伊吹有喜
(いぶきゆき)作品のページ


1969年三重県生、中央大学法学部法律学科卒。
出版社勤務等を経てフリーライター。2008年「夏の終わりのトラヴィアータ(改題:風待ちのひと)」にて第3回ポプラ社小説大賞特別賞を受賞し作家デビュー。


1.風待ちのひと

2.四十九日のレシピ

3.なでし子物語

4.ミッドナイト・バス

5.カンパニー

6.地の星
-なでし子物語-

7.彼方の友へ

8.天の花
-なでし子物語-

 


               

1.

「風待ちのひと」 ★★☆        ポプラ社小説大賞特別賞


風待ちのひと画像

2010年02月
ポプラ社刊
(1400円+税)

2011年04月
ポプラ文庫化



2011/04/19



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心を病んで会社を休職し、亡き母親が一人で暮らしていた海辺の町=美鷲にやってきた須賀哲司
その町で彼が出会ったのは、ドライバー連中から幸運をもたらす
“ペコちゃん”と呼ばれる女性=福井喜美子
夏になるとこの町に戻ってくる彼女もまた、屈託のないその表情の下に息子を亡くした傷を抱えていた。

岬の高台に立つ母親の家を主な舞台として、海辺の町で2人の過ごす時間が緩やかに語られていきます。
お互いに同い年であると知ってから、まるで小学校の同級生でああるかのように気取らず時間を共有していく、その中でいつしか男は女に癒され、またそんな男の言葉から女も救いを見出していく、というストーリィ。

生きていくうえでの煩わしさを忘れ、岬の先に立つ家でのんびりと時間を過ごす。そこに吹いてくる風はすこぶる気持ち好い。
2人のやりとりが気持ち良いのも、こんな舞台設定があってこそでしょう。
表題は、道を踏み外してしまったと言う哲司に対して喜美子が、ただ「
風待ち中」なだけ、という言葉から。
人生の途中にこうした時期があっても良いかなァ、素敵だな、と思えるストーリィです。

本書ヒロインの喜美子、
四十九日のレシピの乙母(おっか)の原型といえる女性だと感じます。
本書が幸せを再びつかみとるまでの物語であるなら、「四十九日」はその幸せになる方法を子の世代に伝える物語と言えると思います。
「四十九日」に留まらず、本作品も併せて読むことを是非お薦めします。

              

2.

四十九日のレシピ」 ★★☆


四十九日のレシピ画像

2010年02月
ポプラ社刊
(1400円+税)

2011年11月
ポプラ文庫化



2011/03/05



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「乙母(おっか)」と呼んでいた母・乙美が亡くなる。5歳の時に会ってから33年間、ずっと素っ気ない対応をしてきたけれど、乙母が好きだった。その娘の百合子は38歳の今、居場所を失って実家に戻ってきた。
一方、父親の
熱田良平、乙美が死んで以来何もやる気がせず、飲まず食わず、風呂にも入らず状態。
そこへいきなり飛び込んできたのは、褐色の肌に黄色い髪、目の周りは銀色という、
井本幸恵(イモ)19歳。
福祉施設で乙美にいろいろと教わったその娘は、49日までダーリン(良平)と百合っちの面倒を見るよう、乙美から前金をもらって頼まれていたのだという。
そこから始まる、家族再構築のストーリィ。

図書館の予約順番の多さに見送っていたのですが、TVドラマを見て再び読みたくなり、読むに至った一冊。
4回放送の3回分を観終ったところで本書を読みだしたので、すんなりストーリィの中に入り込めました。しかも、登場人物がTV出演者の姿をもって浮かび上がってくるので、かなり楽しい。

亡き妻がいなくてはどうにもならない父親の下に、ひとり娘が突然離婚するといって戻ってきますが、父親としてはどうしたらいいか判らない。そんな熱田家に、見ず知らずの他人であるイモや、イモが引っ張ってきた日系ブラジル人の
ヒロミまで入り込んできて、というユーモラスな家族ストーリィのように読めますが、そんな簡単なストーリィではないことが、最後には判ります。
49日は大勢で明るく楽しい大宴会でもやって欲しいという乙美の願いをかなえようと4人が思いついたことが、乙美の年史づくり。
乙美とはどんな女性だったのか、それを思い出そうとする内、きちんと生きていくためには何が必要か、という乙美の思いが皆の中に伝わっていくストーリィ。
亡くなってもうここにはいないのに、皆の作り出す乙母の存在感に圧倒されます。
新鮮で、目を見張るような驚きに心洗われる、感動尽きない家族ストーリィ。お薦めです。

                 

3.

