マーガレット・アトウッド作品のページ


Margaret Atwood  1939年カナダのオタワ生、作家・詩人。トロント大学、ハーバード大学大学院にて英文学を学んだ後、カナダ各地の大学で教鞭を執る。66年デビュー作の詩集「The Circle Game 」にてカナダ総督文学賞を受賞。69年初の長編小説「食べられる女」を発表。85年「侍女の物語」にてアーサー・C・クラーク賞および二度目のカナダ総督文学賞、96年「またの名をグレイス」にてギラー賞、2000年「昏き目の暗殺者」にてブッカー賞およびハメット賞、19年「The Testaments」にて2度目のブッカー賞を受賞。また、16年に詩人としてストルガ詩の夕べ金冠賞を受賞。

1.侍女の物語

2.誓願

3.獄中シェイクスピア劇団 

4.老いぼれを燃やせ 

 


                           

1.
「侍女の物語」 ★★★    アーサー・C・クラーク賞、カナダ総督文学賞
  原題:"The Handmaid's Tale"
 
           訳:斎藤英治


侍女の物語

1985年発表

1990年03月
新潮社

2001年10月
ハヤカワ
epi文庫

(1000円+税)



2020/12/15



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35年も前に刊行され、カナダ総督文学賞等を受賞した、ディストピア小説。
そのリアルさゆえに、不気味さ、恐ろしさを禁じ得ず、傑作であることに間違いありません。

舞台となる
ギレアデ共和国は、近未来のアメリカに白人らキリスト教原理主義勢力によって誕生した宗教独裁国家。
そこではまず、女性の権利が奪われます。仕事と財産を奪われ、夫婦であればすべて夫名義に変更されてしまう。
再婚あるいは未婚での性的関係はすべて「姦通」と宣告されて女性たちは拘束され、その子供たちは押収されて上流階級の夫婦に養子とされてしまう。
そして白人種の出生率低下を防ぐため、健康な女性は子供を産むための道具として白人エリート層の元へ
<侍女>として派遣される、という次第。

主人公は、その侍女の一人で「オブフレッド」と呼ばれる女性。
本ストーリィは彼女が遺した手記、という設定です。
なお、「オブフレッド」は本名ではなく、「オブ」はof、「フレッドのもの」という、まるで所有物のような呼称です。

35年も前という時代を考えると、これは近未来への警告というより、女性差別への抗議を込めたストーリィ、と感じます。
しかし、その後、イスラム系テロ組織ボコ・ハラムによる大勢の女生徒拉致事件、米国トランプの白人至上主義的な言動が実際に起きていることを思うと、決して想像ごとでは済まない、現実的に一歩間違えばどうなるか分からない、という恐さを覚えます。

結局、迫害や弾圧は、論理的に相手が正しいからこそ、暴力で抑え込もうと引き起こされるものではないか、そう思います。

獄中シェイクスピア劇団を読んだこと、新たに続編誓願が刊行されたのを機に、読んだ次第。
権利を剥奪され、道具扱いされる身となった女性たちの悲しみが深く胸に伝わってきて忘れ難い、35年を過ぎてもまるで色褪せていない傑作です。
 お薦め。

※ストーリィ中、
「地下女性鉄道」という言葉に注意を惹かれました。地下鉄道をもじっての想定。

1.夜/2.買い物/3.夜/4.待合室/5.うたたね/6.一家/7.夜/8.出産の日/9.夜/10.魂の巻物/11.夜/12.悪女たちの店/13.夜/14.救済の儀/15.夜/歴史的背景に関する注釈

                         

2.
「誓 願」 ★★★       
  原題:"The Testaments"
 
           訳:鴻巣友季子


誓願

2019年発表

2020年10月
早川書房

(2900円+税)

2023年09月
ハヤカワepi文庫



20220/12/18



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侍女の物語から35年を経て書かれた続編。
舞台となる時代は、「侍女」の15年後、という設定です。

