青山七恵作品のページ No.1


1983年埼玉県生。筑波大学図書館情報専門学群卒。2005年在学中に書いた「窓の灯」にて第42回文藝賞、2007年「ひとり日和」にて 第136回芥川賞、2009年「かけら」にて第35回川端康成賞を最年少で受賞。


1.
ひとり日和

2.やさしいため息

3.かけら

4.魔法使いクラブ

5.お別れの音

6.わたしの彼氏

7.あかりの湖畔

8.花嫁

9.すみれ

10.快楽


風、ハッチとマーロウ、踊る星座、私の家、はぐれんぼう、前の家族 

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1.

●「ひとり日和」● ★★       芥川賞


ひとり日和画像

2007年02月
河出書房新社
(1200円+税)



2007/03/26



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大学に行かず、かといって就職もせずといった主人公と、一人暮らしのおばあさんとの同居生活を描いた作品。

主人公の知寿が、遠縁にあたるおばあさん=吟子さんの家に同居することになったのは、高校教師をしている母親が交換留学制度で中国に行くことになったため。その間東京で暮らしたいという娘の願いを入れて、吟子さんの家への下宿を母親が決めたというもの。
とくに何かが起きるという訳でもなく、のどかにたゆたうような雰囲気のストーリィです。

親戚にあたるからといって吟子さんは保護者ぶる訳でなく、知寿も一緒に暮らす相手が年寄りだからといって特に遠慮する訳でもなく、たまたま一緒に住んでいるだけのくっつき過ぎず、でも離れ過ぎず、といったような関係。
年配の吟子さんはともかくとして、知寿の方は特に何かやりたいことがあるわけでなく、漫然とフリーター生活を送っています。男性との付き合いもありますが、きちんとした付き合いととは思えず、なんとなくくっついているという風。
それでなんとなく済んでいるのですから、この主人公を見ているとなんとなくのんびりして、すっかり寛いでしまう気がするのです。
しかし、ずっとそのままでいい筈がない。それでも、一時のことならこんな時期があっても良いかもしれない、と思います。言わば、知寿にとっては思い定めて社会に出て行くまでの準備期間とでも言うべき時間なのでしょう。
親だとやたら口煩いということになるのでしょうけれど、おばあさん、それも近親者でないということになれば、同居する相手としては気楽なものかもしれません。
主人公の知寿にしても吟子さんにしても、どっちもどっちという人柄で、お互いに気さくな関係を築けているところが楽しそう。

そんなに急いで生きなくても良いのに、と思うことが時々あります。それならどんな風にしていたら良いのか?と問われたときの答えが、本書の中にあるように思います。

  

2.

●「やさしいため息」● ★☆


やさしいため息画像

2008年05月
河出書房新社

(1200円+税)

2011年04月
河出文庫化



2008/06/28



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友だちもなく、恋人は3ヶ月前に出て行ってしまい、毎日起伏の無い生活を繰返しているOL5年目のまどか
そのまどかの前に、姿をくらまして以来久しぶりの弟・風太が現れ、しばらくアパートの同居させてくれという。

風来坊のような風太の、まどかの毎日を観察日記につけるという行為によって、ただ漫然と日々を過ごしているだけの彼女の生活ぶりが明らかになっていきます。
必要以上に同僚と関わらない、あれこれ考えるのは面倒だと思うと、いつの間にか仲間に入れなくなっていて、どうしようかと思うと余計難しく思えてくる。
そんな傾向、現在ではよくあることではないのか。
とくに考えずに行動していればどうということもないことが、変に考えてしまうことによって、自分を束縛してしまう。
いっそ、風太の友人であり、いつも不機嫌そうな顔をしている緑君のように、そう自覚して割り切っていられたら、その方が楽なのかもしれない。でも、なかなかそうは行かないですよねぇ〜。

本作品はそんなOL・まどかの生活が、風太の同居によって少し風向きが変わる、変わることになるかもしれない、といったストーリィ。
こうしたどちらへ行くか、迷うような状態にいる主人公像は、青山七恵作品の共通テーマなのかもしれません。
あっさりと柔らかな雰囲気の中で、現代社会で若い人たちが直面しているのかもしれない問題を描いた、と思われる作品。
味わいはひとり日和から共通するものです。

「松かさ拾い」も「やさしいため息」と共通する雰囲気がありますが、ストーリィとしてはもうひとつ判りづらい。

やさしいため息/松かさ拾い

   

3.

