○陶芸〜藤竜也 作陶展〜

○弟が結婚する事となった。懐の寂しい甲斐性なしの兄貴としては満足な祝儀も渡せないので、代わりに所有の茶碗を贈ろうと思い立った。で、藤さんの黄瀬戸茶碗を送った。黄色は金色に通じ、めでたいからお祝いの品としては良いだろうと考えた由である。銘も”旭”とした。本来なら、箱に直にしたためるところだがいまいち筆に自信がないので、和紙に書き同封した。

○茶碗に合った大きさの桐箱を用意し、手紙と共に送って数日後。休日で家に居た時、電話が鳴った。電話の主は藤竜也さん本人。箱書が出来たので早速送り返してくださるという。実は、手紙の中で、是非窯出しを見学させて欲しいと厚かましくも願い出ていたのだが、本業の俳優業の方が忙しくしばらく陶芸の方は休むとの事。次回の展覧会のめども立っていないという。

 その翌日、箱書が送られてきた。味わいのある筆で書かれた箱書は茶碗と共に私の宝物の1つとなった。箱書と一緒に画賛(色紙)をいただいた。

 ”遊びせんとて遊びきれぬ  凡・凡・凡”

 人生を楽しもう、そんなメッセージを受けて、この日のお茶の味はまた格別であった。

 

 

 

左:志野筒茶碗  右:黄瀬戸平茶碗(銘”旭”)

 

○俳優の藤竜也さんは知る人ぞ知るアマチュア陶芸家で、”陶磁郎”といった陶芸専門の雑誌にも作陶の模様が連載されている。かなり研究熱心な方で、ただ有名人が土をこねくり回しているというような安易なものではない。その作品は毎年、年始めにチャリティを目的とした展示即売会が開かれている。

 98年の展示会は1月の2日〜6日という日程。所は横浜そごう。正月に帰省し、帰京したのが5日。前年は初日に完売、と雑誌にあったのであきらめつつも足を運ぶ。

 志野、黄瀬戸、灰釉、粉引のものがメインで織部、焼締めが数点、全部で200点ほどだろうか。ぐい飲みや湯飲みといった手頃なものはさすがに売約済の札が張られているものが多かったが、まだまだ良いものが残っていた。値段は手頃、とは言っても作家ものの陶磁器の値段を知っていればの話で、そういうものに見慣れていない、買い慣れていない人々には高く思われただろう。かなり人は入っていたが、品物に触れるのもおそるおそるという人が多かった。

 ※ちなみに”作家もの”は、人間国宝クラスになれば通常数百万、中には千万台になるものもある。人間国宝以外でも魯山人や唐九郎といった人気の陶芸家の作品となればやはり数千万するものがザラにある。(魯山人で、数十万の皿なんかが売られているが、あれは元々組みになっていたものがバラで売られているのが多くやはり数が揃っていないと価値がなく買う気になれない。)こういう値段を高いと思うか安いと思うか、それは個人の価値観。バブリーな頃、日本が世界中から買い漁った”名画”は数十億したわけだし、芸術作品としてはそれらに並ぶのだから。数百万から数千万出して自動車を買ってもせいぜい10年で乗りつぶすことを考えれば、大事に使えば後生に残る陶磁器はむしろ安いのではなかろうか。折しも地球温暖化が叫ばれている。車を捨て食器に贅沢をする、それもまた豊かな生活と言えるのではないだろうか。

 さて、結局志野と黄瀬戸の茶碗を買う。志野の方は小振りだが、いわゆる筒形のもので、名品”卯の花ガキ”を彷彿させるプロポーション、釉のかかりも自分の好み。黄瀬戸の方は逆にやや大きめだが、口作りの歪み加減や肌合いが気に入った。係りの人に声をかけ、包んでもらっている間に、箱書きは頼めないか、尋ねた。箱を用意していないので(箱があれば可能との意)、との返事。そこへ、会場にいた藤竜也さん本人がいらっしゃった。

(藤さん)”この志野、さっきも話していたんですけどどうして出ないのかって。”(売れたのが本当にうれしそうだった)

(私)”いや、ほんとに良いですよね。で、箱書きはお願い出来ないでしょうか。”

(藤さん)”箱がないしあまりそういうことはしたことないので。ただどうしてもということであれば何とかします。”

(私)”逆に私の方で箱を用意すればお願い出来ますか。”

(藤さん)”字も下手ですがそれでもよければ住所をお教えしますので、お互いに都合の良いやり方で何とかしましょう。”

 と言って、自筆で住所と電話番号を書いたメモをいただいた。

(藤さん)”陶器はお詳しいんですか。”

(私)”(さすがに照れくさく)いや、そんなことはないです。雑誌で拝見していて楽しみにしてきました。”

(藤さん)”黄瀬戸も、その色を出すのにだいぶ苦労したのを選ばれたから。”

(私)”結構(重量が)軽いですよね。”

(藤さん)”よくそう言われるんですが、特にそういう土を選んでいる訳ではないんですよね。”

というようなやりとり。終始落ち着いた口調で話す藤竜也さんは本当に良い方でした。早速懇意の陶器屋さんかお茶の先生に相談して、箱をなんとかしようと思っている。

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