川上未映子作品のページ


1976年大阪府大阪市生、大阪市立工芸高校卒。ミュージシャン、女優、作家、詩人。本名:岡本三枝子。
2002年川上三枝子名義で歌手デビュー。“夢みる機械”(2004)、“頭の中と世界の結婚”(2005)などのアルバムをビクターエンタテイメントより発表。2006年随筆集「そら頭はでかいです、世界がすこんと入ります」刊行。07年初の小説「わたくし 率 イン 歯一、または世界」が 第137回芥川賞候補となると共に第1回早稲田大学坪内逍遥大賞奨励賞。
08年「乳と卵」にて 第138回芥川賞、第1回池田晶子記念"わたしく、つまり Nobody"賞、09年詩集「先端で、さすわ さされるわ そらええわ」にて第14回中原中也賞、「ヘヴン」にて09年度芸術選奨文部科学大臣新人賞および第20回紫式部文学賞、10年映画「パンドラの匣」にてキネマ旬報新人女優賞、13年「愛の夢とか」にて第49回谷崎純一郎賞、16年「あこがれ」にて渡辺淳一文学賞、19年「夏物語」にて毎日出版文化賞を受賞。また「夏物語」は40ヶ国以上で刊行が進み、「ヘヴン」英訳は22年国際ブッカー賞最終候補。11年10月同じ芥川賞作家の阿部和重と再婚。24年「黄色い家」にて第75回読売文学賞を受賞。


1.
乳と卵

2.ヘヴン

3.夏の入り口、模様の出口

4.すべて真夜中の恋人たち

5.愛の夢とか

6.ウィステリアと三人の女たち

7.夏物語

8.春のこわいもの

9.黄色い家

 


   

1.

●「乳と卵(ちちとらん)」● ★★         芥川賞


乳と卵画像

2008年02月
文芸春秋刊

(1143円+税)

2010年09月
文春文庫化



2008/04/30



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作品そのものより、作家である川上未映子さん自身が話題となった観のある芥川受賞作。
あまり芥川賞作品は読まないのですが、ミーハー的な気分で読んでみました。
豊胸手術を受けるのだといって、娘の緑子を連れて大阪から上京してきた姉=巻子39歳。母子2人と未婚の「わたし」が三ノ輪のアパートで過ごす3日間を描いた作品。

久しぶりに会った姉はやせ衰えた感じで、それなのに何故豊胸手術を受けようとするのか。緑子は何故かこのところずっと言葉を発せず、ノートでの筆談ばかり。
豊胸手術に関する会話、銭湯での胸の観察、そして初潮を迎えたばかりの緑子は日記に「卵子」から始まる身体の仕組みのことばかり。
女性の身体についての会話、想念ばかりが繰り広げられていくので男性としては圧倒されるばかりですが、本作品の持ち味はストーリィより独特な文章にあるようです。
長く文章をひっぱり、ひとつの文章の中で幾つもの事柄を、読点で巧みに区切りながら次々と書き綴っていく。その是非は別として、そこに何ともいえぬ味わいが生じているのは間違いありません。
そこに巻子のあやつる大阪弁が入り込むと、「わたし」が語る文章の長さが苦にならず、むしろ面白味を感じるようになるくらいです。
ストーリィは、「わたし」を間において母子が子を産むという行為をめぐって語る、語らないという形で反駁し合い、最後に爆発するという展開。
「卵」が最後にこういう形で使われるとは思いもよりませんでしたが、最後まで読んで初めて腑に落ちる、母子の濃密な関係にやっと気づくという作品です。
これから読む人へ。最後まできっと読み通しましょう。(笑)

乳と卵/あなたたちの恋愛は瀕死

   

2.

●「ヘヴン」● ★★        芸術選奨文部科学大臣新人賞・紫式部文学賞


ヘヴン画像

2009年09月
講談社刊
(1400円+税)

2012年05月
講談社文庫化



2009/10/03



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イジメ問題に題材をとった長篇小説。乳と卵からは全く予想できなかった圧倒力が印象的です。

クラス全体から苛酷なイジメを受けているといって過言ではない中学生が主人公。
ある日に始まって以来度々、少年宛てに手紙が届くようになります。最初の手紙、そこには「わたしたちは仲間です」と書かれていた。
その手紙の送り主は、クラスでもう一人執拗なイジメに遭っている少女、コジマだった。

