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The Other World of Volume 20

もくじ


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STEP 205 強者どもが夢のあと(その1)
GT十週連続スタート! イーグル、ファイナルシーズンへ!!

 セントライト記念――ちゅどーん!、毎日王冠――ぼむ!、京都新聞杯――平穏、デイリー杯3歳ステークス――無事……。
 そして、GT十週連続のシーズンが始まった。
 秋華賞――泰平ー。
 この時期、例年なら渡会牧場はもっとも物騒になるが今年は違っていた。荒れ模様のレースが多く、十五倍を超える配当が何度も付いた。
 放牧場の柵を背にして梅ちゃんが札束を数えていると、マユゲの濃い青年従業員が通りかかって冷やかした。
「梅さん、今年は迫力足らないんじゃない? いつもみたいに『ちゅどーん』てやってよ」
「なに言われても気にならへんよ。今のぼくは何でも許せる気分や」
 マエガミの長い青年や紅一点のみっちゃんも寄ってきた。マユゲがふたりに話しかけた。
「そういえば、前にも梅さんが馬券当て続けたことがあったなー」
「そうそう、あのときは、イーグルが出走すらできなくてー」と、マエガミくん。
「おまけにー」と、みっちゃんが言いかけたところで、
「やめいっ!」と梅ちゃん。何でも許せるのではなかったのか?

 四人が盛り上がっているところへ駿平とひびきがやって来た。ふと、梅ちゃんが思いだしたように言った。
「せや、さっき事務所で奥さんが話してるのを聞いたんやけど、今度の天皇賞、イーグルにはまた弓削が乗るらしいで」
 やったー、とばかり集まっていた従業員は、諸手をあげて喜んだ。
「これでイーグルの馬券は真っ先に切れる……」そう言い終わらないうちに、梅ちゃんは周りから踏みつけにされていた。
「やったね、ひびきさん! イーグル、引退前にもうひとつGTの勲章が取れるかも知れないね!」
 駿平はひびきの右手を両手でつかんで話しかけた。
「そんなこと走ってみなきゃわかんないべさ」
 ひびきはそういいながら駿平の手に自分の左手を添えて、付け加えた。
「でも、弓削はイーグルを知っているから期待してもいいかもね」

 イーグル――ストライクイーグルは、駿平が渡会牧場にやって来た初日に、初めてテレビで観た競走馬だ。スタートで出遅れたものの、ものすごい勢いで追い上げて最後の百メートルで先頭に立ち、そのまま一着となった。その迫力に心を奪われた瞬間、駿平の運命は決まったのかも知れない。
 今、隣にいるひびきと出会ったのも、ちょうど同じ日だった。最初は不愛想な少女だったが、一緒になってストライクイーグルの勝敗に一喜一憂しながら、今ではいつでもそばにいる大切な人となった。
 そのストライクイーグルも今年で七歳、年が明ければ八歳になる。競走馬としての盛りは過ぎようとしていた。天皇賞、ジャパンカップ、有馬記念――この三レースを走り終わってストライクイーグルは、競馬場に別れを告げることになっている。
 引退後のイーグルは種牡馬として生活することになるが競走馬としては「むらっ気」のある馬だからどのくらい引き合いがあるかは、わからない。
 駿平は、「『引退』と言ったって、種牡馬として活躍するんだったら『現役』じゃないか。それにちょっと羨ましい」と、不謹慎なことを思うのだった。

「弓削、イーグル騎乗決定」のニュースに沸く従業員たちの様子を、制服姿のたづなが遠くから見ていた。たづなの瞳には手を取り合って喜ぶ駿平とひびきの姿が映っていた。

■イーグルに弓削騎乗が決定!! 期待が膨らむ。しかし、ツキまくる梅ちゃんがなんだか不気味!?


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STEP 206 強者どもが夢のあと(その2)
千草と駿平……認められるのはいつ!?

 美浦で、栗東で、ヤシロハイネスが、プロキオンが、カツラデイライトが……数々の優駿たちが最後の追い込みをかけてゆく。

 ストライクイーグルもその中の一頭だった。
 前走の毎日王冠で二着に二馬身半をつけて余裕の逃げ切り勝ちを見せたが、何よりもファンの記憶に残るのは、春の天皇賞だった。
 宿命のライバル、ヤシロハイネスとスタート直後から二頭で大駆けをし、ゴールした後も写真判定に持ち込まれた。レースの結果が出たのはゴールしてから一五分後のこと。勝ったストライクイーグルの板東騎手が疲れ果て、負けた弓削騎手から祝福の握手を交わしたのだった。
 そのような経緯もあり、人気はストライクイーグルとヤシロハイネスに集中したが、ヤシロハイネスの歩様に異常が見いだされて出走回避が決まってからは、ストライクイーグルが一番人気になっていった。

 十月二十八日――天皇賞まであと四日。
 茨城県美浦の中央競馬会美保トレーニングセンターでは、ストライクイーグルがウッドチップのコースを疾走していた。
 鞍上の弓削は、「こいつ、遊んでいるな」と思っていた。「まあ、いい。本番でないと本気にならない馬だからな」――走りながらもストライクイーグルの耳はあちらを向いたりこちらを向いたりしていた。
「ストライクイーグルの調子は、どう?」
 集まってきた記者たちの質問に、弓削騎手は、
「追い切りではいつもズブいところのある馬やからね、イーグルは。走りながら遊んでいましたし。でも、本番ではやってくれると思いますよ」
と、全く心配していなかった。