●「かけら」● ★★☆       川端康成文学賞


かけら画像

2009年09月
新潮社刊
(1200円+税)

2012年07月
新潮文庫化



2009/10/21



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川端康成文学賞を受賞した「かけら」は、家族5人で参加する計画だった“さくらんぼ狩りバスツァー”に、父親と2人だけで参加することになった桐子を主人公として、年頃の娘とその父親の微妙な関係を絶妙に描き出した中篇。

年頃の娘からすると、父親と2人きりでバスツアー参加なんて、普通は嫌がるシチュエーションでしょう。
そのバスツァーで、普段見ている父親像とは別の姿を桐子が見い出すところが興味尽きません。
父が一人前の男として人の役に立っているのを見るのは、突然人間の言葉を話し出した犬猫を見ているようだという桐子の感想や、「いいよ。お父さんは実際、いないようなものだ」という父親の言葉が絶品。当分、忘れられそうにありません。
そんなセリフを一例として、年頃の娘とその父親の微妙な関係を映し出す筆遣いが、実に上手い。
娘が年頃になると父親を嫌悪し出すと言われていますが、実際どうなのでしょう? 我が娘にこれといってそんな風はなく、私はひとまず安心して良いのでしょうか。
娘である桐子の側に共感する方、多いだろうと思いますが、私は自分がそうですから、父親の側に肩入れします。
「いないようなものだ」という言葉、そうだよなぁと共感できるのです。家族内における自分の位置を達観しているとも、悟っているとも言えるし、人生そのものに対する達観とも言えるのですが、かえって煩わしくなく気楽でいいかなと。
娘の側に立った読者だったら、どう思われるでしょうか。

「欅の部屋」は、結婚による引越を目前に控えて、結婚相手の前に付き合っていた元恋人のことがしきりに思いだされる、という会社員を描いた中篇。
彼の微妙な心理を描いてこれもまたお見事。ことに別れた後もなお同じマンションの別の部屋にお互い住み続けてきたという設定が、ツボにはまります。
結婚の直前に去来する気持ち。過去の別れとは別の、決定的な別れとなるからこそ、そんな思いが湧き上がるのではないでしょうか。そんな心理、ごく自然なことのように思われます。

「山猫」は、新婚の杏子のマンションに、東京の大学を見学するため西表島から上京してきた従妹=栞が泊まるという、数日を描いた中篇。
夫婦の間にふと他人が混じるという状況の中、お互いの良い面、信頼できる面、ちょっとどうかと思う面が浮かび上がるという趣向。どうということもない数日が語られるだけなのですが、杏子と栞の間の微妙な心理を巧みに描いて、こちらもお見事。
その栞を、無表情、無愛想な女の子に人物像設定したところが光ります。

3篇とも、微妙な関係を各々絶妙に描いて実に上手い。是非お薦めしたい一冊です。

かけら/欅の部屋/山猫

  

4.

●「魔法使いクラブ」● ★★


魔法使いクラブ画像

2009年11月
幻冬舎刊
(1500円+税)

2012年04月
幻冬舎文庫化



2009/12/17



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これまで中篇という作品が多かったのですが、青山七恵さんとしては初めてと言っていい、かなりの長篇。

小学生時代を描いた第一章、主人公である少女=結仁は、幼馴染の史人と3人で“魔法使いクラブ”を結成します。
小学生、魔法、魔法使い、というと児童小説的なイメージが浮かびますが、確かに少女たちを描いているとはいうものの、ストーリィ内容はかなりシビア。
第二章の中学生時代、第三章の高校生時代へと進んでいくと、主人公の姿に痛ましさを禁じ得なくなり、胸が苦しくなる程。とくに第三章は、壊滅的と言うのが相応しい状況です。

いったい青山さんは本作品で何を書こうとしたのか。“魔法使いクラブ”というモチーフに捉われ、ストーリィの行き先を見失った気分です。
何となく意味がつかめたのは、読み終えが後、何度も思い返してから。そこに至って初めて、第一章で結仁が「魔女になりたい」という願いを何故抱いたのか、そのことが本ストーリィを解く大きな鍵になっていることに気付きました。

普通、子供の頃に抱くのはいろいろな夢でしょう。それが何故“魔法”だったのか。
夢は夢で終わってしまうもの。でも魔法は? 魔法が有り得ないものとわかったとき、そこには喪失感あるいは失望しか残りません。
ストーリィの最後で結仁は、ついに自分の力を試される段階を迎えます。自分一人、世の中をどう生きていくのか。
その試練を一人で乗り越えるだけの力を付けたとき、それはもう“魔女”の力を手に入れた、ということかもしれません。

読み終わった後に思い返す程、その重みを強く感じる、いささかの甘みもないシビアな、少女の成長小説。

  

5.

