○三十路からの日本経済学入門
その1 不動産屋への道(1)
98年より新たな会社に勤め始めたことは別に記した。本社にて3週間の研修を受け、その後営業店舗へと配属された。実務にあたって1週間、その間に感じたことを述べたい。
まずはいかに今まで経済の仕組みについて疎かったかということを思い知らされた。テレビニュースのダイジェスト程度の知識しか持たず、またあえて知りたいという欲求もなかった。研修期間中、同業他社から流入した同期採用の連中は、休憩時間に日経あたりを読んでいる。そういう風景は、今まで自分の周辺では見られないものだった。確かに、製造業の現業に携わる者はそれ特有の厳しい労働条件下に置かれ、なおかつ品質や納期などに対する高い管理能力を問われる。しかし、それは既に受注されたものを作りさえすれば良かったわけで、工事現場や工場、研究所の外の世界には多少無頓着でもいられたのだ。しかし、営業という職種を選んだ以上無関心ではいられない。為替や株価、金利の変動、政府与党の法案や政策の発表に常に気を配り、景気の動向を察しなければ効率良い営業活動が出来ないのだ。
とは言ってもやはり金融や株の話を嬉々として話す気にはなれない。株価の高低だけでその企業のすべてを評価出来るとは到底思えないのだ。経営悪化で何時つぶれてもおかしくないと言われる企業の社員だって、真面目に働いているし、品質だって悪いわけじゃない。そういう部門で働いてきたから、そういう部分を忘れたくはない。
さて、今回初めて法務局なる所へ出向いた。不動産登記簿に関する調査の為だ。何カ所か行って、新旧の差はあったものの、そのシステム自体が前近代的なのには面食らった。狭い閲覧室で押し合いしながら、お金(印紙)を払って登記簿や公図を閲覧する。返す時も係員が確認をするわけではないので、管理が行き届いているとは思えない。だいたいそこに居る人々が独特の雰囲気を持っている。
謄本をとるとコンピュータで出力する所もある。なら、いっそ閲覧もコンピュータ上でさせて欲しい。検索だって早くて確実。法務局に出向く必要さえない。インターネットを使えば会社や自宅で出来る。そういう風にみれば役所の仕事や書類を扱う仕事には今や大いに効率化、省力化を図る余地がある。しかし、現実にはなかなかそうはならないだろう。特に役所は。システムが全体に行き渡らないと移行出来ないだろうし、人減らしにつながる事には抵抗が大きいだろう。
前にも述べたが、どんなに技術革新があっても人口が減らないことには根本的な省力化は進まないだろう。働き口がなくなっては、社会の効率化はただ失業者を増やすことになる。現代社会は経済の面からみれば現在の労働者があぶれない程度に複雑でかつ無駄もなければいけないのだ。
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