イジメといえば今や大きな問題。
小説作品では、重松清青い鳥でイジメ側を描き、歌野晶午絶望ノートでイジメを逆手に取ったミステリを描いています。そして本書は、イジメられる側を描いたストーリィ。
毎日毎日、飽きることなく執拗にイジメを繰り返す同級生たち。そんな学校生活の日々の中、通じ合えうことのできる仲間が一人でもいれば、耐えられるのだろうか。
コジマは、これを耐えた先には耐えたからこそ辿りつけるものがある筈と言い、弱さを受け入れている私たちこそが正しいのだ、と言う。
そして少年は、これだけ暴力を振るわれながら何故僕はそれに従うことしかできないのだろう?と言う。
イジメる側の中学生達は金太郎飴的に描かれています。ただしたいからしているだけ、何も判っていない。それに対して、彼らを見透かし自分たちを客観的に見ることができる2人は、その分彼らより大人っぽいと言うことができます。
だからといって、それは何も彼らの救いにはならない。
2人の最後の救いまで、彼らは無残に踏みにじろうとします。

少しでも自尊心を守り自分の心を守ろうとするかのような彼女の言葉には、心の底からの叫びが感じられます。
そんな心の叫びに、いったいどう応えることができるのか。

  

3.

●「夏の入り口、模様の出口」● ★★


夏の入り口、模様の出口画像

2010年07月
新潮社刊
(1200円+税)



2010/08/10



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「週刊新潮」連載コラム「オモロマンティック・ポム!」(2009年05月7・14日号〜10年04月15日号)の単行本化。

小林信彦さんの最新エッセイ集森繁さんの長い影で、10年来の恋人が女性と接触していると遠くにいても「ピッコン!」と判るという本書冒頭エッセイ「ピッコン!」を賛美していたのが、それなら読んでみようと思ったきっかけ。

どのエッセイも短くて、簡潔。回りくどいような語りはまるでなく、「思ったよ」とか「だよね」という口調も軽快で、むしろ快い。
話題の取り方も、ちょっと思いついたことについての独り言、そんな印象。本エッセイ集の魅力は、その辺りにもあるようです。

たまたまですけれど、特に印象に残ったのが「逗留あれこれ」の篇。
今どき温泉宿に缶詰めになって執筆する作家なんていないですよね、という出だしにそりゃそうだよな、と思ったら、何と川上未映子さん、それを実行したのだとか。
ところが長逗留、旅館側に断られてばかりだった、と。旅館側にとって長逗留というのは、食事に変化をつけるのが難しく、それが嫌がられる理由らしい。
ちょうど温泉旅館に2泊し、料理の多彩なメニューに感激したばかりだったので、そうした逆の面もあるかと納得した次第。

                

4.

●「すべて真夜中の恋人たち」● ★★☆


すべて真夜中の恋人たち画像

2011年10月
講談社刊
(1600円+税)

2014年10月
講談社文庫



2011/11/11



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「この物語は何十年先も読み継がれるだろう−。」という帯の宣伝文句。何と大袈裟なと思ったものの、それでも多分、こうした物語は現実に増えていくのだろうなと思います。
主人公の
入江冬子は35歳、一人暮らし、フリーランスの校閲者。
人付き合いが苦手、どうも人とうまく折り合っていく感性に欠けているらしい。そのため仕事には遣り甲斐を感じていたものの、同僚との関係で居心地が悪くなり、会社を退職してフリーになったという女性。
自宅でする仕事の所為か、いつの間にか人の多いところに出かけるのに酒の勢いを借りないとできない、ということに。
そんな冬子が偶々出会って惹かれたのは、
三束さんという中年男性。
冬子はその三束さんと週に1、2度、夜にいつもの喫茶店で落ち合い、弾まない会話を交わすという間柄になります。

都会で孤独に生きる女性が、心惹かれる相手との出会いの中に僅かな光を見出し、それを拠り所として生きていくストーリィ。しかし、そんな関係がいつまでも続く訳はなく・・・・。

僅かな光でも闇の中では拠り所にも救いにもなります。そしてその光が少しずつでも広がっていけば、それは希望ともなり、可能性の象徴ともなります。
夜、静かな恋人たち、そして光。本作品の静謐さに、何とも言えず惹きつけられます。
読み終わってみると、冒頭の宣伝文句が決して誇張ではないように思えてくるから不思議です。

                     

5.