「なでし子物語」 ★★☆


なでし子物語画像

2012年11月
ポプラ社刊
(1600円+税)



2012/12/15



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母親に邪魔扱いされながらも何とかこれまでを過ごして来た小学4年の耀子は、ふいと母親に置き捨てられ、亡父の故郷である静岡県天竜川の奥深き場所にある撫子の地=峰生の祖父の元に連れてこられます。しかし祖父とは打ち解けることができず、この地でも同級生たちから汚い、ドジと蔑まれ、耀子が苛められ続けるのは横浜にいた時と何ら変わりありません。
一方、祖父が仕える
遠藤本家には、早くに夫を亡くしもう終わったかのように日々を過ごす未亡人=照子と、遠藤本家当主であり照子の舅=龍巳が若い女性に産ませた庶子=小学1年の立海がいた。
大人の勝手な思惑に振り回され孤独な思いを抱いた少年少女が出会い、さらに照子がその2人の中に入り込んだところから、3人にとって新たな人生への扉が開かれる、という新生&再生ストーリィ。
 
登場する各人のキャラクターが良いのですが、ことに主役である立海と耀子の2人が光ります。そして立海以上に、本書の主人公である耀子のキャラクターが抜群。
どんな過酷な目にあってもじっとしゃがみ込み目を閉ざしていれば、いつか過ぎ去っていく。そんな思いでいつも過ごして来た耀子という少女の魂の、何と痛々しく、そして愛しいことでしょうか。
3人の魂が触れ合う中で3人は各々、いつしか癒され、また新たな出発の切符を手にすることができるに至ります。
道は自分で切り開いていかないといけない、それは自分の気持ちの持ち方次第。耀子が手に入れた2つの言葉を胸に、新たに人生へ立ち向かっていくエンディングは、爽やかな感動で胸いっぱいになります。

     

4.

「ミッドナイト・バス」 ★★


ミッドナイト・バス画像

2014年01月
文芸春秋刊
(1800円+税)

2016年08月
文春文庫化



2014/02/13



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長距離夜行バスの運転手を主人公に、ばらばらになっていた家族が再び集まるという中で、家族とは?を問い直す長編小説。

主人公は
高宮利一、40代後半。若い頃は東京で働いていたものの、思う処あって家族と共に郷里の新潟県美越市に戻ってバスの運転手となり、今は新潟-東京間を往復する長距離夜行バス担当の運転手。
妻は16年も前に姑との折り合いが悪くなって離婚、今は息子、娘とも別に暮しており、利一自身も東京に一回りも若い恋人=
志穂がいるという状況。
その利一の元に息子の
怜司が会社を辞めたと突然帰ってきたと思えば、娘の彩菜はいつの間にか友人と立ち上げたウェブ活動が忙しくなり、結婚との間で心揺れている。さらに、同郷の別れた妻=美雪が実父の入院で世話をしに定期的に郷里へ戻ってくるようになり、偶然にも利一が運転するバスに乗車して2人は16年ぶりに再会します。
それらのことが重なり、志穂との間もお互いの思いが複雑に絡み合い、思うようにならない、というのが前半の展開。

長距離列車、駅というと、旅、そして遠く隔たるというイメージですが、同じ長距離ではあってもバスとなると何故か距離感が小さく感じられます。本書の登場人物たちは夜行バスを利用してしきりに東京と新潟の間を往復します。
本作品では、そうした水平移動の他に、時間軸移動が重要な要素となっています。
大人になった子供とすんなり行かないのは当然でしょうけれど、お互いに憎み合って別れたのではない元夫婦の再会となると、お互いの思いはかなり複雑です。
どんな家族ドラマが展開するのか。昔の家族、今の家族、そしてこれから築かれる家族・・・。
そんなことから、本書については新しい家族小説を読んでいる気分です。そこが本書の読み処。さて、この家族バスは新たな未来に向かって走り出すことができるのでしょうか。

率直に言って主人公の行動には理解できないことも度々ですが、その分どう展開していくのか全く予想がつかないという側面をもたらしており、一気読みでした。

                

5.

