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●「タイガーズ・ワイフ」● ★★★ |
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2012年08月
2012/09/14
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意味不明な題名のうえに裏表紙の書評等を見ると難しそうな雰囲気、そして 400頁と大部、読み上げるのに苦労するかもと読み始める前に思ったのですが、あにはからんや。結構すらすら、楽しんで読むことが出来ました。 というのも、まず文章が平易にして物語共々繊細だからでしょう。20代半ばと若いながら、米国で期待の大きいセルビア系女性作家の初長篇作品だそうです。 主人公は、度々戦争が繰り返されている地域で同僚と医療ボランティアに励もうとする女医のナタリア。その彼女に、やはり医者であった祖父が見知らぬ土地で死んだという知らせが届きます。 その祖父から聞いた2つの話をナタリアは思い出します。ひとつは<不死身の男>、もうひとつは<トラの嫁>の物語。 祖父が若き医者だった頃、その祖母の元に預けられていた子供の頃、そしてナタリアが子供の頃と、語られる話の年代と場所は自在に前後します。さらに言えば、人が主役になるだけでなく、爆撃を受けて破壊された動物園から逃げ出した虎さえも時として主役になります。つまり人と動物の垣根さえ自由に飛び越えるのですが、決して不愉快に感じませんし、混乱することもない。その辺りが極めてスムーズなのです。それもまた本作品の繊細さ故でしょう。 不死身の男は、不死身であるだけでなく相手が明日迎える死のことまで判るのだという。人は何時死んでしまうか判らない。また一方、周囲の人間から分け隔てされることがあっても、聾唖の少女とトラのように束の間心を通わせることがあれば未だ幸せかもしれない、幾度も戦争が繰り返されたバルカン半島という地域が背後にあるからこそ、2つの物語、その内に含まれる2つの事実が鮮明に浮かび上がってきます。 題名の「タイガーズ・ワイフ」とは、今更言うまでもなく不幸な運命に置かれたうえに村人たちから<トラの嫁>と呼ばれて警戒された聾唖の少女のこと。そう長くはないエピソードなのですが、少年だった祖父の思い出を交え圧巻です。 20代半ばで繊細にして堂々とした風格、この完成度の高さは、驚異的なデビュー長篇と言われても文句なし。 |