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ピュアの二階で

もくじ


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「きょうは渡会のおごりだからなー!」
「うるさいなー、萩原。わかっているよっ!」
 静内の市街にあるショッピングセンター「ピュア」二階の喫茶店「赤とんぼ」に子どもたちの声が響いている。
 渡会ひづめ、萩原淳一、坂本直子、戸塚尚志の四人が、夏休みのラジオ体操の皆勤賞にここのパフェをかけていた。結果は、ひづめだけが皆勤賞を逃し、三人にパフェをおごる羽目になったのだった。
 今日は、九月最初の日曜日。高く澄んだ青空に白い雲が浮かんでいた。四人は、御園(みその)からバスで三十分ほどかけて駅前まで行き、しばらく一階の洋品店や二階のCDショップ、本屋をのぞいてから、この喫茶店に入った。
 窓の下には瀟洒(しょうしゃ)な洋館風の店が午後の陽射しを受けて通りに濃い影を落としているのが見えた。

「おれ、チョコバナナパフェ!」
「ぼくもーっ!」
「あたしもーっ!」
 萩原がオーダーすると、戸塚と坂本も後に続いた。
 ひづめは、メニューを見ながら慌てて遮った。
「ちょっと、あんたら情けっていうものがないのかっ! チョコバナナパフェっていちばん高いじゃないのよ。フルーツパフェにしなさいよ。お姉さーん、フルーツパフェ四つ!」
 カウンターの奥から「はーい」と言う声が聞こえてきた。
 結局、四人ともフルーツパフェを食べることになった。

「あたしだってねー、おねえちゃんが風邪で寝込まなかったら皆勤賞だったんだから!」
「なんだ、姉貴に起こしてもらっていたのか。威張れたものじゃないな」
 ひづめは生クリームを口の周りにつけて抗弁したが、萩原はそれをにべもなく却下した。
「ひづめちゃん、お姉ちゃんに頼らないで自分で目覚ましをかければよかったのよ」
 坂本が優等生らしく付け加えた。
「でも、そのおかげでぼくたちはパフェが食べられるんだけどね」
 戸塚の言葉に三人は笑ったが、ひづめだけは黙々とパフェを食べていた。

 ひづめは窓の外を見ると不満そうに言った。
「向かいに並んでいる店を見てよ」
「どうしたの? かわいい造りじゃないの」
 坂本が不思議そうに答えた。
「パーマ屋さんの方は、まあ許すとしてもよ、そのとなりなんか作業服屋さんよ。洋風の建物に似合わないじゃん。これだから田舎はいやなんだ。」
「あーあ、また、渡会の『田舎はいや』がはじまったよ」
 戸塚が肩をすくめた。


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「そろそろ帰ろうぜ」
 萩原が壁の時計を見て言った。針は午後四時の五分前を指していた。
「そうね、バスが駅前を四時十五分に出るから、そろそろ店を出ないと」
 坂本に続けて戸塚が言った。
「それに乗り遅れると次は六時半だからな」
「だから田舎はいやなんだ」
 そう言いかけたひづめに、萩原が伝票を渡した。
「じゃ、これ頼んだよ」
「わかっているよ!」
 ひづめは、怒りながらレジへ行った。

「はい、一、九七四円になります」
「あれ?、ない、ない!、ない!!、財布がないっ」
 レジの前でポーチの中をごそごそ探しているひづめに坂本が声をかけた。
「ひづめちゃん、どうしたの?」
「財布がないっ! 確かポーチに入れたはずなのに」
 レジの女性が困った顔をして見守っている。
「あたし、ひづめちゃんのおごりだって聞いたから余分なお金を持っていないわよ」
「僕だってそうさ」
 坂本と戸塚の言葉に萩原が言った。
「みんな頼りないなぁ。とりあえず、おれが立て替えておくよ」
 ピュアから出ると、ひづめは、またポケットやポーチをごそごそ捜していた。
「どうせ見つからないだろ?」
「そんなこと、わからないよ」
 萩原の憎まれ口に、ひづめは負けずに言い返した。


