朝比奈秋
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1981年京都府生、現役の医師。2021年「塩の道」にて第7回林芙美子文学賞を受賞。受賞作を収録した「私の盲瑞」にて作家デビュー。2023年「植物少女」にて第36回三島由紀夫賞、同年「あなたの燃える左手で」にて第51回泉鏡花文学賞および第45回野間文芸新人賞を受賞。


1.植物少女 

2.あなたの燃える左手で 

  


       

1.

「植物少女 ★★☆       三島由紀夫賞


植物少女

2023年01月
朝日新聞出版

(1600円+税)


2023/01/25


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主人公の美桜(みお)が産まれた時、母の深雪は脳出血を起こして大脳が殆ど壊死し、以来植物状態となった・・・。

そんな紹介文を読み、暗いあるいは不条理の漂うストーリィかなと思い、読むかどうか迷ったのですが、実際に読んでみるとこれが意外に面白い。

植物状態にあるといっても、反射的な動作はするし、飲食もするといった具合。
美桜の幼児時代、小学五年生、高校生、結婚して出産時、と26年にわたり、母娘関係が描かれていきます。

奇妙、特殊といえばそのとおりなのですが、美桜にとってはそれが当たり前、小学生の頃は毎日学校帰りに病院に通い、何でも打ち明けられるし、その温もりを感じられる相手。
そして自分だけではないと思えるのは、同じ病室に他にも同様の患者がおり、その中には自分と同年代の
あっ君もいて、その母親であるみぃさんとも親しくした経緯があるからでしょう。

非現実的なフィクションではあるでしょうけれど、美桜と物言わぬ深雪という母娘には、確かな母娘関係があったと感じます。
温もりに包まれたような読後感が、何とも快い。

           

2.

「あなたの燃える左手で ★★       泉鏡花文学賞・野間文芸新人賞


あなたの燃える左手で

2023年06月
河出書房新社

(1600円+税)



2023/10/25



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主人公は日本人男性のアサト
ハンガリーの病院に看護師として勤務していた処、左腕の痛みを骨肉腫と診断され、即切断手術。
その後、幻肢痛が悪化するばかりとなったため、それへの対策ということもあって、見知らぬ外国人男性の左腕の移植(接合)手術を受けます。
後はリハビリで新しい左手に抑え込んでコントロールしていけばいい、と執刀医の
ゾルタンは簡単に言いますが・・・。

いやあ、凄い着想だなァと驚きました。
しかし本作、医療ストーリィではありません。
背景にある国際情勢として、ロシアによるクリミア半島占領、ウクライナへの軍事侵攻が描かれ、アサトの妻であるウクライナ人女性の
ハンナは、悲劇的な死を遂げます。

ハンガリー人医師の
「免疫とは、他者に対する寛容性」であるという言葉が、本ストーリィを貫きます。
アサトが新しい左手と相容れないのは、日本人としての自我が、外国人を拒否するためなのか。
クリミア半島は、元々ロシア系住民が多く住んでいた地域。だからといって、ロシアに占領されそこから追い出されてみれば、悔しいという思いを禁じ得ないと、ハンナは口にします。

外国人の腕を接合されたことによって、自分の身体をそれに奪われてしまうのではないかという恐怖、拒否感。
それはウクライナを例にとっての国土、民族の問題に通じる、ということでしょう。

何とも凄い小説が現れたものだと感嘆するしかない思いです。
まずは、物は試し、と読んでみられたら如何でしょうか。

※本作は左腕の接合ですが、首を他者の身体と接合するという小説があります。
ベリャーエフ「ドウエル教授の首という作品。もっともこれは、怪奇小説の類ですが。

       


  

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