「愛の夢とか」 ★★          谷崎潤一郎賞


愛の夢とか

2013年03月
講談社刊
(1400円+税)



2013/04/28



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川上さん初の短篇集。
短い物語の中に色とりどりの景色が見えて、ついつい陶然としてしまいそうになります。
収録7篇の内、5篇はごく短い短篇、最後の2篇がどちらかというと中篇という構成。

出だしの「アイスクリーム熱」からして上手い。するりと本短篇集が作りだす世界の中に入り込んだ気がします。
統一テーマがあるのかないのか、それははっきりしませんが、無理に共通点を見いだそうとするならば、ようやくつかんだ幸せをするりと取り逃がしてしまった女性たちの姿、そんな風に感じられます。
そうすると、表題作
「愛の夢とか」はその共通項に嵌らなくなってしまうのですが、2人の女性が一時生み出した世界の中に埋没しているかのような心象風景は面白い。
そして各篇ストーリィは次第にその深度を深めていくようです。

面白かったのは「お花畑自身」。思わぬ展開に唸らされるのみ。
そして
「十三月怪談」の結末には唸らされるだけでなく、その着想が魅力いっぱい。愛し合っている夫婦といってもお互いの中で見ている景色には違いがある筈。それをこういう形で描き出したところに拍手喝采です。
どこがどう面白かったかについては、是非本書を読んで、ご自身で味わってみてください。

アイスクリーム熱/愛の夢とか/いちご畑が永遠につづいてゆくのだから/日曜日はどこへ/三月の毛糸/お花畑自身/十三月怪談

               

6.
「ウィステリアと三人の女たち Wisteria and Three Women ★★


ウィステリアと三人の女たち

2018年03月
新潮社

(1400円+税)

2021年05月
新潮文庫

2018/04/23

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置かれた状況やその心持ち等、なんとなく不安定であるような4人の女性を描く作品集。

各篇の主人公たち、どういう女性なのか、もう一つ判然としません。
しかし、それは彼女(主人公)たち自身においても言えることなのではないか。
果たして自分は何者なのか。どこに、どのように存在しているのか。その不確かさを感じる気がします。

なお、本書の4篇とも、登場人物の殆どは女性であり、登場する女性たちの間だけでストーリィは進みます。
そこに本作の特徴、本作独特の雰囲気があります。

余計なことを難しく考える必要はなく、その独特な雰囲気を味わっていればそれでいい、と感じる次第。


彼女と彼女の記憶について/シャンデリア/マリーの愛の証明/ウィステリアと三人の女たち

                  

7.
「夏物語 ★★☆         毎日出版文化賞


夏物語

2019年07月
文芸春秋

(1800円+税)

2021年08月
文春文庫



2019/08/07



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題名の「夏」は四季の“夏”と思っていたのですが、主人公である夏目夏子の“夏”のようです。
すなわち、夏子の物語、というべきなのでしょう。

夏子、母親が早くに離婚し母子家庭育ち、その母親は夏子が13歳の時に死に、その後は9歳年上の姉=
巻子と働きに働いて生きてきて、今は上京して一人暮らし。バイト働きでかつかつの生活。
第一部で夏子は30歳。その夏子の下に、大阪から姉の巻子が小学生の娘=
緑子を連れ2泊の予定でやって来たときのことが描かれます。
第二部は、それから 8〜11年後。小さな出版社の新人文学賞を受賞、短篇集が好評を得て以降、夏子はあちこちに連載を書いたりして生活しています。
その夏子、
AID(精子提供)治療を知り、自分もそれを使って子供を持ちたいと思うようになります。

本ストーリィ、夏子個人のことに留まらず、幅広いところからこの問題を考えているのが特徴です。
夏子はどうして子を欲しいと思うのか。子どもが幸せになれる環境の有無を考えずに子を願うことは親の横暴なのか。精子提供を受けて子を持つことの問題有無。
そして、精子提供を受けて生まれた男女として、
逢沢潤、善百合子が登場します。

その一方、巻子と緑子母子も、夏子の友人となる女性作家の
遊佐リカくら母子も、早くに離婚しているため、子は父親を知らず、またそれに問題も感じていない。
実父を探そうとした逢沢潤との違いは、父親が明らかか不明かだけの違いに過ぎないのに、それは逢沢が世間の観念に影響されたからなのでしょうか。
 
女性が社会に出て働き、経済力を持つようになれば、当然ながら父親という存在の必要性は低下していくものでしょう。
今後こうした問題はどんどん増えていくだろうと思います。
その意味で本作、先駆的な意味を持つ作品と言えるのではないか、と感じます。
本作にて答えを出そうというのではなく、読者と一緒に考えていこうという姿勢が感じられたところに好感。
女性を惹きつけるテーマだと思いますが、男性も考えておくべきテーマであり、お薦め。