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 バスは、すでに駅前のロータリーに到着していた。
 坂本が腕時計を見た。
「発車まで五分くらしかないわよ。どうする、萩原君?」
 萩原は少し考えていた。
「おまえ達は帰っていいよ、この後のバスじゃ遅くなるし。おれは渡会としばらく財布を捜してみる」
 ひづめと萩原は、坂本と戸塚が乗ったバスを見送ると、再びピュアに向かって歩き始めた。
「渡会の財布って、どんなヤツだ?」
「赤くて革製でこのくらいの大きさ。ミッキーのシルエットが押してあるヤツ」
 ひづめは、うつむいて両手の親指と人差し指で「コの字」型をつくって定期券入れぐらいの大きさを示した。
 ピュアに着くと、一階にあるインフォメーションカウンターへ行って、財布の落とし物はないか訊いてみたが、届いていなかった。
「バスの中で落としていたらバス代が払えないもんなぁ」
 萩原は、バスの中でなくした可能性を除外しようとした。
「小銭は別にして持ってる……。ほら」
 ひづめは緑色の小さながま口を荻原に見せた。
「じゃあ、バスの中に落としたってこともあるわけだな」
 二人は駅前にある道南バスの営業所へ行った。
 営業所の待合室で片づけものをしていた女性に、萩原が声をかけた。
「すみません、バスの中で財布を落としたみたいなんですけど」
 しかし、財布の落とし物は届いていなかった。
 二人は駅前に戻っていた。しかし、次のバスまではまだずいぶんと時間があった。
 ひづめは泣きそうになっていた。財布の中には、ひづめのほぼ全財産が入っていたのだ。小学校五年生のひづめにとって、それはかなりの大金だった。
「ちょっとうちへ電話してくる」
 ひづめは、二つ並んだ電話ボックスの右側に入っていった。萩原は、その後ろ姿を苦笑しながら見ていた。
「あいつ、こんなときにも新しい物好きはかわらないな」
 ひづめが入ったのは、グレーの公衆電話が置いてあるボックスだった。
 少ししてひづめが戻ってきた。
「お姉ちゃんが買い物のついでに迎えに来てくれるって。五時半にピュアの一階のロビーで待ち合わせ。萩原も送っていくよ」


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 待ち合わせの時刻までまだ間があったので、二人はまた、店内を見て回った。しかし、ひづめはちっとも楽しくなかった。
 ロビーは建物の一階中央にあって二階まで吹き抜けになっており、天井から大きな飾り付けが下がっていた。
 ひづめはベンチに腰掛けるとのけぞって天井を見上げていた。
「あーあ、あたしの財布、どこに行っちゃったんだろ……」
「ひづめちゃん、お待たせ」
「あ、あぶみちゃん」
 ひづめの長姉あぶみがやって来た。ひづめには姉が三人いるので、区別するために名前で呼ぶ習慣があった。
 萩原は立ち上がると挨拶をした。
 「はじめまして、荻原淳一と申します」
 「あら、ずいぶん礼儀正しい子ね。はじめまして」
 あぶみは感心しながら、お辞儀をした。

 あぶみの軽自動車は屋上駐車場の真ん中に止まっていた。周りに他の車はなかった。
 あぶみの乗ってきた車はツードアだったので、萩原とひづめは助手席側から入って後部シートに乗った。助手席にはあぶみのバッグが座っていた。
 車は、五分も走らないうちに市街を出てしまう。車窓からは牧場が広がって見えた。あぶみは、ひづめの知らない歌を鼻歌で歌っていた。
「萩原、おまえ、いいヤツだな」
 ひづめがぽつりと言った。
「よせよ。しおらしい渡会って、なんか『らしく』ねーよ」
「財布は見つかんなかったけど、きょうは、ありがと」
「あ、そうそう、お財布といえば」あぶみが割り込んだ。
「ひづめちゃんのお財布って赤くてミッキーの絵が付いてるのでしょ? お部屋の机の上にあったわよ」
 あぶみは助手席のバッグから財布を出して見せた。
「あー!!」
「よかったじゃないか、見つかって」
 萩原の言葉も聞こえず、ひづめは真っ赤になってうつむいてしまった。

 ひづめは、次の日曜日にも萩原に「ピュア」のパフェをおごることになった。

(了)