 その頃、渡会家のリビングではひづめが「あたしを連れてけー」と、わめいていた。誰が天皇賞観戦に行くかでもめていたのだ。正確にいうと、もめていたのは、ひづめだけだったが。
「あんた、馬なんか見ていないっしょ」と千草。千草の頭の中では、初めからひづめが除外されているようだ。
 たづなは、「あたし、友達と約束があるから行けなーい」と素っ気なく答えていた。
 あぶみがエプロンで手を拭きながら、ダイニング・キッチンから入ってきた。
「やっぱり、ひびきちゃんがいちばんいいんじゃないかしら?」
 あぶみ自身は、初めから留守番のつもりだった。
「従業員からも誰か連れていった方が勉強になるんじゃないかなぁ」
 健吾がそう言うと、千草がすかさず答えた。
「じゃあ、駿平くんね」
「そうだね。駿平くんがいちばんイーグルをかってくれているから……って、母さん。また、駿平くんなのかい?」
「そう」
「ふーん、そうなのか」
 千草の決定には逆らえない健吾だった。
「ちょっとーっ! なんでいつもひびきちゃんと駿平(しっぽ)ばかりなんだー!?」
 不平を言い続けるひづめをよそに、両親もあぶみもリビングを出ていった。
 たづなとひづめだけが残された。
 ふくれっ面でソファに座ったひづめに、たづなが耳打ちをした。
「あんた、気がつかないの? ひびきちゃんと駿平、できちゃてるわよ、たぶん」
 ひづめは驚いた。

■イーグルは絶好調、駿平はひびきと天皇賞観戦に! 一方、2人の関係に気づいた、たづなは…!?


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STEP 207 強者どもが夢のあと(その3)
家族ぐるみのお付き合い

 十一月一日、東京、府中。
 府中駅南口からデッキによって結ばれた大型の百貨店、その九階にあるレストランに駿平とひびき、そして、それぞれの両親がいた。
 東京のデパートは、さすがに大きいな……そう思いながら、ひびきは落ち着かない様子で周囲を見渡した。広い店内に小さめのテーブルがいくつも置いてある。昼前とはいえかなり混んでいた。
 遠くに並んだ厨房からカウンター越しに料理が出されてくる。カウンターの上にはいくつもの料理店の看板が掛かっていた。洋食、中華、鮨、とんかつ……。ファミリーレストランみたいなものなんだろうか?――ひびきは、静内で似たようなレストランを見たことがなかった。
「せっかく東京へいらっしゃったんですから、もっと、落ち着いたレストランにご招待したかったんですが、駿平がどうしても肩の凝るようなところは止めてくれというものですから」
 駿平の父、稔彦がそう言うと健吾は恐縮しながら、
「いやいやお気遣いなく。わたしも実家は東京でして、地元みたいなものですから……」
 と、答えていた。
「ひびきさん、お久しぶり」
 駿平の隣りで母の可奈絵がにこにこしながらひびきに話しかけると、それまで、あちこちを眺め回していたひびきは、あわてて姿勢を正した。
「え、あ、あ、はい」
 その後も可奈絵はひびきに話しかけていた。止みそうにない。ひびきの隣りでは、千草がウェーターに頼んで出してもらった緑茶を飲んでいた。その奥で、健吾と稔彦が競馬の話題で話し込んでいる。駿平はひとりで所在なげにしていた。
 駿平には、母親の豹変ぶりが信じられなかった。可奈絵が一息ついて水を飲んでいる瞬間に、駿平は小声で問いかけた。
「母さん、一体どうしたんだよ? 今までひびきさんを目の敵にしていなかったか?」
 しかし、可奈絵はあっけらかんとしていた。
「あら、お父さんがお母さんをはげみにがんばれたって言うから、お母さんも駿平がどんな女の子をはげみにがんばっているか、知りたいわ」
 これには駿平もひびきも稔彦までも真っ赤になってしまった。

 府中駅から東京競馬場へは、十分ほどの道のりである。
 歩きながら、ひびきは駿平に訊いた。
「どうして、こういうことになったのさ」
「電話でさ、天皇賞、観に行かせてもらえることになったって言ったら、うちでも観に行くことにしていたから、どこかで食事でもって。それに母さんが妙にひびきさんに会いたがっちゃってさ」
 駿平は苦笑いしながら答えた。

 そのころ、渡会牧場では――。
「こんにちはー」
 悟が厩舎の休憩所に現れた。従業員たちはまもなく始まろうとしている天皇賞を観るためにテレビの前にかじりついていた。
「なんや、悟さんやないの。まだ家に入れてもらえへんの?」
「失敬だなー、梅さん。家にはちゃんと入れてもらってますよ。僕はプロキオンのすばらしさをみんなと称えるためにやって来たんだよ」
「失敬なのは、あんたや!」
「冗談はさておき、どうも、僕はこういうこぢんまりとしたところの方が心が落ち着くんですよ」
 そう言うと、悟は梅ちゃんたちの呆れ顔をまるで気にせず、折り畳み椅子を引っぱり出してきてテレビの前に座った。

 画面には、十二頭がゲート入りし終わったところが映し出されていた。

■いよいよ秋の天皇賞発走! ストライクイーグルはさらにGTの勲章をゲットできるか!?


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STEP 208 強者どもが夢のあと(その4)
沈黙が重苦しい……

 乾いた金属音とともにゲートが開き、十二頭の馬が一斉に飛び出した。天皇賞が始まった。東京競馬場の芝コース二千メートルを疾走するレースだ。

 馬群はなかなか散開しなかったが、第二コーナーに差し掛かるころにはストライクイーグルが徐々に抜けだし二番手のデンドロビウムに差を付けていった。向正面の直線路が終わる頃には二馬身ほど引き離していた。
 鞍上の弓削はストライクイーグルのしたいようにさせていた。
「これがイーグルの実力なんや。こいつ、引退間際になってようやく本気を出すつもりになったらしいな。まったくズブい馬や」

