山秋子作品のページ No.2



11.ラジ&ピース

12.ばかもの

13.北緯14度

14.絲的サバイバル

15.妻の超然

16.末裔

17.不愉快な本の続編

18.忘れられたワルツ

19.離陸

20.薄情


【作家歴】、イッツ・オンリー・トーク、海の仙人、袋小路の男、逃亡くそたわけ、ニート、沖で待つ、絲的メイソウ、エスケイプ/アブセント、ダーティ・ワーク、豚キムチにジンクスはあるのか

 → 絲山秋子作品のページ No.1


小松とうさちゃん、夢も見ずに眠った、御社のチャラ男、まっとうな人生

 → 絲山秋子作品のページ No.3

 


    

11.

●「ラジ&ピース ★★


ラジ&ピース画像

2008年07月
講談社刊

(1300円+税)

2011年10月
講談社文庫化



2008/08/15



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相馬野枝、32歳。東京育ちだが、東京を離れて仙台のラジオ局FM東北で6年間DJを務めてきた。
もうこの局でやりたいこともない、無性に新しい土地に行きたくなってJOSYU-FMに転職、高崎にやってきたところから始まるストーリィ。
この主人公の野枝、昔から人にブスと言われ、自分でもそう思ってきた。
そのうえ無愛想、人とうまく折り合うことができず、自分でも自分のことが嫌いだ。スタジオにいる時だけホッと息がつける、という。
つまらないだろうなぁ、これじゃあこれからの人生、どん詰まりになっていくだけじゃないか、道の開けようもないじゃないか、と思える女性。
“ラジ&ピース”とは、そんな野枝がJOSYU-FMで担当することになったラジオ番組の名前。

ところが高崎にやって来ると思わぬ出会いが。
飲み屋で知り合った女医だという狩野沢音は勝手に友達付き合いしてくるし、度々のメールにふと連絡をとった“恐妻センター前橋”と名乗るリスナーは、野枝のために群馬県を車であちこち連れ回してくれる。
そんな中、ふと野枝は気づきます。野枝の回りにはその声を聞こうとする多くの人(リスナー)がいることを、そして彼らがまるで友達のように野枝を見守っていることを。
そして、沢音と語っているときに、野枝がふと洩らす笑顔。
これが実にいいんだな〜。
本心から自然とあふれる笑顔の、なんと幸せそうなことか。
野枝のこれからの幸せを祈って思わず拍手したくなる気分です。

どこのどんな場所に、自分が変われる出会いが待っているか分からない。場所が東京でなく何処であろうと、知り合う相手がどんな性格であろうと、あまり気にする必要はないんですねー。
中篇といった方が言いくらいの作品。でも前半のもやもやと、後半のすっきり晴れわたったような気分の対比がお見事。読了後、幸せな余韻にゆっくり浸れる作品です。お薦め。

「うつくすま ふぐすま」は、同姓同名、同じ回文の名前をもった2人の中野香奈が出会うストーリィ。
ごくあっさりとした短篇なのですが、これもまた弾むような楽しさを感じられる作品です。

ラジ&ピース/うつくすま ふぐすま

            

12.

●「ばかもの ★★☆


ばかもの画像

2008年09月
新潮社刊

(1300円+税)

2010年10月
新潮文庫化



2008/10/14



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絲山さんとしては袋小路の男以来となる、久々の恋愛小説。ただし、「袋小路」のような静かな恋とは異なり、心と身体の底からぶつかり合うといった、渾身の恋愛。

冒頭、あけすけなセックスシーンから始まるものですから、一体これからどんな展開になるやらと、呆然としまいがち。
そこをすくい上げるかのようにコミカルな雰囲気を与えているのは、セックスにまつわる2人のやり取りと、男が持ち込んだ餃子という素材。
絲山さんが語るには、このギョーザこそ本作品の出発点だったというのですから、笑ってしまう。
この第1章、短篇として味わっても実に秀逸です。

主人公は、冒頭大学生のヒデと、ヒデがバイト先で知り合った年上の額子という2人。
第2章以降、このヒデが額子にとんでもない捨てられ方をしたと思ったらアルコール中毒となり、とことん身を持ち崩していく。
この辺り、本作品がどんなストーリィなのか、先行き全く見当も付きませんでした。
そのヒデが他人の心配どころではなかった間に、大学の友人ネユキ、そして額子もまた、実は深い闇の中に落ち込んでいた。
そんなヒデと額子が再び出会ったとき、2人の間にどんなやり取りが交わされるのか。

本作品では額子の口からヒデに向かって2回、「ばかもの」という声が投げつけられます。
その「ばかもの」という言葉の使い方が実に効果的。
どん底まで落ちたからこそ、丸裸となって心の底から、本心を表すことができる。本書はそんな恋愛小説であり、その潔さが素晴らしい。

※ストーリィ内容は全く異なりますが、最後に辿り着いた恋愛感情という点で、吉田修一「さよなら渓谷を思い出しました。

       

13.

