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北斗星、南へ

もくじ


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 たづなは、食堂車のテーブルにつくと夕食をオーダーし、目の前におかれたグラスの水を少し飲んだ。気がつくと、車両の壁を通して冷気が伝わってくる。
食堂車  ――どこを走っているんだろう?
 そう思いながら、たづなは一面に曇った車窓を手で拭った。外は雪が深々(しんしん)と降っていた。街明かりがひとつも見えない漆黒の闇に、降りしきる雪が車内の明かりを受けて白く浮かんで見えた。結局、たづなには、列車が今どこを走っているのか、わからなかった。
 苫小牧を出て三時間、上野を目指す北斗星四号の行程は、まだ始まったばかりだ。
 ――あいつのことなんか忘れてやる!
 たづなの旅も始まったばかりだった。
「おー、メシはまだかー?」
 目の前にいるひづめの言葉で、たづなのもの思いが中断した。
「あんたねー、外でそういう下品な口のきき方しないでよ!」
「たづなちゃん、怒るとしわが増えるぞ」
 ひづめは、何を言われても堪(こた)えなかった。
「彼氏と寝台特急の食堂車でディナーっていうのも悪くはないわねー。車窓に流れる街の灯を見ながらカクテルグラスを傾けるの」
 ――目の前にいるのがあいつだったら、ロマンチックな旅になっただろうな。でも、ひょっとしたら今頃、あいつはひびきちゃんと……もう! あいつを忘れるための旅のはずが、目の前のこいつのおかげで台無しだわ!
 ひづめの空想に引き込まれて、考えたくもないことを想像してしまったたづなは、腹立ち紛れにひづめにゲンコをくれていた。
「ちょっとー! なんで、ここでゲンコが飛んでくるのよ!」
 ひづめには八つ当たりされている理由が、わからなかった。
 ――なんで、こんなことになっちゃったのよ? あたしは、ひとりで感傷に浸りたかったのに……
 たづなは、冬休みが始まったばかりのあの日のことを思い出していた。


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「あたし、ひとりで旅行に行きたい」
 たづながそう切り出したのは、夕食後、家族がリビングルームでくつろいでいるときだった。ひづめは、相変わらずテレビゲームをやっていた。
「まあ、いいわね」
 あぶみが楽しそうに言った。
「しかし、たづな。ひとりじゃ危なくないかい?」
 父が心配顔で訊ねた。ひびきもたづなのひとり旅に賛成していないようだった。
「やめな、やめな。ひとりで旅行なんて。行ったってしょうがないべ」
「だいたい、ひびきちゃんが……」
 そう言いかけて、たづなは口をつぐんだ。
 ――だいたい、ひびきちゃんが……あたしに何をしたというのだろう。あいつを取った? 違う。あいつはひびきちゃんが好きだった。ひびきちゃんもあいつが好きだった。それだけのこと。そんなこと、あたしにもわかっていた。
 だけど、あたしもあいつが好きだった。「答え」は初めからわかっていたけど……。
 冬休み。家にいると、毎日、あいつやひびきちゃんと顔を合わせなきゃならない。目の前であいつとひびきちゃんがグニャグニャしているところを見なきゃならない……これが「答え」?――たづなは、自分の三年間の「茶番」を思い出し、一筋の涙がこぼれた。
「たづな、何も泣くことはないだろう。まだ、だめだって決めたわけじゃないんだから。……そうだ、東京の伯父さんのうちに泊まったらどうだ。そうだ、そうだ、それがいい」
 ――あれ? パパ、勘違いしている。あたし、行きたくて泣いているわけじゃ……。
「なにっ! たづなちゃん、東京へ行くのか? だったら、あたしも連れてけー!」
 それまでテレビゲームに熱中していたひづめが割り込んできた。
「そうだな、ふたり一緒なら、何かのときに安心だな。そうだ、そうしよう」
「ちょ、ちょっと待ってよ、あたし……」
「あんた、ひづめのお姉ちゃんなんだから、ひづめの面倒くらい見なさい」
 それまで、静かに湯飲みをすすっていた母の一言で全てが決まった。ひづめは、「こうしちゃいられない、支度をしなきゃ」、とばかり階上の自室へ駆け上がっていった。
 ――何でこんなことになっちゃうのよ? あたしは、どこか鉛色の海にあいつの想い出を投げ込んでやろうと思っていたのに、どうして、ひづめと東京へ行かなきゃいけないのよ。
 たづなは事の成り行きに不満だったが、女の子のひとり旅は初めから許してもらえそうな気がしなかったから、受け入れることにした。