「カンパニー Company ★★☆


カンパニー

2017年05月
新潮社刊

(1700円+税)



2017/06/11



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一言で語ってしまうと、大手会社社員のリストラ&再挑戦ストーリィ。
ただし、よくあるような再生物語を超え、最後には登場人物らの挑戦意欲が弾け散るような、そんな躍動感に満たされているところが本作の魅力。

製菓会社で総務課長の職にある
青柳誠一、47歳。突然、リストラ指名されただけでなく、会社が支援している敷島バレエ団への出向、を命じられます。社長令嬢がプリンシパルを務めているそのバレエ団は、海外で活躍している日本人プリンシパル=高野遥を招き、大々的に「白鳥の湖」公演を行う計画中。その公演を成功させることが青柳に課された社命。
ただでさえショックを受けているところに、帰宅してみれば、妻と娘がいつの間にか家を出て行き、家の中は空っぽという、究極の危機状況。
もうひとりは、会社が支援してきた女子陸上選手のトレーナーを務めてきた
瀬川由衣。担当してきた女子選手が突然妊娠、引退を発表し、存在価値を失います。その結果命じられたのが、高野遥のサポート役。

いきなりリストラ指名されたばかりか、それまで全く縁のなかったバレエ興業に加わり成功させろと命じられるなど、相当にキツイこと。しかし、他に道がないとなれば、そこは会社員、命じられた仕事に必死でしがみ付くしかありません。
しかし、年齢的に限界が見えてきている高野に、身体の不調が判明し・・・・。

題名の
「カンパニー」とは、会社のことですが、“仲間”という意味でもあります。しかし、本ストーリィに学校のクラブ活動のような“仲間”は存在しません。誰もがプロ、しかも一流、そのトップを目指してしのぎを削る中、その過程で生まれる仲間意識だからこそ“カンパニー”という言葉に値するのでしょう。

リストラ候補2人の他、公演の目玉とされた高野遥、主役の王子役に抜擢された若手ダンサー、才能はあるのに本番ではいつも実力を発揮できないバレリーナ等々、皆がもがきながら奮闘している姿はまさに迫真、圧倒される読み応えがあります。
優しさだけでは通じない世界、そんな世界を書き尽くした点で、これまでの伊吹有喜作品から一歩抜け出した観があります。

「リストラ」は、サラリーマンにとって怖ろしくてならない言葉ですが、そんな人たちを勇気づけ、次への一歩を励ましてくれるストーリィ。お薦めです!


プロローグ/六月/七月/八月/九月/十月/十一月/十二月/エピローグ

                     

6.
「地の星-なでし子物語- ★★


地の星

2017年09月
ポプラ社刊

(1600円+税)



2018/04/04



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“なでし子物語”の第2巻(1998年~)。

本ストーリィは前作
なでし子物語から18年後。
燿子は18歳で遠藤龍治と結婚し、娘の瀬里は 9歳。喘息があったことから燿子は瀬里と共に峰生に戻り、東京に残った龍治とは別居状況。遠藤家の没落が明らかな常夏荘で姑の照子、家政婦の鶴子と4人で暮らしていますが、今では燿子が“おあんさん”と呼ばれる立場になっています。
結局大学に進まず、未だ世間を知らぬまま。ただ守られる存在であってはいけないと、離婚して峰生に戻って来た元常夏荘の料理人だった
前川千恵と共に峰前のスーパーでパート勤めを始めたところ。
そのスーパーに、有名大学を卒業し東京で働いているという下屋敷の
遠藤由香里が新店長として着任。それ以来、急に燿子の周囲は慌ただしくなっていき・・・・。
一方、龍治による常夏荘売却の話も具体的に進んでいきます。