●「北緯14度 ★★


北緯14度画像

2008年11月
講談社刊

(1700円+税)

2013年04月
講談社文庫化



2008/12/12



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西アフリカ、セネガルへの紀行文、2ヶ月間に亘る滞在記。

何故セネガルなのか? 一つには9歳の時に聴いて衝撃を受けたドゥドゥ・ンジャエ・ローズのライブ、もう一つには18年ぶりにフランス語を使ってみたかった、とのこと。
普通、こうした紀行文という注文があると担当編集者が同行するなりお膳立てをするなりするものらしい。本紀行でもムッシュ・イシザカなる編集者が同行しているのですが、最初から絲山さんの不評を買ってばかり。こんなのも珍しいなぁ〜。
そのムッシュが途中で帰国してからは、滞在記が順調に滑り出した観があるのですから、これまた型破りな、紀行文。

西欧先進国とは違って、アジアなどへの紀行文を読むと気楽さ、居心地良さを感じるところがある(思いだすのは田口ランディ「忘れないよ!ヴェトナム)のですが、アフリカというのは珍しい。
その珍しいアフリカのセネガルに、絲山さん、何と見事にはまっていることか。
旅行者下痢症、ホームシックというアクシデントも何のその、ボディガードのソレイマンに付き添われつつ、セネガル最大の都市ダカールの人々とすっかり友達付き合い。
絲山さんの口調を借りればまさに、すげぇー、の一言です。

絲山さんがお世話になった、現地でコーディネーターをしているトッカリさんより余っ程現地の人の中に溶け込んだ観があるのですから、絲山さんのタフさを思い知った次第。
普通の紀行文と異なる、一口も二口も濃い、セネガル滞在記。

ファティガン(「疲れる」、「骨が折れる」の意)/テランガ(「もてなし」の意)/アプレ!アプレ!(「またね」の意)

 

14.

●「絲的サバイバル 


絲的サバイバル画像

2009年03月
講談社刊
(1400円+税)

2012年11月
講談社文庫化

2009/04/11

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絲的メイソウに続く絲山さんのエッセイ第2弾。
テーマは“一月一回一人キャンプ”です。

自宅のある高崎を中心に、近くへ1月1回、一泊のキャンプをしに出かけた顛末を描いたキャンプ記。
2006年10月から始まり、最後は2008年10月まで。

キャンプに行けば、大いに飲み、大いに食って楽しむというパターン。アウトドア派でなく、お酒も飲まない私としては、どうも波長が合わず。したがって絲山さんの楽しみは、私の楽しみとして伝わってくることなし。

一番印象的だったのは、北緯14度に掲載されていたセネガルでのキャンプを描いた「野獣と椅子焼肉」
それと対照的に奇異だったのは、講談社の敷地を使っての「大都会の小さなオヤジ世界」でしょう。

たったひとりでいたいのだ/窪地窪地、それと薪ったら薪/親愛なるステファニーへ。/キャンプは日常の延長なのだ/氷上デイキャンプ/キュウリと猫と宇宙人/大都会の小さなオヤジ世界/焚き火は蹴って育てろ!/嫁に行くなら六合村へ/野獣と椅子焼肉/道なき道、私だけが転ぶ/無題/自問自答/矢木沢リベンジ〜きのこきのこきのこ・そして愚かな私/日本海ひねもすのたり/庭キャンプとヤンキー観光/カタツムリの内側/純文学風撤収/遥かなる腹の声/キャンプをやめてお家へ帰ろう

  

15.

●「妻の超然 ★★☆


妻の超然画像

2010年09月
新潮社刊

(1400円+税)

2013年03月
新潮文庫化



2010/10/22



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こりゃ面白い! “超然”という切り口が何といっても傑作!
とはいえ、同じ超然という切り口ではあっても、3篇、全く趣向は異なります。
だからこそ、3通りの面白さ。嬉しいですねぇ。

「妻の超然」は、愚かにも浮気が妻にバレていないと思い込んでいる年下の夫。その夫に対し、妻の理津子は超然として知らんぷり。その超然ぶりも愉快なのですが、理津子の心の裏は・・・と勘繰ってみるのもまた面白い。

「下戸の超然」は、家電メーカー勤務、九州出身ながら酒がまるで飲めない青年=広生が主人公。それなのに恋人はお酒が好きらしい。私も今はもう酒が全く飲めない、主人公のお仲間。だから主人公の気持ちも恋人の気持ちも、よく判るんですよねぇ。
酒好きは一緒に飲みたいと言う。でも飲めない人間の方は、好きなだけ飲んでくれていいからこっちのことは放っておいてくれ、という気持ち。好きで超然としている訳ではないのです。

「作家の超然」は前2篇と異なり、第二人称による語り。
主人公は女性作家らしい、一人暮らし、首の腫瘍のため手術。
その主人公を、もっと超然としていろと、誰とも言えない人物が��咤する、という風なのです。

いやはや“超然”と一口に言ってもその心は様々のようです。
痛快、歯切れの良さが、この作品集の魅力。
※ちなみに作者の絲山さん、独身、お酒好きとか。

妻の超然/下戸の超然/作家の超然

        

16.

