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妹たち

もくじ


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「お姉ちゃん、本当は知っているんでしょ?」
 ダイニングでお茶を飲みながら、たづながあぶみに訊いた。たづなの目の前には夏休みの宿題が広げてある。ひづめは宿題が済んでいるのかいないのか、友だちの家へ遊びに行っていた。もうすぐ新学期が始まる。
 引き戸を隔てたリビングルームから、駿平の声が聞こえていた。
「仕事を放ったらかして東京に帰っちゃったことは謝ります! もう一度働かせてください!!」
 ――甘い父・健吾と厳しい母・千草。ふたりはどこまで「知って」いるのだろう――あぶみはそんなことを考えながら隣室でのやりとりを聞いていた。

「あの日、ひびきちゃん、東京に行っていたんでしょ?」
 たづなは重ねて問い掛けた。あぶみは「知って」いた。駿平がひびきに告白したものの、ひびきの対応を誤解し、いたたまれなくなって飛び出したこと。そして、今、目の前で詰問しているたづなは駿平のことが好きだということ。
 しかし、「知って」いるからといって、それを話していいはずはない。ひびきや駿平にとって、他の人に知られたくない出来事であろうことは想像できた。
 かといって、全てを隠すこともできなかった。たづなが駿平を想っているのなら、何が起きたのか知りたがるのは当然だった。
「ひびきちゃんはね、駿平くんを迎えに行っていたのよ」
「えー、なんで!? あいつなら、電話で『戻ってこないとヒコが処分される』って言えば、飛んで帰って来るっしょー!! それを、なんでわざわざ飯能くんだりまで迎えに行かなきゃいけないのよ」
「『くんだり』ってことはないでしょ。一応、東京なんだから……」
「飯能って埼玉県じゃない。それに、きっと東京から一時間半以上はかかるわ。そんなことくらい、地図見りゃすぐわかるわよ。」
 ――やれやれ、こんな頭のいい子がライバルじゃ、ひびきちゃんも大変ね――あぶみは内心ひびきに同情していた。


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 千草がダイニングに入ってきた。いつのまにか駿平はいなくなっていた。
 千草が入ってきたので、あぶみはたづなとの話を中断することができた。
「たづな、宿題が一段落したら事務所の方も手伝ってちょうだい。パソコンが満足に使えるの、あんたしかいないんだから」
「はーい」
 たづなはしばらく宿題をしていたが、教科書やノートを片づけると、事務所へ行った。
「あぶみ、本当は何があったか、知ってるんしょ?」
「……ええ」
 あぶみは話すべきかどうか、一瞬躊躇したが、従業員が無断欠勤したことや娘が単身飯能へ行ったことを考えると、牧場経営者としても母としても千草には知ってもらった方がよさそうだった。
 千草は湯飲みをすすりながら、あぶみの話を聞いていた。
「やっぱりねぇ……」
「え? 知っていたの?」
「そのくらい、あの子たちを見ていればわかるわ。ま、わたしは従業員がまじめに働いてくれればそれでいいから、この件はあんたに任すわ。」
 あぶみは、「任すわ」と言われても何をどう任せられればいいのかわからなかった。
 「たづなは駿平が好き」というだけなら、たづなのためにしてやれそうなことはあった。それが「駿平はひびきが好き」となって、「ひびきは、自分の気持ちがわからない」となると、あぶみは、誰にどうしたらいいのか、見当がつかなかった。


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 あぶみは、とりあえず、今、自分がしなければならないこと――洗濯物を取り込むと、自分の部屋でアイロン掛けを始めた。
 ――そういえば、こうしてアイロン掛けをしていたときだったわね――あぶみは思い出していた。
 ひびきから、駿平に告白されたて、どうしたらいいかわからなくて……と相談されたとき、あぶみは、自分のしたいとおりにすればいいのよ、と答えていた。
 あぶみは、自分のした後悔をひびきにはさせたくなかった。

 あぶみにも、ほろ苦い思い出があった。
 まだ、高校生だった頃、渡会牧場にバイトに来ていた背が高くかっこいい青年に憧れていた。寮の食事の手伝いに行くたび、その青年に会えるのがうれしくて、喜ぶ顔が見たくて、おいしいものを作ろうと努力しているうちに料理の腕前も上達した。
 しかし、その青年が選んだのは、同じ寮の厨房で働いていた女性だった。
 あぶみは告白して振られたわけではなかったので、長いこと、中途半端な気持ちを引きずってしまった。
 あぶみは「今度、好きな人ができたら、振られてもいい、自分の気持ちを伝えよう」とそのとき決心したのだった。
 その青年は今でも渡会牧場の従業員として働いており、一児の父となっている。

 ひびきの出した答えが、「飯能まで駿平を迎えに行くこと」ならば、姉として、これからもひびきを応援してあげたいというのが偽らざる心境だった。
 しかし同時に、あぶみは、たづなの姉でもあるのだ。
 あぶみは、料理を教えてほしいと言い出したたづなに、あの頃の自分の姿を重ねていた。たづなの努力が実ってほしいと思うのも本心だった。
 あぶみは、ふたりの妹のどちらにも悲しい思いをさせたくなかった。だからこそ、今、この時点で、どちらかの味方になるわけにもいかず、姉として妹たちにしてあげられることが何もなくなってしまったのだった。
「困ったわねー」
 あぶみは、あの日の自分の言葉をつぶやいていた。
「結局、あの子たちの問題はあの子たちが解決するしかないみたいね」
 姉として妹たちにしてあげられることがないことを認めるのは少し辛かったが、妹たちの相談相手になれれば十分なのだと気付くと、好きな中島みゆきを口ずさみながらアイロン掛けを続けた。

(了)


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あとがき

 『その日、渡会牧場にて』が好評だったので、調子に乗って第二弾です。本編の『じゃじゃ馬グルーミン★Up!』では、なかなか登場してくれないあぶみさんなので、「いっそのこと、あぶみさんの話を書いちゃえ」というわけです。しかし、すぐに行動するたづちゃんと違って、あぶみさんについて考えるのはかなり苦労しました。
 あぶみさんの立場を考えると、なかなか複雑です。何しろ長姉という立場から妹たちの片方を依怙贔屓(えこひいき)するわけにはいきませんからね。
 ところで、あぶみさんの過去の話を行きがかり上作ってしまいました。その相手は読んでわかるとおり「あの人」です。STEP 77「花の乱」を伏線にしています。(平成9年9月21日)
 ところで、先日、改めてSTEP 139を読んだのですが、あぶみさんは全く登場せず、たづちゃんも一言だけ(この一言は次回への伏線だったのですが)ですね。
 なんで、こんな話が書けたんだろ? (平成11年1月24日)
 今になって読み返してみると、なんだか下手くそな部分が多くて、『じゃじゃグル』の愛読者の方々のこんなものを読ませてしまったのかと思うと、恥ずかしい気持ちでいっぱいです。
 当初は、弊サイトの改装作業を機会に、全面改稿をと思っていたのですが、結局、文章の妙な部分を書き改めるという程度に留まってしまいました。(平成11年12月8日)