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「たづなちゃん、大変! 大変! 列車が引き返してるぞ!!」
「そんなこと、あるわけ……ん?」
 ――確かに進行方向が変わっている。なぜだろう?
 たづなは、兄の見舞いに函館へ行ったときのことを思い出した。函館駅のプラットホームの先に海が見えていた。不思議に思って父に訊くと、十年くらい前まではあそこから船で青森へ渡っていたと教えてくれた。
 なんだ、逆行しなきゃ、海に落ちちゃうってことじゃないの。きっと、青森駅でも同じね――たづなには、列車の進行方向が戻ることが予想できた。
「列車の中で、いちいち騒がないの。田舎者みたいだわ。それはね……」
 たづなは、自分が気がついたことをひづめに説明し始めた。

 夕食が済むと、ふたりでジュースを買ってロビーカーに行った。長いソファには会社員風のグループがいてビールやつまみを広げて談笑していた。ひとり掛けのソファには、ぼんやりと窓の外を見ている男性や文庫本を読んでいる女性などが座っていた。突き当たりにある大きなテレビ画面には古い映画が映し出されていた。
 たづなとひづめは、それぞれひとり掛けのソファに座った。
「たづなちゃん、どれが青函トンネルだ?」
「そんなの、わかんないわよ」
 たづなは、いちいち人に訊いてくるひづめが鬱陶しかった。列車は、函館を出てから、いくつものトンネルを通過している。これでは、どれが青函トンネルだか、わからない。
「あれ? 窓が曇っちゃったぞ」
 たづなは窓に触ってみたが、車内側は乾いていた。
 ――外側が曇っているんだ。なんでだろう?
 たづなが不思議に思っていると、窓の外にイルミネーションが映った。走行する列車に合わせてアニメーションになっている。
「たづなちゃん、見ろ、見ろ!」
 これが青函トンネルなんだ――と、感激したのはわずかな間だけだった。イルミネーションが終わると、無表情なコンクリートの壁が延々と続いているだけだった。
 これは、あたしの心なんだわ――窓ガラスに映った自分の顔を見ながらたづなは思っていた。


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 高校でのたづなは、かわいくて頭の回転が速く、はっきりした物言いから、クラス内ばかりでなく、同じ学年の男子の間でも人気が高かった。中には「たづマニア」とかいうウォンバットでも出てきそうな名前のファンクラブを作る者まで現れる始末だった。そんな状況をたづなは、ばかばかしい、と思っていた。当然、デートを申し込んでくる男子も多かったが、たづなは全て断っていた……今年の一学期までは。
 二学期になると、人が変わったように男の子とつきあい始めた。毎週日曜日はデートをしていた。しかし、相手は、いつも違っていた。すぐ飽きてしまうのだ。同い年の高校生では子どもに見えてしまい、物足りないのだ。
 ――その点あいつは、どこか抜けているけど、仕事は熱心だし、乗馬で何回落ちてもへこたれないし、ひ弱な仔馬も売れるようにまでしたし……。
 たづなは、ついつい、周りの高校生を社会人のあいつと比較してしまうのだった。
 二学期が半ばを過ぎ、たづな自身、連続デートの生活に嫌気が差していた頃、仲のいいクラスメートに言われた。彼女は、たづながあいつに失恋したことを知っている。
「あんた、思い込んだらとことん突っ走るタイプだから仕方ないけど、最近よくない噂出てるよ」
「噂って?」
「『あの子はおごらせるだけおごらせるだけだ』って」
「相手が勝手におごってくるだけだわ。あたしは、割り勘にするって言っているのに」
「もう、無茶なことは止めて、気分転換に旅行でもしたらどう? あたしがつき合ってもいいからさ」
「ふーん……」
 旅行かぁ、どうせなら、ひとり旅がいいな……このまま、小さな町の片隅で憂鬱な日々を送るよりいいかも知れない――たづなは、冬休みになったら旅行に行こうと決めた。

