○番外編 江戸懐石にふれる〜八百善懐石料理研究会・体験教室〜

2004年11月某日、八百善懐石料理教室に参加させて頂いた。その前の月に八百善当代の栗山善四郎氏の話を伺う機会があり、江戸懐石に興味を抱いたからだ。栗山氏曰く、“関西の懐石が見た目重視なのに対して、江戸懐石は美味しいことを第一にする”という。果たしてどう違うのだろう、残念ながら手元には江戸懐石を知る資料が無く、実際に体験したいと思った次第。

教室の場所は住宅街の一角にある、2階建てアパートの1階の一部屋と意外な所。ポストに書かれた“料理教室”の文字が無ければ、それと分からないだろう。

当教室は会員が1ヶ月の開催日の中から1回を選ぶスタイルのため、その日その日で参加人数に増減がある模様。当日は16名程で狭い室内はギュウギュウ詰め、体験参加の自分は恐縮して隅っこへ。でも“黒一点”だからなんとなく目立つ。

さて、今回実習するのは、向(むこう)、椀、焼き物、強肴(しいざかな)、飯の5品。

流れはまず、栗山先生から料理の簡単な説明があり、その後実習に入る。途中の作業を生徒が分担して行う。出来上がったものを銘々に盛り付けて試食。この時、助手の方お手製のお菓子(この日は芋きんとん)を頂いた。その後分量を確認しつつ講評となる。

○向:ひらまさ 香り酢

(栗山先生の解説)ひらまさは、しまあじ、かんぱちに次ぐ魚だが、身持ちが良いので扱いやすい。懐石では向は必ずそぎ切りにして、平造りにはしない。出汁で割らない加減酢は先生自身の好み。加減酢には柑橘の絞り汁を入れても良い。その場合は1種類より複数混ぜた方が美味しい、例えばすだちにゆず。

(作り方)そぎ身は重ね盛りにし加減酢を掛け、柚をすったものを散らす。加減酢は酢1/2カップ、塩小さじ1/2、砂糖大さじ1と1/2〜2さじ、醤油(以下すべて濃口醤油)小さじ1/2を合わせる。

(私の感想)一般的な(この場合関西流と言うべきか)懐石の加減酢とはおもむきが違うが、分量からイメージする程酸っぱかったり甘くはない。ただ時間が経つと魚の表面が酢で白くなってくる。個人的には出汁で割って、もう少し醤油の風味を効かせた方が好きかな。

○椀:鶏と水菜の羮(あつもの)

(栗山先生の解説)羮は椀物の原型。詳細な記録はないが、調味料が乏しい時代ゆえ、食材を入れ味が出るまで良く煮込んでから供したのではないか。薬味に使う大根おろしはそのままで良いが、調理に使う場合はは洗って絞る。下ろし金は職人の世界では回して使うと水が出る、たてに使うと水が出ない、と言うが大差ないと思う。今回は吸い口を使っていないが、使うなら粉山椒あたりが合う。

(作り方)鶏もも肉もも半分を親指大に切り、調味した出汁で炊く。出汁7〜8カップに対し酒1カップ、塩小さじ1、醤油大さじ2。30分程炊いた後、水菜1束をざく切りにして入れる。アク引きしながら更に10〜15分程(出汁が5カップ程に煮詰まる程度)炊く。湯通し、水洗いしてぬめりを半分程取ったなめこ1袋、洗い絞った大根おろし1カップを入れる。

(私の感想)美味しい。出汁の引き方を知りたかったが、この日は説明が無く残念。鶏肉がもう少し入っても良いかなとも思うが、控えめなところが懐石らしい味わいか。

○焼き物:かます筒切り 木賊(とくさ)酢・ほたて胡麻照り焼き

(栗山先生の解説)中骨を抜いて供するところがかますを使うミソ。あらかじめ塩をしておかないと骨は抜けない。家庭での振り塩は“ごう塩”と言い、プロの“うす塩”はその1/3程の分量。この場合家庭なら2,3時間、プロは一晩置く。骨は頭の方に向かって抜く。焼き網にアルミホイルを敷いて焼く時は、アルミホイルに適当に穴を開けて余分な脂、汁が落ちるようにしておく。木賊酢は春なら春山とも称する。

ほたての胡麻照り焼きは八寸にも良い。照りつゆは関東の老舗鰻屋が使っているものと同じ。

(作り方)かますは頭、尾を切り落とし、半分に切る。内臓を取り、塩をする。遠火の強火で焼き、焼き上がりにひれを取り、中骨を抜く。酢1/2カップ、塩小さじ1/2〜2/3、砂糖1と1/2〜2さじを合わせ、洗い絞った大根おろし、すった青のりを混ぜ、魚に盛る。

ほたての貝柱は“へそ”を切り取って(食感の問題)、横半分に切り、テフロン加工のフライパンで素焼きする。黒胡麻はから煎りし、脂がにじみ出始めるくらいまでよく摺る。摺り胡麻に、醤油とみりんを5:5.5で合わせ7,8分煮詰めた照りつゆを混ぜる。ほたてに胡麻つゆをからめて、乾かす感覚で1分程焼く。

(私の感想)どちらも美味しい。木賊酢を合わせた大根おろしは応用が利きそう。照りつゆはさっぱりした甘さで調子が良い。

○強肴:冬瓜(とうがん) 磯辺あん水辛子

(栗山先生の解説)色紙冬瓜は皮を包丁でそいで使うが、結構下ゆでに時間がかかるもの。皮目を厚めにむけばゆで時間は短くてすむ。

(作り方)冬瓜は皮を厚めにむいて、塩湯で15〜20分下ゆでし、洗う。出汁3カップに塩小さじ2/3、醤油大さじ1〜2、みりん大さじ2〜3で10分程炊いてさます。出汁、醤油、みりんを6:1:1(好みで砂糖を入れても良い)で温め、焼き海苔半枚を出汁でふやかし絞ったものを入れ、水溶片栗粉でとろみをつける。冬瓜に汁をかけ、水溶き辛子をかける。

(私の感想)海苔の風味、辛子のアクセントが効いて美味しい。冬瓜の扱いは勉強になった。

○飯:炊きおこわ

(栗山先生の解説)料理屋ではささげのゆで汁を捨てて代わりに食紅で色を出す。

(作り方)ささげは一晩水に浸け、塩を入れて30分程炊いてさましておく。もち米4に対しうるち米1の分量で洗米、30〜40分浸水し、20分水切り。ささげをゆで汁ごと加え、炊飯器の“おこわライン”を目安に水を入れて炊く。黒ごま、塩を振る。

(私の感想)この日は参加者が多く全員分を炊くには炊飯器が小さかった。若干芯が残った部分があったが、まあ美味しかった。

 

 

栗山氏は、懐石とは茶人の家庭料理というとらえ方で、この教室で教えていることも基本的に家庭料理である。その意味では江戸善で出している料理屋の江戸料理とは違うのかもしれないが、江戸懐石というものを多少はかいま見られたと思う。

醤油は想像していた程効かせていなかったし、懐石料理に砂糖を普通に使うのは初めてだった(風呂吹き大根の田楽味噌では使ったことがある)。全般に味付けは控えめで美味しく食べられたが、それはただ味が薄いということとは別で、素材のもち味も調味の加減も味わえた。そこが“見た目より味”というところだろうか。

江戸懐石は徳川家との関係から、みそ汁は八丁味噌仕立との事で、その作り方を知りたかったが、今回は無く残念。

栗山氏のおおらかで朗らかな人柄が、会が盛況である所以だろうか。マスコミの受けが良いのも実感。今回は色々と良い経験になった。

 

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