 渡会牧場の従業員たちは厩舎のテレビで競馬中継を観ていた。
「――イーグル、抜けてきた! 二番手デンドロビウムを徐々に離していく。さあ、イーグル、このまま、府中の芝を逃げ切れるか!」
 渡会牧場では、イーグルの逃げ足に沸いていた。
 しかし、梅ちゃんだけは、違っていた。
「『府中には魔物がおる』って言われてんのや。過去逃げ切り勝ちした馬はおらへん。しかも一番人気は十連敗中や。イーグルもどこかでスタミナ切れになるやろ。行けー! プロキオン!!」
 梅ちゃんはみんなに踏みつけにされていた。

 向正面の坂を下り終えるとすぐ第三コーナーが始まる。ストライクイーグルは馬群を引き連れて第三コーナーに差し掛かった。
「!」
 弓削は手綱を引いて走りたがっているストライクイーグルを無理矢理停め、コースの外に導いた。
「あれ? ひびきさん、どうしたんだろう?」
 駿平が不思議に思ってひびきの方を振り向いたが、ひびきは驚きの表情をしたまま固まっていた。

「イーグル、どうやら競争中止のようです……」
 渡会牧場でも一瞬、動きが止まった。
「イーグルどうしたんだ?」
「あいつ、全速で走るたびに骨折していたからなぁ」
「心配ねぇ」
 従業員たちは気がかりだった。
 しかし、競馬中継は続いていた。
「おーっと、最後の直線に来てプロキオンです。プロキオンがカツラデイライトを差しきって一着! 二着にカツラデイライトです!!」
「やったー、これで大金持ちやー!!」
 梅ちゃんがひとりで踊っていた。
 テレビでは第三コーナーの様子が望遠カメラで映し出されていた。コーナーの外側に馬運車がつけられ、弓削が暴れるイーグルをなだめながらトラックに乗せていた。
「戸板さん……」
 橋野の呼びかけに戸板は無言のままだったが、やがて振り向くと、
「梅ちゃん、踊っている場合じゃないかもしれんぞ」
とだけ言った。
 悟は、「じゃ、僕はこれで」と言うと静かに席を立った。

 診療所へ走った。健吾も千草も、馬主の佐渡原氏も。佐渡原氏の長男、龍比古だけが面倒くさそうに歩いていた。
 駿平とひびきも走った。
 ひびきは、走りながら駿平に、「あたしがついてるからね」と言った。駿平は、なんでそんなことを言うんだろう、と思いながらも「うん」と頷いて振り向くと、そこには真顔のひびきがいた。
 診療所はコースの片隅にあった。そこここに木が植えてある緑の多い一角だった。
 塀の向こうから自動車の通る音が聞こえてくる。市道が近いのだろうか。ときおり乗馬センターの方から、ざっぱざっぱ、という馬の足音も聞こえてきた。
 馬運車は診療所の脇に止まっていた。中からゴトゴトという音が聞こえていた。
「なんだ、ひびきさん、イーグル元気そうじゃないか。もっと走らせろーって言っているみたいだ」
 しかし、ひびきは駿平の言葉に答えなかった。胸騒ぎが収まらなかった。

 やがて建物から獣医が出てくると、野々村調教師と佐渡原氏に、
「左手根骨粉砕骨折です」
と告げた。
 野々村師は涙をこらえながら静かに頷いた。

■つまりは左手首の骨折ということ。だが、その意味は…! 次号は来てほしくない!!


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STEP 209 強者どもが夢のあと(その5)
夢が散る………

 悟は、渡会牧場の母屋に来ていた。
「こんにちはー」
 玄関を開けると、迎えに出たのはひづめだった。
「おー、さるっちじゃん! ちょうどいいところに来たなー。中学になると勉強難しくてさ。ちょっと宿題教えてよ」
 悟はリビングに通された。さっきまでテレビゲームをやっていたらしい。テレビにはゲーム機がつながったままになっていた。悟はひづめの宿題を見始めた。
「たづなちゃん、いないんだね?」
「うん、おめかしして出かけていった。……おやー? 振られたものどうしでくっつこうって魂胆かぁ? みっともないから、やめな」
「ひづめちゃんは相変わらず厳しいなぁ。ところで、ひづめちゃんは馬が好きかい?」
「嫌い。だって臭いんだもん」
「そうか、それはよかった」
 ひづめには、悟の返答の意味がよくわからなかった。
「あら、悟さんいらっしゃい」
 ダイニングキッチンからあぶみが顔を出した。
「アイロン掛けをしていて気がつかなかったわ。今、お茶を淹れますからね」
 少し間があって、あぶみは悟にお茶を出した。
「イーグル、心配ねぇ……。また走れるといいわねぇ」
「あぶみさん、競馬をご覧になっていたんですか?」
「いえ、ラジオで」
「そうですか。イーグルは今年で七歳ですからどのみち引退です。もうレースに出ることはありませんよ」
「まあ、それは残念ね。でも今度はお父さんになるのよね。どんな子供たちが生まれるか楽しみだわ」
「あぶみさん馬が好きなんですね」
「ええ。あたし競馬のことはよくわからないけど馬は大好きよ。家族みたいなものね。……ところで悟さん、今日はどうしたの?」
 悟は、少し間をおいて答えた。
「いや、なんでもないです……あぶみさん、もうしばらくいさせて下さい」