●「お別れの音」● ★★


お別れの音画像

2010年09月
文芸春秋刊
(1238円+税)

2013年09月
文春文庫化

2010/10/21

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日常の中に潜む様々な別れの時を描いた短篇集。

別れと言えば別れ。そう思わなければ、ただそれだけのこととして終わってしまうこと。要は、受け留める側の人の気持ち次第、と言うべきなのでしょう。

殆ど何もしゃべらずに過ごしてきた先輩女性社員の退職、靴の修理を頼んだ相手の靴修理人、学食でよく見かける女子学生、間違いメールか?と思う相手、等々。

何故それらが「別れ」かといえば、それだけの想いがいつの間にか主人公側に生まれているからに他なりません。

ごく普通の日常生活から、ふとした一瞬を切り取る、というところに巧さがある青山さんらしい、短篇集と言えるでしょう。
本書に収録されているのは6篇だけ。
日常生活のあちこちに様々な別れが潜んでいると思うと、平凡な日々に様々な色合いが生じて来る気がします。

新しいビルディング/お上手/うちの娘/ニカウさんの近況/役立たず/ファビアンの家の思い出

         

6.

●「わたしの彼氏」● ★★


わたしの彼氏画像

2011年03月
講談社刊
(1600円+税)

2015年02月
講談社文庫化



2011/04/03



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青山さんとしては初めてと言って良いのではないでしょうか、本格的長篇・恋愛小説。
ただ、一風変わっています。美男で人に優しい大学生の
鮎太朗、何故か突然別れを告げられたり、突然年上の恋人に刺されたり、散々貢がされた女子高校生から突然ポイされたり、と。
一方、そんな鮎太朗が好きで好きで、諦めて他の学生と恋人付合いしたものの、それでもやっぱり鮎太朗のことが忘れられないでいる女子学生の
テンテン

山越え谷越え、時々は海に近づくという、線路のように延々と終わらない問題だらけの恋愛ばかり続ける鮎太朗。
そしてそんな鮎太朗に対し、いつまで経っても平行線という、これもやはり線路のような恋愛感情を持ち続けるテンテンという、2人を2軸にしたそれぞれの恋愛模様を描いたストーリィ。

鍵は鮎太朗の、青年としての人格にあるのですが、どうも幼少の頃から3人の姉たちに、好きなようにいたぶられ、もて遊ばれてきたトラウマにありそうです。
そしてそれは、大学生になっても余り変わりない様子。

じれったくもあり、アホらしくもなり、それでもどこかユーモラスで、不思議と温かさの伝わってくる恋愛作品。
恋愛とは、理不尽、不条理なのだから仕方ないのだ、と受け入れるべきなのでしょうか。
どうとも分類できない、新しくも風変わりな雰囲気が、本作品の面白さ、魅力と言ったら良いでしょうか。 

                 

7.

●「あかりの湖畔」● ★★


あかりの湖畔画像

2011年11月
中央公論新社
(1600円+税)

2014年11月
中公文庫化



2012/01/03



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主人公の灯子(とうこ)は26歳、山の上の湖畔にある食堂を父親から引き継いで営んでいる。夏のシーズン中だけは賑わうが、それ以外の季節は閑散としているのが実情。
三姉妹の長女でもあるその灯子、ことさらに変化のないことを拒否するかのように願い、また自分を今の状況に縛りつけているという風。何故か。そこには彼女が家族に対して抱えている秘密があるらしい。
三姉妹の母親は、今から15年前に何も言わずに家を出ていったきり。その事情に灯子が何らか関わり、彼女は自分が母親を家から追い出し、また家族を壊したという自責の念をずっと抱いているらしい、と判ります。
本書は
灯子、悠、花映という三姉妹を中心に、家族、彼女らの周辺にいる人々との繋がりを描いた長篇作品です。

本書の主人公である灯子が、全てに亘って消極的、変化を拒むという風で、そのうえ何かとはっきりせず、そのくせ頑迷という印象。
ですから読んでいてじれったくも、面白くないとも感じ出します。
その印象が一転して変わるのは、終盤、ストーリィが急転回し、ちょっとスリリングな様相を見せる為です。
そこに至って初めて、この長篇ストーリィをしっかり読まされていたことに気づきます。そう気づいて故に知る満足感、中々の味わいです。

ごく普通の長篇小説と感じられるのですが、どこかに青山さんらしさが隠れている筈。青山七恵さんが新たな一歩を踏み出した、と感じられる作品です。ファンにはお薦め。

                 

8.