前作が“自立と自律”という言葉を学ぶまでのストーリィとすれば、本作は燿子が急転直下、“自立と自律”の実践を迫られるストーリィと言って良いでしょう。

前半こそ、前作の人物像をそのまま引き継いだかのように、世間知らずで心許ない姿をさらす燿子。ところが後半、青井先生にかつて教えられた、「どうして」ではなく「どうしたら」を考えるようになってから、実態もまさに“おあんさん”らしくなっていく燿子の姿が描かれていきます。

典型的な、気持ちの好いサクセス・ストーリィといった展開ですが、常夏荘に対するノスタルジー、男性たちと女性たちの姿が対照的に描かれていて、快く心を打ちます。
さらなる始まりに向けての出発という結末に、読後感は爽快。

      

7.

「彼方の友へ Dear Friends ★★☆


彼方の友へ

2017年11月
実業之日本社

(1700円+税)



2017/12/11



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かつて一世を風靡した、実業之日本社刊行による少女雑誌「少女の友」(1908~1955年)。
その存在に心を動かされた伊吹さんが、その「少女の友」を題材に描いた、実業之日本社創業 120周年記念作品とのこと。

今は90歳を過ぎ、入所している老人施設で日中からうつらうつらしている
佐倉波津子の脳裏に去来するのは、憧れだった「乙女の友」編集部で働いていた若かりし頃のこと。
大卒社員ばかりの中、小学校しか出ていない波津子が故あって有賀主筆の手伝いとして働き出したところから、本ストーリィは始まります。

戦時色が強まっていく時代の中、主筆である
有賀憲一郎の抒情詩と長谷川純司の叙情画で乙女たちの人気を集めていたのが、雑誌「乙女の友」。
見も知らぬ世界で翻弄されながらも、波津子は有賀主筆の薫陶を受けて少しずつ成長していきます。
夢を持つことの大切さ、その思いを「友」に伝えていこうとする熱意。戦時中なのにと敵視される中にあって、その思いは脈々と引き継がれていきます。
「友へ、最上のものを」というのが有賀主筆の信条。その有賀がやがて去った後は、波津子がそれを引き継ぎ、次代の友へ伝えていこうとします。
そんな主要人物たちの思いが、熱く伝わってくるストーリィ。また、主人公の波津子をはじめとして、有賀主筆、長谷川純司、
佐藤史絵里等々、思いを同じくする人々の鼓動が活き活きと感じられるところも本作の魅力。
そして最後のエピローグでは、圧巻とも言うべき、心洗われる感動が待ち受けています。

たとえ戦時下であったにしろ、紛れもなくそこに実在したひとつの時代を生き生きと描き、現代に蘇らせた佳作。
伊吹さんの力作といって過言ではありません。是非お薦め。


プロローグ/1.昭和十二年/2.昭和十五年/3.昭和十五年 晩秋/4.昭和十八年/5.昭和二十年/エピローグ

                      

8.
「天の花-なでし子物語- ★☆


天の花

2018年02月
ポプラ社刊

(1500円+税)



2018/04/05



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“なでし子物語”の第3巻ですが、何故か時代設定は1巻と3巻のちょうど中間の1988年、高校3年の間宮燿子が主人公です。
なお、2巻目と3巻目の題名は、「花は地の星、星は天の花」という詩から。

なでし子物語地の星ではストーリィ上の変化が大き過ぎて、それぞれ単独では楽しめるものの、何故そこに至ったのかが極めて疑問でした。
その意味で本巻は、その両巻ストーリィを繋ぐストーリィ。

何故、燿子は余りに早く18歳という若さで
遠藤龍治と結婚するに至ったのか、「地の星」の最後で立海が語っている、燿子との約束とは何だったのか、それらが明らかにされます。

本ストーリィは、燿子が
照子鶴子に黙って常夏荘を出ていき、横浜にいる母親の元に一人で向かおうとするところから始まります。
これからの燿子がどう、そして何処で生きていくかを決める、岐路となる巻。

あくまで繫ぎのストーリィという印象が強く、その間の経緯が判ったことに納得感は得られたものの、1巻・2巻とは違ってそれ単独のストーリィとしては物足りなさを覚えます。

ともかくも、3巻を満喫できたことは、満足です。

  


   

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