 東京競馬場の人目に付かない片隅――診療所の前には、ストライクイーグルの関係者が集まっていた。馬運車からはしきりにゴトゴトという音が聞こえていた。
「骨折ってイーグルが走るたびにいつもやっていたやつだろ? すぐ直るよ。それに手根骨って要するに手首なんだろ? 肘とか膝じゃないんだろ? 大したことないよ。そうだろ? ひびきさん?」
 オレ、何でこんなに喋っているんだろう?――駿平は自分に問いかけながらも、ひびきにあれこれ話しかけていた。
 やがて馬運車の音が止んだ。耳に入るのは車の音と部班の足音だけになった。
「?」
 駿平には何が起こったのかわからなかった。訊ねようと思ってひびきの方を向くと、ひびきが涙ぐみながら小刻みに震えていた。
 その瞬間、駿平にはわかった。何が起こったのか。
 駿平は絶叫をあげてアスファルトの上に崩れ落ちた。
 ひびきは静かにしゃがむと、声を上げて泣き続ける駿平の肩にそっと手を置き、「あたしがついているからね」と呟いた。
「けっ、みっともねーな!」
 重苦しい雰囲気の中で最初に口を開いたのは龍比古だった。龍比古は駿平を蔑むように見下ろしていた。
「たかが馬じゃねーか。ぶっ壊れたら殺して新しい馬に換えりゃいいんだよ」
 その場に居合わせた全員――渡会夫妻、弓削騎手、野々村師らが一斉に龍比古の方を向いた。殴りつけようとする健吾を千草が押さえていた。
 しかし次の瞬間、龍比古は昏倒していた。佐渡原氏が、右の拳を振り切った姿勢のまま、口を堅く一文字に結んでいた。
 ひびきは大声で泣き続ける駿平を抱き起こした。

■4年間のひびきとの思い出が逝く… 泣くな、駿平! 次号、衝撃波はさらに広がる!!


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STEP 210 強者どもが夢のあと(その6)
ひづめちゃんが……走る!

 あぶみのストライクイーグルについての思い出話は止まらなかった。
「あの子が産まれたのはあたしが高校三年のときだったわ。あの年は雪が多くて大変だったのよ」から始まって、ようやく「あの子が初めて重賞を取った日に駿平くんがうちに来たのよ」というところまでたどり着いた。
 悟はひづめの宿題をやらされながらあぶみの話を聞いていた。
「あぶみさん、あんまり馬をあの子、あの子って呼ばない方がいいですよ」
「あら、変かしら?」
「ええ、まあ」
 あぶみさん、あまり感情移入してはいけないよ――悟がそう思ってると電話が鳴った。悟が電話に出ようと立ち上がったが、あぶみは、
「まあ、お客さんは座っていて」
と悟を制して受話器を取った。

「はい。あら、お父さん?」と言ったきりあぶみは無言になってしまった。見る見るうちに血の気が引いていくのが端(はた)からでもわかった。
「あぶみちゃん、どうしたんだ?」
 ひづめは悟に訊いたが悟は答えなかった。悟はしばらく考え込んでいたが、ぽつりと言った。
「たぶんひづめちゃんが頼りになる……」
 ひづめは頼られて悪い気はしなかったが、それでもなんとなく不気味だった。
 あぶみは震える手で辛うじてメモを書き終えると受話器に置き、ひづめを呼んだ。
「ひづめちゃん、これを寮へ。辰さんか戸板さんに……」
「えー、なんで……」
 ぐすぐすしているひづめに、あぶみは追い立てるように言った。
「いいから、早く!」
 それまで聞いたことのない姉の語気に驚いたひづめは、あわてて外に飛び出した。
 玄関が勢いよく閉じられる音がリビングまで届くと、ようやくあぶみは渡会家長女であることをやめることができた。
 あぶみは悟にしがみついて泣き崩れた。悟はあぶみの肩にそっと手を置いた。

 ひづめは厩舎に向かって走りながらあぶみから渡されたメモを見た。そこには、「イーグル 左手根骨粉砕骨折 安楽」とだけ書かれていた。「楽」の字が震えていて汚い。しかも最後まで書き終わっていなかった。
「へんなのー。『安楽』なら別にいいじゃん」
 しかし、あぶみのただならぬ様子が気になったので、とにかくメモだけは届けることにした。
 厩舎の休憩所には、まだ全員が残っていた。テレビ中継が終わってから数十分が経っていた。
 ひづめはメモを戸板に渡した。戸板はメモを見るとひづめに訊ねた。
「あぶみちゃんはどうしてる?」
「あぶみちゃんはさるっちと一緒。なんだか気分が悪そうだった」
「悟くんと一緒なら、まあ大丈夫だろう。こういうときはひづめちゃんが頼りになるな。ありがとよ」
 ひづめは戸板にも同じことを言われて誉められたのが不可解だったが、厩舎の重苦しい雰囲気も理解できないでいた。
「えー、聞いてくれ」
 戸板がみんなに話し始めた。
「今、ひづめちゃんが持って来てくれた知らせだ。ストライクイーグルは左手根骨粉砕骨折のため……」
 戸板がそこまで言いかけたところで、みんなには後に続く言葉がわかった。――聞きたくない、聞いたら……――、誰もがそう思っていた。しかし戸板はあえて続けた。 「……安楽死処置となった」
 一斉に嗚咽が漏れた。橋野やみっちゃんは涙を流して泣いていた。辰さんや浦野さんは泣いてはいなかったが静かに黙祷していた。
 梅ちゃんはやおら馬券を取り出すと粉々に引きちぎった。
「こんな、こんな馬券、取っても嬉しゅうないーっ!!」
 すべてが、ひづめの目の前で繰り広げられた。
 ――たった一頭の馬の死が、これほどの人を悲しませるなんて。たった一頭の馬がこれほど人の心に突き刺さるなんて……これがあたしのうちの仕事!?――ひづめは、初めて自分の家の「仕事」を知った。

■衝撃波が渡会牧場を駆け抜けていった。それでも夢は終わらない! 涙をこらえて、次号を待て!!


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STEP 211 夢見れば夢も夢じゃない
なくしたものが重すぎた…

「ふーん」
 ひづめが放牧場の柵に寄りかかって見ていたのはヒルダだった。
 ヒルダの方は、「あら、かわいいおきゃくさんだこと」とでも言いたげにひづめを見ていたが、ひづめから何も貰えないことがわかると柵の下に生えている牧草を食べ始めた。それでも気になるらしく、ときどき食べながら顔を傾けてひづめの方を見ていた。
 ひづめは、そんなヒルダの仕草をずっと見ていた。
「こうして見ると、案外かわいいな」

 ちゅどーん!