●「花 嫁」● ★☆


花嫁画像

2012年02月
幻冬舎刊
(1400円+税)

2015年04月
幻冬舎文庫化



2012/03/11



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和菓子屋を営む仲の好い4人家族、その一人一人を各篇の主人公としながら、家族が離散していく行程を描いた連作風長篇小説。

「離散」という言葉を使いましたが、それは“家族”というものが永遠ではなく時間が経てば変わっていくもの、そして最後にはこれまでの家族がバラバラになりその代わりに新しい家族が生まれていくという、いわば当然のことを意味しています。
しかし、巣立っていない子供としてみれば、家族は永遠に続くものと信じていても何ら不思議はないことでしょう。
本書冒頭の篇
「大福御殿」は、21歳の大学生である娘=若宮麻紀が主人公。兄が婚約したと知り、家族に異分子が入り込んできて家族に変調が起きるのではないかと恐慌にかられます。
その麻紀、兄のベッドにもぐりこんで一緒に眠ることもあるという。この辺りちょっと危ういものを感じさせる設定です。
それから、兄の
和俊、父親の宏治郎、母親のさおりと各篇の主人公を代えつつ語られる中で、実は一家には秘密があったこと、そして和俊の結婚を機に大きな転機を迎えることが描かれていきます。
 
冒頭妖しいものを感じさせるところから始まった本ストーリィ、後半では予想もしなかった衝撃的な展開へと変わっていきますが、俯瞰してみればそう驚くことではないのかもしれません。
親子はいつまで経っても親子ですが、子が成長すれば離れていくのは当然のこと。そして夫婦は、別れてしまえば元の他人関係に戻るだけ。
それが“家族”というものの正確な姿。
本書は、そんな当たり前でありながら普段見過ごされている事実を、改めて直視してみせた作品でしょう。
あかりの湖畔の姉妹編と言ってよい作品ではないかと思います。
 
大福御殿/愛が生まれた日/お父さんの星/旧花嫁

              

9.

●「すみれ」● ★★


すみれ画像

2012年06月
文芸春秋刊
(1200円+税)

2015年03月
文春文庫化

2012/06/27

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1996年秋〜97年冬にかけ、レミちゃん榎木家に居候した。
レミちゃん=37歳の元文学少女と、密かに小説家を志望している15歳の
藍子(主人公)が共に過ごした切ない1年間を描いた物語。
 
藍子の両親が学生時代からの友人であるレミちゃんを我が家に迎え入れたのには、事情があるらしい。
そのレミちゃん、やせ細って不安そう。37歳という年齢にもかかわらず、その心の有り様はまるで藍子と同年代の少女のよう。
友人らが気遣うレミちゃんの事情は、終盤になって漸く藍子に打ち明けられますが、現実は善意だけでは済まないもの。
両親にとってはレミちゃん以上に一人娘である藍子を含めた家族が大事であり、受験生で志望校にD判定を受けている藍子にとって受験はやはり大事。そしてまた、レミちゃん自身にも問題はある。

人に手を差し伸べること、それがどんなに難しいことであるか切々と語った長篇小説。
しかし、誰かを直接救うことができなくても、そういう気持ちを持ち続けていればたとえ微力であろうと人は何かを誰かのためにすることができるかもしれません。
そう信じることができる限り、希望はある、そう告げられているように感じます。

                       

10.

「快 楽」 ★★☆


快楽画像

2013年05月
講談社刊
(1500円+税)

2015年04月
講談社文庫化


2013/06/22


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二組の夫婦がヴェニスに旅するストーリィ。
実業家であるらしい
榊慎司と耀子、その榊が常連客となっている喫茶店を営む小谷徳史と芙祐子
榊夫婦が後からヴェニスに着いて小谷夫婦と合流する、その冒頭から不穏な空気に満ちています。
そもそもそれ程親しい仲でもなく、境遇や性格も異なる二組の夫婦が一緒に外国旅行をするなどと・・・。

一緒に定番の様な観光地巡りを始める二組の夫婦ですが、次第に各自の胸の内が明らかにされていきます。
実はこの旅行、慎司がある目論見をもって小谷夫婦を誘った、と判ります。その目論見自体が極めて不穏当なもの。
4人の中で唯一平凡な存在だったと思われる芙祐子が後半、突如失踪してしまうという小さな事件が起こったことをきっかけに、トライアングルのようだった他の3人のバランスが崩れ、3人それぞれが魔窟に落ち込んでしまったような展開へ・・・。

本書題名となっている“快楽”とは一体何を示しているのでしょうか。快楽を得ようとしてもそれは本来人の手に余るもの。逆に自分の内を揺すぶられ、足元を崩すことにもなりかねない、そんな気分に襲われます。
それ故に最後、4人の姿には不気味さえ感じます。

決して読んで楽しい作品ではありません。でも本書に満ちている不穏さは読み手を惹きつける力ともなっています。
青山七恵さんがこうした作品を書いたことに驚く思いです。

           

青山七恵作品のページ No.2

  


   

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