印象度が弱いということにもつながります。そのため、宮城谷さんの中では、軽い仕上がりになったと感じる作品です。

   

9.

●「沙中の回廊」● ★☆

 


2001年02月
朝日新聞社刊
上下
(各1700円+税)

2003年01月
朝日文庫化
(上下)

2004年12月
文春文庫化

(上下)

  
2001/02/18

重耳亡き後のにおいて、天才的な戦略家として名を馳せ、最後は宰相にまで登りつめた士会の生涯を描いた作品です。
ただ、この士会という人物は、出自が高くなかった所為もありますが、強引に自分を売り出すタイプではなかったようです。その分本ストーリィも、士会中心というより、その殆どは重耳亡き後の晋の混乱の歴史であり、士会はその歴史の検証者として理解することもできます。
王位継承をめぐる晋の混迷から、士会は秦に亡命し、そこで戦略家としての名声を高めますが、その辺りが読んでいて快い箇所です。宮城谷作品をずっと読んでいて、爽やかな印象が残っている人物というと、風洪、孟嘗君楽毅と、いずれも国という枠に嵌められていない人物。士会もそれに列なる人物のようで、そこに魅力を感じます。
また、士会は、礼と徳を重んじ、それを為政という大きな場で表現した人物であり、そうした人物は一世代後の子産しかいない、と宮城谷さんは作品中で語っています。ただ、士会がそれを発揮できるのは、漸く最後の方。
士会という人物に魅力はありますが、ストーリィは殆ど重耳亡き後の晋の混迷の経緯であり、春秋という時代、王・宰相の人物如何によって国の威勢がいかに変わるものか、ということがつくづく感じられる作品です。「重耳」の続編として読むのも良さそうです。
※宮城谷作品お馴染みの人物の名が多く登場するのも、目を惹かれるところ。介子推、華元、子産、晏弱等。

     

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