 ひづめが厩舎の方を見ると、休憩所あたりから煙が立ち上っていた。
 菊花賞が終わったところだった。
 厩舎から黒こげになった梅ちゃんが出てきた。
「おーい、梅ちゃーん!」
 ひづめが梅ちゃんへ駆け寄った。
「なんや、ひづめちゃん?こんなところに来るなんて珍しいなぁ。どないしたん?」
「梅ちゃん、馬飼うのって楽しいか?」
「そら、当たったときは楽しいけど、外れたら辛いわな」
「なに言ってんのか、わかんないぞ」
 梅ちゃんは「飼う」と「買う」を聞き違えていた。
 ひづめが来ているのを見つけて、みっちゃんが寄ってきた。
「あら、ひづめちゃん。牧場に来るなんて珍しいわね」
「あたしんちだぞ、ここは。……それより、みっちゃんは馬の世話って好きか?」
「ええ、大好きよ。力仕事も多くて大変だけど、馬はあたしたちのこと覚えてくれるわ」
「ふーん。……でもさ、イーグルが死んじゃって辛くないか?」
「そりゃあイーグルがあんなことになっちゃって悲しいけど、ここには生きている馬がいっぱいいるわ。あの子たちの世話はやっぱりしなきゃ。……そうじゃない人もいるみたいだけど」
 みっちゃんが視線を向けた先には駿平とひびきが歩いていた。魂が抜けたような精彩のない駿平をひびきが責めているようだった。
 ふたりの様子を見ていたひづめに梅ちゃんが耳打ちした。
「あのな、ひづめちゃん。今の駿平にストライクイーグルは禁句やで。絶対言ったらあかん」
 梅ちゃんの目が笑っていた。ひづめもいたずらっぽく笑うと、駿平とひびきの方へ走っていった。
「梅ちゃん、今けしかけたでしょう?」
 いつのまにやって来たのか、マエガミの青年とマユゲの青年が呆れていた。

「あんたねー、事故があってからじゃ遅いんだからね! いつまでも呆けていないでしゃんとするのさ!」
 ひづめがやって来たとき、ひびきはまだ駿平を叱っていた。駿平はうなだれたままだった。
「ひづめ、何しに来たのさ」
 ひびきの問いかけを無視して、ひづめは駿平に声をかけた。
「ストライクイーグル!」
 たちまち駿平の目から涙が溢れてきた。
「ううっ、イーグルぅ……」
「やめな、ひづめ!」
 しかし、ひづめはひびきの言うことなど聞かなかった。
「ストライクイーグル! ストライクイーグル! ストライクイーグル!」
「ひどいじゃないかっ! ひづめちゃん!」
 駿平はぼろぼろ泣きながらひづめを怒っていたが、その後ろからひびきは、
「ひづめに当たるんでないの!」
 と、駿平を蹴っていた。
「やあ、楽しそうだね」
 駿平たちの元へにこにこしながら健吾がやって来た。しかし、ひびきは駿平の様子に憮然として健吾に愚痴をこぼした。
「まったく! ひづめにストライクイーグルって言われただけで……」
「ううっ、イーグルっ……」
 健吾が目に涙を溜めていた。
「どうして親子でもないのに、こう似るのさ」
 ひびきはただ呆れていた。

 しばらくの後、駿平は渡会牧場母屋の応接間にいた。健吾に連れられてきたのだ。
 壁には大きなスピットファイヤー号口取り式の写真、棚には様々なカップや楯が並んでいた。駿平は、その中に混じって置いてある小さなストライクイーグルのモノクロ写真だけは見ないようにしていた。
「わたしが母さんと結婚したばかりの頃、うちに重賞を取った馬がいたんだよ」
 目の前のソファに座った健吾が話し出した。
「二着に十馬身近くもつけてたな、あれはすごかった。だが速すぎたんだ。その年の秋の重賞レースで骨折して……。予後不良だった。母さんの背中であぶみがいつまでも泣いていたっけ」
 駿平が健吾をふと見てみると、心なしか目が潤んでいるようだった。――そうか、社長は婿養子だったから、修羅場には慣れていなかったんだな――駿平は気がついた。
「なあ駿平くん、競走馬は人が夢を乗せるために創り出したものなんだ。人は競馬を通じて、より速い馬を選んでゆく。そして馬は自分自身の肉体が耐えられる限界まで速くなってしまった」
 健吾の言葉を聞きながら駿平はかつて自分が切った大見得を思い出していた。
「競走馬は、『速さ』という夢を乗せると同時に『脆さ』という業(ごう)も背負うことになったんだ。この二つは裏腹であり、切り離すことはできない。われわれの仕事は、逝った馬に涙する優しさも大切だが、夢を叶えるためには業を受け入れる強さも必要なんだよ」 
 ダービー馬を作る――駿平は、自分の大見得の裏側に積み重なるものを垣間見たような気がした。両肩がひしひしと押しつけられるのを感じていた。

■夢の裏側に逃れてはいけない業がある… 駿平は、競走馬をつくることの意味を知った。


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STEP 212 晴れたらいいね
忘れない、君の走りを…

 エリザベス女王杯――ずずーん!、マイルチャンピオンシップ――ちゅどーん!……。
「いつもの調子を取り戻したね」
 マユゲくんとマエガミくんが黒こげの梅ちゃんに声をかけた。渡会牧場は再び平穏な日々を迎えていた。
 そしてジャパンカップの日が来た。