第一部 2008年夏
1.あなた、貧乏人?/2.よりよい美しさを求めて/3.おっぱいは誰のもの/4.中華料理店にやってくる人々/5.夜の姉妹のながいおしゃべり/6.世界でいちばん安全な場所/7.すべての慣れ親しんだものたちに
第二部 2016年夏〜2019年夏
8.きみには野心が足りない/9.小さな花を寄せあって/10.つぎの選択肢から正しいものを選べ/11.頭のなかで友だちに会ったから、今日は幸せ/12.楽しいクリスマス/13.複雑な命令/14.勇気をだして/15.生まれること、生まれないこと/16.夏の扉/
17.忘れるよりも

        

8.
「春のこわいもの ★★


春のこわいもの

2022年02月
新潮社

(1600円+税)



2022/03/27



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小説というと一般的に、始まりがあって終わりがあり、そこで完結してしまうもの。
それに対し、本書の冒頭4篇は、人生におけるほんの一時のことを描いています。その一時が過ぎれば、再び人生の時間が動き出すのでしょう。その趣向にすっきりとした気持ち好さを感じてしまう、そんな印象を受ける4篇。好きだなぁ。

「青かける青」は入院中の女性を主人公にした掌編。
病院って、私自身経験する以前は、入院なんてとんでもないと思っていたのですが、意外と居心地が良いのです。その気持ちが共感できます。
「あなたの鼻がもう少し高ければ」:<ギャラ飲み>に応募した女子大生が主人公なのですが、主宰者側から投げかけられた一言「なんでブスのまま来てんの?」が強烈。まぁ、主人公の考えも甘いのですけど。
「花瓶」:「もうすぐ死ぬと思うので、好きなことを言わせてほしい」という老女の本音の言葉、分かりなぁ。それにしてもなぁと愉快になります。
「淋しくなったら電話をかけて」:二人称で語られる、若い女性の街中彷徨譚。しかし、最後に思わぬ動揺が。良いとか悪いとかの常識観を越えて、面白いです。

「ブルー・インク」:親しい女子生徒から貰って手紙を失くしてしまったことに発するストーリィ。一体何があったのか。それを知りたくなり、ちょっとゾクゾクします。

「娘について」:高校時代から友人関係にある2人の女性を描く篇。主人公は母子家庭で、相手は富裕な家庭のお嬢様。
その2人の間に相手の母親が入り込んできたことから友情に歪みが生じます。一番苦労してきた人間がやっぱり最後に追い込まれてしまうといった、本書中で最も読み応えのある篇


「春のこわいもの」という本書題名が、得心できる読み心地。

川上未映子さん、やはり上手いなぁ。

青かける青/あなたの鼻がもう少し高ければ/花瓶/淋しくなったら電話をかけて/ブルー・インク/娘について

               

9.
「黄色い家 Sisters in Yellow ★★☆       読売文学賞


黄色い家

2023年02月
中央公論新社

(1900円+税)



2023/03/16



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少女たちによる、圧倒的な犯罪小説。

伊藤花、自堕落な母親との2人暮らし。早く自立したいと高校の勉強そっちのけでファミレスでのバイトに明け暮れ、自立に必要な金を貯めて来た。しかし、その大切な金を盗まれてしまう。
そんな折、かつて短い間同居し親愛感を抱いていた母親の友人=
黄美子に偶然再会した花は、自分の店(スナック)を開くという彼女についていき、家を出ます。
そして、黄美子と自分の店<れもん>で熱心に働くようになった花は、初めてといえる友人=
加藤蘭、玉森桃子と出会い、居場所がないという2人を誘い、黄美子と4人でひとつ家に暮らすようになります。それが“黄色い家”。

しかし、再び花を不運が襲います。そして花は、自分たちの生活を守ろうとして犯罪に手を染めることになり・・・。

主人公の花、遊ぶことも知らず、ずっと懸命に働き続けて来た少女。それなのに運命や、周囲の大人たちは彼女を裏切り続ける。
それでも困難に負けまいと、あがき続けることを止めない花の姿には、圧倒されずにはいられません。
犯罪が悪いことであることは言うまでもありません。その意味で花たちの行動を是認すること到底できないこと。
それでも、懸命にあがき続け、幸せを手に入れようと奮闘し続けた花の熱い姿には、尊いものを感じます。

いずれにせよ花は、楽して生きようなどとは思っていないのでしょう。懸命に働くこと、そこに生きる意味を感じていたのではないでしょうか。
そんな花の姿が圧巻。見事な少女たちの犯罪小説がここに生まれました。

※なお、本作で描かれる犯罪の手口、リアルで具体的、この部分もとても興味深く、本作の読み処のひとつです。
お薦め。

1.再会/2.金運/3.祝開店/4.予感/5.青春/6.試金石/7.一家団欒/8.着手/9.千客万来/10.境界線/11.前後不覚/12.御破算/13.黄落

    


   

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