ダニエル・アラルコン作品のページ


Daniel Alarcon  1977年ペルーの首都リマ生、3歳で渡米。コロンビア大学で文化人類学、アイオワ大学で創作を学び、英語とスペイン語で執筆。「ニューヨーカー」「ハーパーズ」等に寄稿する一方、「グランタ」「ア・パブリック・スペース」およびペルーの文芸誌「エティケタ・ネグラ」等で編集にも携わる。2005年の初短篇集「War by Candlelight」がPEN/Hemingway賞の最終候補、2007年「ロスト・シティ・レディオ」がPEN/USA賞を受賞するとともに「ワシントン・ポスト」「サンフランシスコ・クロニクル」が選ぶ年間優秀作品にも挙げられている。カリフォルニア大学バークレー校客員教授。オークランド在住。


1.
ロスト・シティ・レディオ

2.
夜、僕らは輪になって歩く

 


                

1.

「ロスト・シティ・レディオ」 ★★☆
 
原題:"Lost City Radio"     訳:藤井光


ロスト・シティ・レディオ

2007年発表

2012年01月
新潮社刊

(2100円+税)

  

2012/02/23

  

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長く内戦状態が続いた中南米にある架空の国が舞台。
唯一残った国営ラジオ放送局で人々の支持を受けているのは、行方不明になった多くの人々へ呼びかけを行う
「ロスト・シティ・レディオ」という番組。
そんな番組が人気を集めているということ自体、その国が尋常な状況にはないことがすぐ感じられます。
番組を担当しその美声て国民的人気を得ている女性パーソナリティ=
ノーマを、ある日11歳の少年=ビクトルが訪ねてきます。
彼は「
1797村」というジャングルにある村から、村人たちに託された行方不明者のリストを託されていた。そのリストの中に、ノーマは10年もの間行方知れずとなっている夫=レイの名前を見い出します。
本書はそこから始まる、サスペンスチックなストーリィ。

夫の消息を知りたいと願うノーマ、その鍵となるビクトルという現在の物語と並行して、レイという謎を抱えた人物の経緯、またノーマを初めとしてレイに関わった人々の過去の物語が語られていきます。
時間設定、その時の中心人物は自在に切り替えられ、まるで入り乱れるかのようにしてストーリィは進められていきます。そのためどう物語が進んでいくのか困惑するばかり、というのはあながち誇張ではありません。
しかし、最後にそれが一つの物語として収束するとき、内戦下に生きてきた人々のもの哀しさ、救われようのない喪失感、先に希望を見い出せない深い悲しみが立体的に浮かび上がってきます。
自分たちの現に住んでいる村が固有の名前を失い、番号でしか呼ばれなくなったこと自体、その象徴と言えるでしょう。
愛する人や子供たちの消息が全く知れないこと、そして愛する人に寄り添うことができなかった悲しみはどんなに深いことか。内戦が終わっても、人々が心の底に刻み込んだ傷痕は決して癒えるものではないことがリアルに感じられます。

内戦状態にある国の悲惨さは国際ニュースでも度々報道されることですが、それらの国で生きる人々の心の内までは中々ニュースでは判りません。
本書は、ニュースでは伝えられないそれら人々の悲しみを私たちへ訴えかけてくる、国際政治の側面をもった秀作だと思います。

            

2.
「夜、僕らは輪になって歩く」 ★★☆
 
原題:"At Night We Walk in Circles"     訳:藤井光


夜、僕らは輪になって歩く

2016年01月
新潮社刊
(2200円+税)

 


2016/02/24

 


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第1作が、内戦状態が続く中南米にある架空の国を舞台にしていたのに対し、本書は内戦状態が終わった後の架空の国を舞台にしているらしい。
長く獄中にあった劇作家
ヘンリー・ヌニュスは、十数年ぶりに伝説に演劇集団ディシエンブレを再結成。
応募して劇団に加わった若い舞台俳優が
ネルソン。元からの演劇仲間であるパタラルガをくわえた3人は、公演旅行へと出発します。
やがてヘンリーの獄中仲間だった
ロヘリオの故郷であるT町に辿り着いた3人。そこでネルソンは、善意から小さな嘘をついてしまいます。それがその後のネルソンの運命を狂わせることになるとは・・・。

3人だけの劇団というロード・ノヴェル、一旦別れた恋人と拠りを戻したいと願うラブ・ストーリィ、姿を見失ってしまった息子に対する母親の愛情、そして家族の物語。
様々なストーリィ要素がこの一冊の中に繰り広げられます。といってもドラマチックさはなく、むしろ地味に書き綴られるという印象です。
本書は、正体不明の「僕」が、本ストーリィの主要な登場人物たちに当時の状況や事実について語ってもらうという形で進められていきます。
「僕」とは一体誰なのか、何故関係者に当時のことを聞いて回っているのかは、終盤に至るまで一切謎のまま。でもその謎があるからこそ本ストーリィに深く引き込まれていく、と言って過言ではありません。

善良な人々の気持ちがすれ違ってしまう処は、とても切ないものがあります。善良な者が虐げられ、力を持つ者は自分本位に振る舞いながらそれが許されてしまう世界。
ただ地道に生きようとしているだけの素朴な人々が抱える切ない気持ちが、どの頁からも滲み出て、読み手の胸の中に沁み込んでくるような気がします。
明かりの落ちた夜に仲間と手を取り合って少しでも前に進もう、といった意味を思わせる本書題名は、本書の内容をそのまま象徴しているかのようです。

有り余る情感が胸に宿り、忘れ難い秀作。お薦めです。

  



新潮クレスト・ブックス

      

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