「こんにちはー」
 放牧場に悟がやって来た。
「悟さん、最近またよく来るようになったねー。暇なの?」
と言うマユゲくんに悟は、
「何を言うんだ。今日はジャパンカップだよ。君たちホースマンにいい勉強となるような馬を紹介しに来たんじゃないか」
「でも、どうせ醍醐の馬だよ」
「プロキオンあたりだろう」
「それで、みんなの前でズブズブに負けるのよねー」
と、いつもの三人。
 悟は駿平を見つけると、そちらの方へ行った。
「ストライクイーグル」
「悟さん、いきなり耳元でささやかないでくださいよ。気持ち悪いなー」
 様子の変わらない駿平に、悟は期待が外れた。
「なんだ立ち直ったのか。つまらないな」
「当たり前ですよ。ここには生きている馬がいっぱいいるんだ。いつまでも死んだ馬ばかり気にしてもしょうがないだろ、……って、ひづめちゃんに言われた」
「君はひづめちゃんにまで言われているのか、だらしがないなぁ。ひびきさんも何でこんなのがいいんだろう? まあ、それはさておき、一緒にジャパンカップを観ようじゃないか」
「どうせ観るのはプロキオンでしょ」
 駿平は、悟について厩舎へ入っていった。
 十数分後――。
「やっぱりねー」「そうなるんじゃないかと思ったんだ」「よくあることよ」、厩舎からぞろぞろと出てくる従業員たちに遅れてがっくりと肩を落とした悟が出てきた。プロキオンがぼろ負けしたのだ。
「そうだ、お宅の方へも挨拶に行ってこよう」
 悟は母屋へ向かった。
「悟さん、よく母屋へ行くよねー」
「あぶみさん破談の張本人だから気を使ってるんじゃないの?」
と、マエガミくんとマユゲくんは話していた。

 数日後――。
「さて、どうしようかねー」
 千草が悩んでいた。
 渡会家のリビングルーム、いわゆる「家族会議」である。
 醍醐の次男弘武に買い取られたヒメが阪神3歳牝馬ステークスに駒を進めたというのだ。しかし、その同じ日、駿平が世話をし続けたヒコが中山競馬場でデビューするという知らせが芹沢調教師から届いた。
「あたし、ヒコのデビュー見に行きたいな。駿平の馬だもの。それに駿平も行きたがると思うよ」
 そういうひびきに千草は、
「しかし、ふたりだけというわけにもいかないしょ」
 と答えていた。ひびきは心の中で舌を出した。
 ひづめは相変わらず、
「今度こそあたしを連れて行けー」
 と、騒々しい。
「あんた、どうせ東京へ行きたいだけなんでしょ」
 たづなは、競馬なんか眼中にないくせに、とでも言いたげな目でひづめを見た。しかしひづめは、
「阪神の競馬の方がでかいんだろ? そっち、行きたーい!」
 と叫んだ。
「それで、あぶみとたづなは、どうするんだい?」
 という健吾の問いかけにたづなは短く、
「あたしは、いい」
 あぶみも、
「あら、あたしも留守番しているわ」
 と答えた。
「どうだろう、母さん」
 と、健吾が切り出した。
「わたしもヒコのレースを見てみたいから中山へ行って来るよ。母さんはひづめを連れて阪神へ行って来たら?」
 ひづめは、「やったー」と言いながら部屋中を飛び跳ねた。

■泣いてばかりはいられない。いいことだってあるんだから。駿平、あしたはきっと晴れる!


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STEP 213 もしもあしたが
久世駿平の子供です!?

 日曜日――。
 健吾と駿平、ひびきの三人は朝から中山競馬場にいた。第四レースでいよいよヒコがデビューする。
「ひびきさん、ヒコ、ちゃんと走れるかなあ。怪我しないかな。なんか、だんだん心配になってきたよ」
 駿平は落ち着かない様子だった。無意識のうちに鳩尾(みぞおち)を撫でている。ひびきは、なんで撫でているんだろう、と思いながら、
「心配しないのさ。ちゃんと芹沢先生が調教してるから」
と駿平を励ました。ふと横の健吾を見ていると、やはり鳩尾のあたりをさすっていた。
「あのひ弱だった仔が競馬場を走るなんて、事故がなければいいが……ううっ、胃が痛い」
 だらしない男たちね――ひびきは苦笑した。

「ひびきさん、見てよ! ヒコのオッズ、すごいよ!!」
 単勝で三百倍近いオッズがついていた。複勝のオッズも最低で五十倍を下らない。
「ふーん、まあそんなところしょ。ヒコが双子の片割れだってみんな知ってるからね」
 第四レースが始まった。
 ヒコはスタート直後から二番手、三番手あたりにつけていたが、第三コーナーを曲がったあたりからぐんぐん伸びだし、とうとう二着に二馬身差をつけての一着となってしまった。
「やったーっ!」
 ひびきは駿平に飛びついたが、駿平はがくがくと震えていた。
「あれ?駿平、どうしたの?」
「ひびきさん、オレ、オレ……大金持ちになっちゃった……」
 駿平が差し出した勝ち馬投票券を見ると、ヒコの単勝に一万円も払っていた。
「駿平くん、ずいぶん思い切ったことをしたねえ」
 そういう健吾もヒコの単勝を五千円分買っていた。
「そうそう、あぶみにも教えてあげなくては」
 健吾は公衆電話を探しに行った。

 その日の午後、阪神競馬場。
 千草とひづめがヒメに声援を送っていた。弘武の前で「ヒメー!、ヒメー!」と牧場時代の名前で応援していたから、弘武に「わたしの付けた名前で応援してほしいなあ」と、ぼやかれていた。
 ヒメは結局、三着だった。
「やったわー!」
と言いながら抱きつく千草にひづめはきょとんとしていた。
「ママ、三着ってすごいのか?」
「まあまあ、ね。賞金は出るわ。でも、いちばんすごいのは双子なのに走ったということさ。ちょっと、あぶみに連絡するわね」
 千草はバッグから携帯電話を取り出すと自宅へかけた。
「ひづめ、ヒコの方も新馬戦で一着だってさ」
「へー、駿平(しっぽ)が世話していたやつ? あいつ、喜んだろうな」