「侍女」は、<侍女>オブフレッド呼ばれた女性の苦難と忍耐、宗教独裁国家<
ギレアデ共和国>の過酷と閉塞感を描いた物語でしたが、本作は同国への反撃と再生のストーリィと言えます。
その主役となるのは3人の女性です。
・1人目は、女性隔離社会で指導・教育を担う<小母>の頂点に立つ
リディア小母
・2人目は、オブフレッドの娘(本人は知らず)で、司令官の家で娘として育てられた
アグネス
・3人目は、オブフレッドが侍女時代に身籠って産んだ2人目の女児
ニコール。本人はそうと知らず、古着屋の娘デイジーとして育つ。
ストーリィは、リディア小母が記した
「アルドゥア・ホール手稿」、アグネスとニコールという異父姉妹の「証人の記述369A・Bの書き起こし」から構成されます。

・リディア小母は腐敗したギレアデ社会の倒壊、およびジャド司令官への復讐を目的に長い年月に亘り、証拠を集めてきた。
・ニコールは父母と信じていた2人を爆弾で殺された後、
<メーデー>組織に保護され、任務を与えられてギレアデに潜入する。
・アグネスは、継母ポーラが決めたジャド司令官との結婚から逃げる為、友人の
ベッカに続いて小母になる道を選びとり、<誓願者>=小母見習いとなります。
その3人がアルドゥア・ホールに揃った時、何が始まるのか。

「侍女の物語」から続けて読んだからでしょうか、とにかく面白い。
何と言っても「誓願」は、反撃の物語なのですから。
反撃を担う主役たちが皆、女性というところが、いかにも反ギレアデに相応しい。

しかし、ギレアデ共和国出現の恐ろしさ、35年経った今でも変わらないどころか、むしろ増しているのではないか、と思います。
米国の分断、トランプ原理主義、虚言による煽動、と。
ギレアデ共和国を出現させないためには、虚言に踊らされず正しい目で判断すること、そのためには歴史を学び、自ら考察することの教育が大切であることを改めて感じさせられます。

「侍女の物語」と合わせ、是非お薦め! 読み応えたっぷり。

※最後に登場する、「ぜんぶフェイクニュースだ」という反論には、思わず笑ってしまいました。


1.石像/2.大切な花/3讃美歌/4.ザ・クローズ・ハウンド/5.ヴァン/6.六つで死んで/7.スタジアム/8.カーナーヴァン/9.感謝房/10.萌黄色/11.粗布の服/12.カービッツ/13.植木ばさみ/14.アルドゥア・ホール/15.狐と猫/16.真珠女子/17.完璧な歯/18.閲覧室/19.書斎/20.血統図/21.鼓動は速く、強く/22.心臓止め/23.壁/24.<ネリー・J・バンクス>号/25.目覚め/26.上陸/27.送別/第十三回シンポジウム

               

3.
「獄中シェイクスピア劇団」 ★★☆
  原題:"HAG-SEED"
 
               訳:鴻巣友季子
  −語りなおしシェイクスピア1:テンペスト−


獄中シェイクスピア劇団

2016年発表

2020年09月
集英社

(2700円+税)



2020/10/31



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シェイクスピアの「語り直し」をコンセプトとした“Hogarth Shakespeare Series”の日本語版第一弾。
このシリーズは、英語圏の作家たちがそれぞれ選んだ作品を自由に再解釈し翻案するもの、とのこと。
本作の題材は
「テンペスト」

マカシュウェグ・フェスティバル劇場で長年にわたり芸術監督を務めていた
フェリックス・フィリップスは、「テンペスト」上演の直前、部下トニーの裏切りにより突然に職を奪われ、劇場から追い出されます。
妻は結婚後僅か1年で死去、
愛娘ミランダも三歳の時に病気で亡くしていたフェリックスは失意の末、廃屋のような小屋を借りて移り住みます。
追放されて9年後、フェリックスがようやく手に入れた仕事は、
フレッチャー矯正所(刑務所)における文学を通じた更生プログラムの講師。デュークという偽名で応募し、服役中の囚人たちにシェイクスピア劇を指導することになります。結果的にこれが好評価を得て順調。
そして12年後、後任の芸術監督を経て今や民俗遺産大臣に収まっているトニーら裏切り者3人が舞台を視察に来ると聞いたフェリックス、演目を「テンペスト」に決め、復讐を計画します。