●「末 裔 ★★


末裔画像

2011年02月
講談社刊

(1600円+税)

2014年04月
新潮文庫化



2011/03/12



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絲山さんとしては分厚い長篇。
主人公は、定年間近の公務員・
富井省三
妻は既に亡くなっていて一人暮らし、息子は結婚して別世帯、娘はいまどうしているのか判らない、という家族状況。
そんな省三がある日自宅に帰ってくると、鍵穴なくなっていて、家から閉め出されてしまいます。仕方なく省三は、泊まる場所を求めて彷徨を始めます。本書はそんな出だしから始まる長篇ストーリィ。

家から閉め出されて初めて省三は、さて自分のこれまでの人生は? 家とは?と考え始めます。
亡き妻のことを考え、伯父の家では亡き伯父たちのことを考える、といった具合。
亡き妻のことでは、結構腹黒いところもあった、と感想をもらすところ、本音はそうしたものだよなと、省三の正直さに面白さを感じます。
一方、久々に出会った娘との会話。自分に結婚のあてもなく、兄夫婦には子供の生まれる様子なく、私がこの一家の本当の最後なのだという娘の言葉に、省三の脳裏に“末裔”という言葉がよぎります。それが本書題名の所以。
そして省三は、自分の先祖が明治の初めに住んでいた佐久を訪ねる旅に出ます。

書評家の豊崎由美さんが本書について「オヤジたちのビルドゥングスロマン」と評していますが、まさにそんな印象です。
現代はとかく個人主義が標榜されますが、その中で逆に小さなルーツ探しのストーリィになっているところが、かえって新鮮。
また、妻が亡くなっても、定年が来ても、自分自身の人生がそこで止まってしまう、固まってしまうということではない、ということを本書は語っていると感じます。
さぁ、もう一度始めようという、新鮮かつ爽やかな読後感が意外や残る一冊。

             

17.

●「不愉快な本の続編 ★★


不愉快な本の続編画像

2011年09月
新潮社刊

(1200円+税)

2015年06月
新潮文庫化


2011/10/24


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短編集ニート収録の「愛なんかいらねー」に登場したスカトロ性愛者の乾ケンジロウを主人公にした、遍歴ストーリィ。

絲山さんが休暇で新潟へ行った折、ふいに乾がここで働いていたと思ったそうです。そこから始まったのが本物語。
言うなれば、「愛なんかいらねー」の乾ケンジロウのその後を、絲山さん自身楽しんで書いた物語といって良いでしょう。

生い立ち、そして同級生の帰郷をきっかけにその新潟へ。そこで乾、何と・・・・。そして3年を新潟で過ごした後、富山へ、さらに自らの故郷である広島の呉へ。
自分について自ら「不愉快な本の続編のようなもの」という乾の遍歴も面白いのですが、それ以上に興味を惹かれたのは、乾が出会った2人の女性。
一人は新潟で出会った
ユミコ、そしてもう一人は大学の同級生だった杉村明日香。自分だけが裏の顔をもっていると思い込んでいた乾が、思いもしなかった2人の顔を知るところは、ちょっと愉快な気がします。

本書の冒頭、カミュ「異邦人」の有名な一文が引用されていますが、乾もまたその種の一人、という気がします。 

生まれる/取り立てる/好きになる/盗む/佇む/入る

               

18.
「忘れられたワルツ Valses oubliees ★★


忘れられたワルツ画像

2013年04月
新潮社刊

(1300円+税)

2018年01月
河出文庫化


2013/05/30


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冒頭「恋愛雑用論」の主人公は、小さな工務店で事務員として働く40代の独身女性。恋愛などというものは雑用づくめで面倒くさいと一刀両断。的を射ている部分もあるだけに可笑しい。
今より先に何の期待も抱かず、今のままが続いてくれればそれで十分といった姿勢は、東日本大震災後に広がった雰囲気を反映しているように感じられます。