 気がつくと、はしゃぎ疲れたのかひづめが居眠りをしていた。
「ひづめ、戻ろうか」
 たづなはひづめを起こすと、ふたりでB寝台車へ行った。
 窓の外は、いつまでもコンクリートの壁が続いていた。


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「たづなちゃーん、起きろー!」
 たづなの寝台のカーテンが勢いよく開けられた。ひづめの仕業だ。たづなは、家ではいちばん朝寝坊のひづめに起こされるとは思ってもみなかった。
「ばか、なにすんのよ!」
 たづなは、寝ているところにいきなりカーテンを開けられて怒っていた。しかし、ひづめはあくまでマイペースだ。
「たづなちゃん、見ろ。朝焼けがすごいぞ」
 たづなは、ひづめに促されて寝台から起きあがり、窓の外を見ると、東の空がだんだん明るくなって行くところだった。まだ姿を見せない太陽の光を反射して細くたなびく雲の底が輝いている。
 気がつくと、窓の外を流れる民家やビルが次第に増していった。
 やがて、金色の光が車窓に射すと、ひづめは飛び上がって喜んだ。たづながひづめの横顔を見ると、朝日を受けてバラ色に見えた。
 ――うらやましいな、ひづめには未来しかないんだ。ひづめもいつか中学生になって、高校生になって、やがて恋をして振られて泣いたりするんだろうな……。
 たづなは、そんなことを想像したら少し可笑しくなった。――ひづめのことだから、振られても、また恋をして、また振られてって繰り返すのかな。それでも朝日は昇ってきて、また恋をして……。
 たづなは、そこまで想像したら、ちょっと気が楽になった――そう、あいつなんかいなくたって、朝は来るんだ。
「たづなちゃん、なに、人の顔じろじろ見てんだ?」
「ううん、なんでもない。……ひづめ、上野に着いたらどこへ行こうか?」
 今日は、ひづめといっしょに遊園地にでも行くかな−たづなは、東京に着いてからのことを考えていた。
 オルゴールの音が流れると車内放送が福島駅の乗り換え案内を始めた。
 終着の上野駅まで、まだ遠い。

(了)


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あとがき

 恵知仁さんのウェブサイト『むきりょく☆すていしょん』(現『新無気力』)さんとの相互リンク開通記念(もしくは、弊紙の『むきりょく☆すていしょん』駅売店売り出し記念)の作品です。『むきりょく☆すていしょん』にアップされていたイラスト『食堂車』@お絵かき作品集にインスピレーションを得て書きました。
 『サマータイム・グラフィティ』以降のたづなちゃんは、吹っ切れているのかいないのか意見が分かれているところですが、これを書いちゃったということは、わたしの中の『じゃじゃグル世界』では、たづちゃんは、二学期の間中苦しんでいたことになります。
 ドラマのためとはいえ、高二の二学期にたづちゃんに無茶をやらせたわたしをご容赦下さい。でも、わたしには、たづちゃんって思い切ったことをやるタイプに見えるんです。
 で、このたび、恵知仁さんのご快諾を得まして、この作品を書くきっかけとなったイラストを掲載することができました。アレはいいものだ。