木村紅美
(くみ)作品のページ


1976年兵庫県生。親の転勤に伴い福岡県、千葉県等に住み、小学校6年生からは宮城県仙台市で育つ。明治学院大学文学部芸術学科卒。書店アルバイト、会社員を経て2006年「風化する女」にて 第102回文学界新人賞を受賞し作家デビュー。


1.
イギリス海岸

2.月食の日

3.春待ち海岸カルナヴァル

4.夜の隅のアトリエ

5.まっぷたつの先生

6.雪子さんの足音

 


   

1.

●「イギリス海岸−イーハトーヴ短篇集−」● ★★


イギリス海岸画像

2008年02月
メディアファクトリー刊

(1200円+税)



2008/02/28



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副題「イーハトーヴ」は、もちろん宮沢賢治が故郷=岩手県を呼んだ名前(エスペラント語)。そして表題作「イギリス海岸」は、やはり宮澤賢治が花巻の川岸を英国の海岸になぞらえて呼んだ名前。
題名が示すとおり、本書は宮沢賢治の存在を抜きにしては語れません。本書に惹かれたのも洒落た感じの表紙と、宮沢賢治故ですから。
本書は直接宮澤賢治に絡むストーリィではありませんが、それでも、そこかしこに賢治のイメージが浮かびます。
宮沢賢治は理想を追い、そして夢をみることのできた人でしょう。本書を読んでいると、そんな賢治の雰囲気にそっと寄り添っているような気分になります。
それが本ストーリィの世界を楽しく、豊かにしているのは間違いない。

本書ストーリィは双子の姉妹、を交互に主人公として語られていきます。
双子といっても性格も、行動も対照的。翠は高校入学直前に引っ越してきた盛岡を気に入り、そこで地道に生きていく。一方の梢は行動的で、高校を卒業すると一人で東京へ出て、ずっと東京で暮らしている。盛岡より東京の方がいいと言いつつ、盛岡を遠くから想っているようなところが、どこかあります。
ストーリィは、何年かを間に置きながら、そして主人公に翠と梢を交互にしながら、2人の暮らしぶりが語られていきます。

ごくあっさりとしたストーリィを連ねた短篇集。イーハトーヴを偲びながら雰囲気を楽しむ、それだけで充分楽しい一冊です。

福田パン/イギリス海岸/中庭/ソフトクリーム日和/帰郷/クリスマスの音楽会

  

2.

●「月食の日」● ★★


月食の日画像

2009年09月
文芸春秋刊

(1381円+税)



2009/10/20



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「月食の日」は、全盲で一人暮らしの隆と、その隆と交流する友人たちの姿をさらりと描いた中篇。
全盲の有山隆、女友達の里奈、隆と17年ぶりに偶然再会した津田幸正、その妻=詩織
そこに、隆と元恋人だった路子との、幸正の高校〜大学時代の恋人だった睦美との思い出が入り込みます。
短いストーリィの中で、過去と現在、視点がさらりさらりと変わっていくところが面白い。
混乱するようにも思えますが、むしろ全盲の隆を語るに細やかな筆遣いが行なわれているようで、快さが感じられます。
また、明りを感じることなく闇の中にいる隆と、幸正の家を訪れた日に起きる月食との対比が、何故か印象的です。

「たそがれ刻はにぎやかに」は、住人の殆どが引っ越して古いアパートに一人取り残されたかのような、そして本人自身もかなりボケてきたらしい老女=くららと、ホームレス寸前の窮地から彼女のアパートを足繁く訪れるようになった青年=を中心にした中篇。
彼女の孫娘と昔付き合ったことがあることを縁にくららの元に入り込み、あわよくばと狙った顕ですが、当て外れだった様子。
まもなく施設に入るしかない老女と、都会に夢をみて結局夢破れ姉夫婦を頼って都会を去る青年が、もうこれが最後と賑やかに過ごす時間を切り取るように描いてお見事。
人生という線路の黄昏を感じる侘しさと、その最後を飾る艶やかさが、とても印象的。

2篇とも短いストーリィですが、木村さんの細やかな筆遣いが好ましい。なお、「月食の日」は 第139回芥川賞候補作。

月食の日/たそがれ刻はにぎやかに

      

3.

●「春待ち海岸カルナヴァル」● ★★


春待ち海岸カルナヴァル画像

2011年12月
新潮社刊

(1500円+税)



2011/01/18



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題名の「カルナヴァル」とは、ストーリィの舞台となる、鄙びた町の海岸沿いに建つホテルの名前。フランス語で謝肉祭(カーニバル)のことです。
主人公は、
ホテル・カルナヴァルを守る39歳の独身女性=紫麻

本書はその紫麻という女性を描くストーリィかと思うと、そこはホテルが舞台なだけに、宿泊客たちの人生も一部垣間見えるという風。
ただ全体的に抑制された気配が強いだけに、そうした構図を読み取るまでには時間がかかります。
帚木蓬生「千日紅の恋人の主人公=時子38歳もまた華やかな暮しには縁遠い地味な女性でしたが、本書の紫麻はそれ以上。ゲストを迎えるホテル側の人間が目立ってはいけないという姿勢を守り続けているからなのでしょう。
全体的に、ホテルの立地場所に相応した、物静かで地味な作品。そこから本作品の良さを知るには、読者から積極的にくみ取っていく必要があるようです。そうして初めて、本作品の味わいが感じられるというもの。そうでないと、紫麻の姿に希望の無さばかりを感じて、むしろ陰鬱な気分になってしまうかもしれません。

ホテルを舞台に、主人公とその家族側、そして宿泊客側をほぼ同格に、間仕切ることなく描いた作品。ホテルを舞台にした小説としては新趣向を感じます。
決して明るいストーリィではありませんが、紫麻のような在り方も良しと思いますし、どこかに希望を見い出すことができそうが気がする、そんなところが本書の魅力だと思います。

        

4.