裏切りに対する復讐というフェリックスの物語が、そのまま「テンペスト」と重なり合っているところが妙味。
また、その「テンペスト」を上演するにあたり、役者となる囚人たちをフェリックスが巧みにリードしようとする辺りも十分に面白い。現代ミュージカル風ということで、ラップが導入される場面はまさに秀逸です。
そして上演を間近にして、衣装や小道具を整えるためフェリックスが一人でいろいろな店を巡り、それぞれの店員にごまかしの答えをしながら準備する場面は、まるで学芸会の準備を手伝う親御さんたちのようで楽しい。
なお、ミランダ役としてフェリックスが招いた女優かつ振付師である
アン=マリー・グリーンランドの存在感も見逃せません。

シェイクスピア「テンペスト」との関わり様が本作の魅力であって、正直なところフェリックスの復讐模様の部分は余り大したものではありません。
そして、シェイクスピア・ファンとして何より興奮する位楽しいのは、上演&復讐劇後に行われた、演じた囚人たちによる
「各メインキャラクターはその後どうなるか」という課題発表。
これがもう面白くって堪えられません。

シェイクスピア原作の魅力あっての面白さであり、その原作の魅力を今に、現代復讐劇に活かしているからこその魅力です。
シェイクスピア・ファンには、是非お薦め!


プロローグ.上映会/1.暗き過去の淵/2.勇ましい王国/3.このわれらが役者たち/4.荒ぶる魔術/5.闇から生まれた此奴/エピローグ.わたしを自由にしてください

               

4.
「老いぼれを燃やせ」 ★★☆
  原題:"Stone mattress"
 
           訳:鴻巣友季子


老いぼれを燃やせ

2014年発表

2024年09月
早川書房

(2800円+税)



2024/10/23



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アトウッド作品の読書としては、初めての短篇集。
副題は「
Nice Wicked Tales 九つのいじわるな物語」

9篇中の7篇は、老人が主人公。
これまで長く生きてきたからこその開き直りというか、毒っ気があって楽しめます。
そう、聖人君子などそう居るわけがない。欠点もあればクセもある、それでも生き抜いてきた強さが、各主人公たちに感じられて面白い。
 
ストーリー自体も、辛辣!と感じる部分が多々あり。
綺麗ごとだけのストーリーではなく、毒っ気が多分にあるストーリーだからこそ、この作品集は面白い。お薦めです。

・「アルフィンランド」
:三部作 No.1。ファンタジー小説がヒットしたコンスタンスが仕組んだ復讐とは?
「蘇えりし者」 :三部作 No.2。これもまた復讐の成功?
「ダークレディ」:三部作 No.3。パロディらしい。
 
「変わり種」:吸血鬼譚? つい主人公に肩入れ。
「フリーズドライ花婿」:その場面に仰天。フェチ男と不審な女。書かれていないストーリー後を想像すると、ゾクゾクッ。
「わたしは真っ赤な牙をむくズィーニアの夢を見た」:はっきり書かれなかった怪我の詳細は? 想像して爆笑。
 ※1993年発表「寝盗る女」の後日談、らしい。

「死者の手はあなたを愛す」:現実のサスペンスと、作中小説のホラーが同時進行。これは面白い! 絶賛です。
「岩のマットレス」:自分を傷つけた男と偶然再会したからには復讐を。完全犯罪はどうやって? その成否は?
「老いぼれを燃やせ」:若者たちが老人排除運動を繰り広げ、老人ホームを封鎖。かなりリアルに感じる近未来譚。

アルフィンランド/蘇えりし者/ダークレディ/変わり種/フリーズドライ花婿/わたしは真っ赤な牙をむくズィーニアの夢を見た/死者の手はあなたを愛す/岩のマットレス/老いぼれを燃やせ

 


    

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