倉数 茂
作品のページ


1969年生。大学院修了後、中国大陸の大学で日本語を学ぶ学生を対象に5年間日本文学を教える。帰国後の2010年「黒揚羽の夏」にて第1回ピュアフル小説賞大賞を受賞。翌11年大賞作を加筆、修正した「黒揚羽の夏」にて作家デビュー。


1.黒揚羽の夏

2.
魔術師たちの秋

3.
名もなき王国

4.忘れられたその場所で、

  


    

1.

「黒揚羽の夏 ★★☆   


黒揚羽の夏

2011年07月
ポプラ文庫
ピュアフル
(600円+税)



2021/08/30



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忘れられたその場所で、に登場した、人ならざるものが見えてしまうという滴原美和が最初に登場した作品、ということに興味を覚え読んでみました。
その本作、驚くほど濃密な、中学生・小学生らによるミステリ、ひと夏の鮮烈な冒険小説。

中二の千秋、小五の美和、小二の颯太という兄妹弟3人は、両親が深刻な話し合いをする必要があるという理由で、七重町という東北の田舎に住む母方の祖父の元へ一時的に預けられます。
のんびりとした平穏な田舎であるべき風景の中、美和と千秋は次々と奇怪な出来事に事件に遭遇していきます。
水たまりの中から睨んでくる長い髪の女、拾った携帯電話からの不気味な声、押し入れの奥から見つけた古い冊子(ミーコ=五十嵐光子の手記)、そして川の中で見つけた少女の死体・・・。

兄妹は、この辺りで最強の武闘派少女ペアと言われる
唯島シスターズ=紗江良14歳・史生11歳、2人とは友人だという元女子プロレスラーの水木静32歳と出会い、この町で起きている事件について情報交換します。
自動車の窃盗団。幼女の連続失踪事件、そしてそれは60年前にもこの町で起きていたこと・・・。

いくつもの事件に加え、不審を覚える人物たちの登場が、現在そして過去においてあり、それらのミステリ要素が輻輳して濃密貸していく展開。
そして最後は、子でもなのに危ないことに首を突っ込んだ彼らの身に危機が降りかかってきます。さて・・・・。

余りに濃密、凄惨過ぎて仰け反るような思いがありますが、最後は子どもたちの間にそれぞれの成長と、固い友情が結ばれたらしい様子に、安堵感と気持ち好さが広がります。
大人が読んでも子どもが読んでも楽しめるミステリ&冒険小説。お薦めです。


1.台風襲来/2.七重町探検/3.水の中の人影/4.二人のミーコ/5.発見されたフィルム/6.秘密の約束/7.影の影

    

2.

「魔術師たちの秋 ★★☆   


魔術師たちの秋

2013年09月
ポプラ文庫

ピュアフル
(620円+税)



2021/12/04



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黒揚羽の夏続編。
再び舞台は
七重町で、前作から3年後。

体調不良で祖父の家に滞在することになった中学生の妹=
美和を見舞うため、滴原千秋は再び七重町を訪れます。その千秋が主人公の一人。
美和、最近嫌な夢ばかり見るのだと言う。その夢は何か、過去の事件と繋がっているのか・・・。

本作のもうひとりの主人公は、地元高校生の
中井ケンジ・17才。父親が経営していた自動車整備工場が倒産、自身も教師を殴って停学中と、先行きが全く見えない状況。
そしてもう一人の主要人物は、ケンジが廃屋で出会った謎めいた少年
ツキオ。ケンジはツキオへ度々差し入れをします。

千秋とケンジはそれぞれ、
「夢喰い連中が戻ってきている」という老人の謎の警告、ツキオとの絡みから、戦時中密かに行われた異様な人体実験に遡る事件に関わっていくことになります。