「こんにちはー。あれ、留守かな?」
 いつ来ても不用心だな――悟は、そう思いながら渡会牧場事務所の入り口から中を覗き込んだ。
 ぱたぱたと足音が近づいてきて、奥のドアからあぶみが顔を出した。
「あら、悟さん。聞いて!、ヒコが新馬戦で一着を取ったの。ヒメも三着だって!!」
「へー、ヒコが。そうか、駿平くんよくやったなあ……。おめでとう!」
 悟の言葉をあぶみは嬉しそうに聞いていた。

 翌日――。
 駿平が分厚い封筒を大事そうに抱えて牧場の事務所に行くと、千草とひびきが前日のレース結果を見ていた。
「これヒコの払戻金なんですけど、オレこんな大金持っていてもしょうがないし、ヒコを今まで置いていてくれたお礼に是非受け取ってほしいんですが」
「駿平くん、それはあんたが育てたヒコをあんたが信じて取ったお金だから、あんたが持っていなさい」
 千草は駿平が差し出した分厚い封筒をそのまま返した。
「でもヒコのことはあまり期待しない方が良さそうだわね。スローな展開だったからヒコが速いと言うより他の馬が遅かったようね」
「そんなぁ……。冷たいこと言わないでくださいよ。ひびきさんもそう思うだろ?」
「あたしも、ヒコはたまたま勝てたんだと思う。ヒコは仔馬の頃さんざん周りの仔馬からいじめられてたべ? だから、今でも他の馬が追いかけてくると必死で逃げるのさ。母親のヒルダと同じだわ」
「そうなのかなあ……」
 ひびきにまで言われて駿平はがっくりと肩を落とした。そんな駿平に千草が声をかけた。
「ヒコが競馬場で走れることがわかっただけでも十分さ。駿平くん、よくやったわ」
 千草の言葉の意味が徐々にわかってくると駿平の顔が明るくなった――奥さんが、オレの仕事を認めてくれた!

■おめでとう、駿平!!


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STEP 214 明日へとどく
クリスマス・パーティーは大騒ぎ!!

「あーっ、ひづめちゃん!」とマエガミくん。「あれぇ、ひづめちゃん?」とマユゲくん。「まあ、ひづめちゃん」とみっちゃん。「ひづめちゃん、どないしたん?」と梅ちゃん。「ひづめちゃん、いったい……」と駿平……。
 十二月二十四日。渡会牧場では恒例のクリスマスパーティーが開かれようとしていた。あぶみとひびき、それに寮の従業員が総出でパーティーの準備をしていたが、ひづめが現れたとたん従業員全員が目を疑った。
「ひづめちゃん……、ひびきさんそっくりだ」
 駿平が思わず口にした。
 ひづめはそれまで長く伸ばしていた髪をショートカットにして、前髪を右から左に流すひびきと同じヘアスタイルになっていた。しかし大きく表情の豊かな瞳はひびきにない魅力があった。
「失恋でもしたのんか?」
 梅ちゃんの質問にひづめは「へへん」と笑いながら、
「長いとすぐ馬臭くなるんだもん。洗うの大変だから切っちゃった」
 と答えた。
「コンバンワー。オジャマシニキタデスヨー!」
 突然寮の入り口から元気な声が飛び込んできた。と思う間もなく元気な女性が飛び込んできた。
「マギーさん、お久しぶりー!」
 牧場のみんなが口々に歓迎した。
「誰がマギーさんに声をかけたんやろ?」
 梅ちゃんが横目で橋野を見ながら問いかけると、
「僕が声をかけたんだ。みんな会いたいだろうと思って」
 と橋野。
「そら会いたかったんやろな、ケンさん」
「ななななにを言っているんだ、梅ちゃん!」
 梅ちゃんの言葉に橋野はしどろもどろになったのだった。
「こんばんわー」
 今度は悟がやってきた。
「悟さんも毎年うちのクリスマスパーティーに来るよなー」
「友達いないんじゃない?」
「失敬だな、君たちは!」
 変な噂をするマエガミくんやマユゲくんに、悟は噛みついた。

 パーティーが始まった。恒例のカラオケ、恒例のプレゼント交換(今年は全員、キタキツネのぬいぐるみ)……。
 駿平は、大皿の唐揚げをぱくついていたひづめに訊いた。
「たづなちゃん、いないみたいだね」
「友達の家でクリスマスパーティーだってさ。彼氏でも来てるんじゃないの?」
 ひづめは唐揚げを頬張りながら答えた。
「あぶみさーん、ちょっと休んでお酒飲まへん?」
「はーい」
 あぶみは、しゃぶしゃぶ用の肉が盛りつけられた大皿をテーブルに置き、梅ちゃんの方を振り向くと、他にマエガミくんやマユゲくんが一升瓶を抱えて待ちかまえていた。そばでみっちゃんが「やーねぇ」と言っていた。
「あぶみさん! あんな不貞な輩につき合う必要はありませんよ。こっちで静かにやりましょう」
と悟が割って入り、あぶみを部屋の隅のテーブルへ連れていってしまった。
「悟さんの意地悪……」
 梅ちゃんが泣いていた。

 賑やかだったパーティーも終わり後かたづけが済むと、みんなは三々五々に散っていった。
「駿平、ちょっと外に出ない? クリスマスプレゼントがあるの」
 ひびきは頬を赤らめながら上目遣いに駿平を見た。
「へー、なんだろう? 楽しみだな」
 駿平はひびきの後について寮の外に出た。外に出ながら駿平は空を見上げた。
「あ、ひびきさん、見て」
 上弦の月が沈んだばかりの漆黒の空には満天の星がきらめいていた。天の川が頭上高くに横たわっている。星座の区別がつかなくなるほどの無数の星の中でふたりの姿がやけに小さく感じた。

■はたして、ひびきのクリスマス・プレゼントは!? 次回、感動のクライマックス!