東日本震災後を描いた短篇集とは何処にも示されていませんが、「強震モニタ走馬燈」には地震測定値のモニタを見ることが趣味となってしまった女性が登場しますし、表題作「忘れられたワルツ」において姿を見せない主人公の母と姉は震災の被害者であるようで、震災の影響は濃厚です。
「NR」は、会社には戻らない旨書き置いて取引先へ出掛けた営業マン2人を描いた篇ですが、いつも通りに電車に乗った筈なのに気づくと見知らぬ駅、町に着いていたというストーリィ。つまりはパラレルワールドに入り込んでしまった訳で、絲山さんには珍しいファンタジー的な作品ですが、震災後行き先を見失ってしまった人々の心象風景を直截的に描いたものと思います。

だからどうなるというものはなく、時間が止まってしまったような感覚を覚える短篇集ですが、それこそ絲山さんが意図したところなのでしょう。

恋愛雑用論/強震モニタ走馬燈/葬式とオーロラ/ニイタカヤマノボレ/NR/忘れられたワルツ/神と増田喜十郎

      

19.
「離 陸 ★☆


離陸画像

2014年09月
文芸春秋刊

(1750円+税)

2017年04月
文春文庫化



2014/10/03



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矢木沢ダムという現場に勤める主人公の前に突然現れた、仏系の黒人イルベール、主人公がかつて恋人関係にあった女性「女優」を探すのを手伝ってほしい、という。
その女性=
乃緒と主人公は、一時期付き合ったものの、彼女から言い出して別れて以来全く接触はなかった。それなのに何故イルベールは主人公の元を訪れてきたのか。そして乃緒に、どんな秘密があるのか。

いかにもサスペンス小説風の出だしですが、主人公である
佐藤弘は、いくら現場好きとはいえれっきとした国土交通省の上級国家公務員。およそサスペンス小説の主人公には向きません。
そこから何年にも亘り、乃緒という女性の足取りを掴もうとするストーリィと、主人公やイルベール等々の実人生を描くストーリィが足並みをそろえて語られていきます。
その長い年月の間に、主人公は大切な人を次々と失う哀しみに見舞われます。
本書題名の「離陸」とは、そうした意味なのでしょうか。
死んだ人にとって死とは、一切の苦痛や悩みから逃れ、現世から離脱するという意味で“離陸”のようなものかもしれません。
しかし、置き去りにされる側の気持ちはどうなのか。どうその悲しみ、喪失感に向かい合っていけばいいのでしょうか。
“死”という明解な形であれば、否応なく悲しみにもいつか整理をつけざるを得ないものでしょう。それに対し、行方不明という事態はどうなのか。不明瞭で中途半端な状況である故に、関係ある人々を振り回さずにはおかない、のでしょう。

大切な人を失う悲しみを描こうとする上で、何故こんなにも判りにくいストーリィを組み合わせなければいけなかったのか。
正直なところ、読み終えた今は何となく整理がついた気がするものの、読書中はどうこの作品を読み解けばいいのか、全く困惑するばかりでした。参りましたよねぇ。

※絲山さん、デビューした頃すでに「離陸」という作品タイトルと、坂道を登って行く女性の姿が頭にあったそうです。そして雑誌インタビューで伊坂幸太郎さんの「絲山秋子の書く女スパイものが読みたい」という言葉が、作品を書き始めるきっかけになったのだそうです。

       

20.
「薄 情 ★★☆


薄情

2015年12月
新潮社刊

(1500円+税)

2018年07月
河出文庫化



2016/01/12



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主人公の宇田川静生は、何もない群馬の田舎町で、あたかも自分が存在していないかのような思いを抱えながら日々を過ごしている。
神主の伯父から跡継ぎと決められているため定職に就かず、夏の間は嬬恋でキャベツ収穫の季節バイトに従事する等、フリーターのような暮し。
「薄情」という題名は、何についても余り感情を持たず、深く関わろうとはしない、そんな静生の姿勢を端的に表した言葉でしょう。

都会から移住して手作りの家具工房を開いている
鹿谷、都会から田舎の実家に戻ってきた高校の後輩女子=横須賀、バイト先で出会い気が合い恋人関係になった吉田瑞穂・・・自分の生活姿勢に何の影響もない筈だったのに、結果的に彼らによって静生の生き方はひどく揺さぶられることになります。

都会だろうが田舎町だろうが、人がいれば良くも悪くもそこにはドラマが起き、何やかやと関わらざるを得ない、それが普遍的な真実なのでしょう。
静生はそうしたゴタゴタから目を背け逃げようとしていただけ、傍観者であろうとしていただけ、と感じます。
人と深く関わるまいとすれば、結局は一人だけ置き去りにされ、自分の居場所さえ見失ってしまう。

今や人間関係の希薄化傾向が窺える現在、それは自分自身を守るどころか存在感を失うことに繋がりかねないという、現代社会の危うさを描き出した逸品。
さらりと読み始めた筈なのに、読み終えた時には重いものを抱えていた、そんな気分です。お薦め。

  

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