自分自身への不安という共通点を持ちながらも、片や東京の進学校で優秀な生徒(千秋)、片や田舎の劣等生(ケンジ)という対照的な二人が、時にいがみ合いながらも協力して悪に立ち向かっていく構図が十分にサスペンスフル。
また、上記二人はただの高校生とは言えない。
千秋の調査能力は抜群であるし、ケンジのサバイバルスキルもまた抜群(
はやみねかおる「都会のトム&ソーヤを思い出させられます)、だからこそ本書主人公と成り得ているのです。
とは言っても、2人の能力だけでは時に如何ともし難いこともあります。そんな時千秋が頼ったのは水木静。彼女の再登場により俄然展開が面白くなってきます。

死者の脳波の研究とか、霊媒を使っての商法とか、暴力的なその組織とか、対抗する悪は巨大と思われましたが、意外にあっさり事件は終わってしまったかな、という観あり。
それでも最後に、友情がしっかり残ったと思える処が、爽快。


1.ツキオという少年/2.地下室の幻影/3.鏡の向こうの男/4.諒子/5.鳥たちの見る夢/6.都樹子

     

3.

「名もなき王国 ★☆


名もなき王国

2018年08月
ポプラ社

(1800円+税)

2022年02月
ポプラ文庫



2018/09/18



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著者である中年作家、若手作家の集まりで出会った澤田瞬、その伯母で十数年前に死去した幻想作家=沢渡晶、という3人の小説家によって織りなされるストーリィ集。

「王国」は、著者と澤田瞬との出会いストーリィ。
「ひかりの舟」は、著者が澤田瞬から聞いた話を元にストーリィ化した作品。
「かつてアルカディアに」は、その澤田瞬の書いた作品。
「燃える森」は、沢渡晶の初期中編。
「掌編集」は、その沢渡晶の幻想的な作品集。
そして
「幻の庭」は、著者と妻=藍香との出会いストーリィ。

こうして振り返ると、現実的な小説と幻想的な小説が一冊の中に並び置かれている、という印象。
どちらの方が面白いかと問われれば、それはもちろん後者の方。物語の面白さを、改めて認識する思いです。

しかし、本作の面白さは、ラスト8ページにあるらしい。
出版社の紹介文曰く、
「謎が明かされるラスト8ページで、世界は一変する」とのことでしたから。
それを目当てに読み続け、やっとラスト8ページに到達。
その結果はどうだったかというと、あぁそういう仕掛けだったのか、という感想に尽きます。

本作品の内容に得心はいったものの、率直に言って驚愕、興奮とまでは至らず。
結局は、あぁ読み終わったなぁ、という一言。


序/1.王国/2.ひかりの舟/3.かつてアルカディアに/4.燃える森/5.掌編集(少年果/螺旋の恋/海硝子/塔(王国の))/6.幻の庭

            

4.
「忘れられたその場所で、 In the forgotten place ★★   


忘れられたその場所で、

2021年05月
ポプラ社

(1700円+税)



2021/07/12



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殺人事件の真相を追う警察ものストーリィなのですが、それ特有の緊迫したミステリという印象は薄い。
むしろ、事件の背景にある悲惨で過酷な歴史的事実、そうした事実があったことを決して忘れてはいけないのだというメッセージの籠った社会的作品、という印象です。

女子高生の
滴原美和が偶然に発見した遺体、それは残虐な方法で殺された後に放置され、氷漬けになっていた。
早速捜査本部が設置されますが、全く手がかりのない中、新米刑事の
麻戸浩明が僅かな事柄から事件の真相へ迫る糸口を見つけていく。
それは、45年も前に起きた事件に関係するものだった・・・。

都合よく手掛かりが見つかり過ぎ、という気がしますが、本質的には警察ミステリではないと思えば、気になるものではありません。
事件の謎に辿り着いた時、
「忘れられたその場所で、」という題名の重みが胸に深く伝わってくる気がします。

緊迫感や驚愕の事実!といったものは有りませんが、こうしたミステリ、私は好きです。

※なお、死体の発見者である滴原美和は、人ならざるものが見えてしまうという特異な少女。
デビュー作
「黒揚羽の夏」と「魔術師たちの秋」にも登場しているようです。
だからといって本作、シリーズものということではないような。
いずれ上記2作も読んでみようと思っています。

   


  

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