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STEP 215 明日への扉
感動のクライマックス…未来へ!

 駿平はしばらく星空を見上げていたが、やがてひびきに視線を戻した。
「ところでひびきさん、クリスマスプレゼントって?」
 よく見るとひびきは手ぶらだった。――ポケットに入るようなものなのだろうか――駿平が不思議に思っていると、ひびきが駿平の手を取りはいているスカートの前身頃に当てた。
「ここ……、あたしと駿平の……」
 一瞬、駿平にはひびきが何を言っているのかわからなかった。
「え? あ、あーっ!! ああああ、こんなことになっちゃうなんて! オレ、そんなつもりじゃなかったのに。ひびきさんを傷つけるつもりじゃなかったのに……。オオオレ、どうしよう……!?」
 ひびきは動揺している駿平を一喝した。
「なにうろたえてるのさ! それともあんた、どういうつもりであの夜あたしを――」
「離れたくなかったんだ!」
 駿平はひびきの言葉をさえぎってきっぱりと答えた。
「離れていたくなかったんだ、少しでも。千キロも離れた飯能にいたから、せめてひびきさんと同じ大地にいたかった。百キロ離れた千歳についたら、残りの距離くらい何でもないって思えたんだ。十キロ、一キロって近づくにつれて、もっと近づきたくて、百メートル、渡会牧場が見えてきて、あそこにひびきさんがいるんだ、十メートル、あの明かりのついてる厩舎にきっとひびきさんが、一メートル、ひびきさんがタオルを持ってきてくれた、十センチ、一センチ……でも、もっと近づきたい、離れていたくない……オレは…オレは、ひびきさんと一緒になりたかったんだ!!」
 それを聞いたひびきはこくっとうなずいた。
「駿平、あたしも同じ。駿平が飯能に行ってしまってわかった。あたしは駿平と離れていたくない、ずっと一緒にいたいんだって」
 ひびきは駿平を見つめていた視線を落とすと、そっと自分の下腹を撫でた。
「そして願いが叶った。この子の中であたしと駿平は一緒になった。あたしたちがいなくなった後もこの子の中で、そしてこの子がいなくなった後も、この子の子やその子どもたちの中であたしと駿平はずっと一緒にいる……」
 そして駿平は思った。――父さんと母さんの想いがオレの中に、社長と奥さんの想いがひびきさんの中にある。そして命は、オレたちの想いを載せて遙か未来へ引き継がれていくんだ……。
「あ、でも、ひびきさん、奥さんにはなんて言おう。オレまだ半人前だし、こんなことになっちゃって、やっぱり……」
「あんた、もっとしっかりするのさ! あたしがついてるしょ! ふたり併せたら一人前さ。それに――」
 ひびきは、いたずらっぽい目で笑った。
「――お姉ちゃんの誕生日、お父さんとお母さんの結婚記念日の半年後なんだ」
 ひびきは駿平の肩をぽんと叩いた。
「へー……」
 駿平には健吾と千草の夫妻がなんだか身近に感じられた。
「そうだ。オレ正月に実家に帰るけど一緒に来ないか。もう一度ひびきさんを両親に紹介したい」
 ひびきは嬉しそうにうなずいた。

 翌日、駿平が一張羅のブレザーを着てひびきと一緒に母屋の応接間に行くと、スーツ姿の悟が来ていて千草に土下座していた。
 悟は突然現れた駿平に、
「君はこんなところに入ってきて失礼なやつだな……」
と言いかけて、駿平の後ろにいるひびきに気がついた。
「あっ! まさか君は、僕の弟になる気じゃないだろうな!」
「なんでオレが悟さんの弟にならなきゃ……あっ!」
 悟の陰であぶみがくすくす笑っていた。
 千草は静かに茶を飲んでいたが、騒ぎが一段落つくとやおら口を開いた。
「悟くんも駿平くんも長いつきあいだし、あぶみもひびきも自分で選んだ人だから母さんに文句はないわ。父さんは何か言いたいことはある?」
「一度にふたりも娘が嫁に行くとなると寂しくなるなあ。……ところで駿平くん、結婚したらどこに住むんだい?」
「えーと……」
 まだ先のことまで考えていない駿平だった。

 一九九九年元旦、駿平とひびきのふたりの朝飼が終わった頃、日高山地の稜線に金色の光がこぼれだし初日が射し始めた。
 雪に覆われた静内の平野にどこまでも続く放牧場が茜色に染まっていくのを、ふたりは並んで眺めていた。


―― 完 ――

■ふたりはともに明日へ! そして、「いのち」は未来へ紡がれていく……


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あとがき

 この作品、久しぶりです。初出からもう2年半も経っているんですね、驚きです。
 『じゃじゃ馬グルーミング★Up!』ファンの間では名高い「STEP 204 ショック」を受けて、「もう、ひびきさんなんて嫌いだー(泣)! こんな作品、終わらせてやるー!!」とばかりに、本編の少年サンデー連載に合わせてアップロードしていった作品です。
 2年経った今、読み返してみて、「これはいいものだ」と故塩沢兼人氏の声で自画自賛してみたりしています。なにしろ、自分の「イイタイコト」がちゃんと書けているし、ひづめっちを影の主役にしたりで、我ながら、なかなかにいいデキです。そんなわけで、再掲してみました。
 ところで、この作品の体裁は、週刊誌連載を意識しています。つまり、各話のサブタイトルの下のコメントは、週刊誌のまんがの扉絵についているコメントを意識していますし、最後の1行は最後のページの柱書きを意識しています(しかも一箇所、わざと次回の内容とズレたことを書いたりして)。