「夜の隅のアトリエ」 ★★☆


夜の隅のアトリエ画像

2012年12月
文芸春秋刊

(1600円+税)



2013/01/26



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仕事を捨て名前までも捨てて東京を出奔し、北国のとある町に流れ着いた女性の、虚ろでありながら何処か清さがある姿を描いた一冊。

主人公は30代前半の美容師=
田辺真理子。腕は良いらしい勤める店を転々とした経緯があるらしい。その真理子にふって湧いたように近づいてきた女性2人。一人は真理子の恋人であるフリーカメラマンと関係しているらしい。
すると真理子は、まるで自分の過去を切り捨てるように辿り着いた北の町で、他人の名前を使って理容店を営む無愛想な男の管理する貸室に住み込み、やがて連れ込み旅館の受付バイトをして暮すようになります。
家主の若い男、旅館の老館主と、多少ながらの関わりをもった主人公はこの町でどう生きて行こうとしているのか。
 
そこに至るにはどんな事情があったのか。少々ミステリアスな香りもありますが、ストーリィはそんなことにお構いなく、現在の彼女の姿を淡々と描いて進んでいきます。
主人公の、まるで吹き流されていま此処にいるといった姿は、本来空虚で荒涼な印象を受ける筈なのですが、ほの暗くてもどこか清さがあるように感じられ、胸にしみ込んでくる味わいがあります。

この辺りの描き方が実に上手い。木村紅美さんは元々雰囲気を描いて上手い作家なのですが、本書は中でもとりわけ秀作と言って良い作品ではないでしょうか。
小説の上手さを堪能したい方に、お薦めです。

                

5.
「まっぷたつの先生 ★★


まっぷたつの先生

2016年06月
中央公論新社

(1600円+税)



2016/07/22



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まず吉井律子という女性が登場します。中堅ハウスメーカーで建築士として働く31歳。
その吉井は、小学校5・6年時の担任教師であった
堀部弓子48歳とずっと交遊を続けています。
吉井と堀部が会った時、たまたま吉井が4年時の担任教師であった
中村沙世のことが話題に上ります。吉井、その沙世のおかげで自分の夢に向かって進むことが出来たと感謝の念を抱いている。

一方、吉井が働く会社に派遣社員として新しく雇われたのが猪俣志保美。その猪俣は、親の都合で引っ越した仙台の小学校でイジメに遭い、見て見ぬふりしてイジメを放置した当時の代用教師に対する怒りを今も忘れられないでいる。

ストーリィが進んでいくと、吉井が感謝している教師と猪俣が憎んでいる教師が同一人物だと判るのですが、2人の見方がまるで異なっているところが面白い。
同じ一人の人間でも、人により、またその時の状況によって良きにしろ悪きにしろまるで正反対の評価になることがある、というのが人間同士の難しさなのだろうと感じさせられます。

教え子2人だけでなく、当時沙世が不倫恋愛していた相手の息子=当時高校生だった
塚本青と沙世の交流、職場での吉井と猪俣との関係も描かれます。
前者が、責任や役割といった関係がないだけに穏かで気持ち良い関係であるのに対し、後者は利害が衝突しかねない関係だけにどこか索漠としたものがある、と対照的。
ちょっとした誤解、すれ違い、他人の横槍等々から、いくらでも人間関係は変わりうる、と本書は語っているかのようです。

そうした様々な綾を見せながら、ひとつストーリィへ見事に収斂させているところが木村紅美さんの上手さ。
なお、主ストーリィの中に埋もれる観がありますが、沙世と高校生時の青との様子が快い残像となり胸の内に留まります。
ちょっとしたことで人生が変わるものならば、これからの人生もまだまだ変えることが出来るのかもしれません。
ちょっぴり、勇気や希望を抱くこともできるストーリィ。


1.三月の魚/2.緑の街/3.臨海学校の夜/4.灰色の教室/5.秋の小さな旅/6.大好きな先生/7.雪の降る森/8.大きらいな先生

                  

6.
「雪子さんの足音 ★★☆


雪子さんの足音

2018年02月
講談社刊

(1300円+税)



2018/02/25



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今は公務員である主人公=遊佐薫の元に、20年前大学生の時に一時住んだアパートの大家であった雪子さん(90歳)死去の知らせが届きます。
本作は、東京の高円寺にあったそのアパート=
月光荘に住んだ頃の回想と、主人公が20年ぶりに月光荘を訪ねていくところを描いたストーリィ。

ある日主人公は、雪子さんから夕食の招待状を受け取ります。戸惑いながらも大家さんの厚意だろうと応じたところ、その後も次々に食事の招待、小説の新人賞に応募したいと思っていると語った処、パトロンになりたいと言われ、食事の招きを辞退すると食事の差し入れも絶え間なし。さらに帰郷する時には、お小遣いまで?
同じアパートに住む同い年の
小野田さんという女性は、もはやまるで雪子さんの家族同然の様子。
しかし、断っても止むことのない雪子さんの押し売りに、ついに主人公は・・・。

今ならば、雪子さんの切ない心境が理解できます。
息子を失い、他に身内を持たない雪子さんの、疑似家族を求めようと性急に行動してしまった胸の内を。
迷惑に感じたというのも無理ないこととはいえ、雪子さんの心底に温かい気持ちがあったことは否めないこと。
だからこそ今、懐かしく雪子さんのことを思い出すのでしょう。

都会で暮らす人たちの胸の奥にある孤独感、人との繋がりを求める気持ちをさりげなく、そして優しく、穏やかに語った逸品。
お薦めです。


※ちなみに本作は 第158回芥川賞候補作。

    


   

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