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「えーい、回想モードやめぃ!」
志保は口に出して叫んでしまった。あまりにも自分らしくないと思ったのだ。慌てて周囲を見渡してみると、通路を挟んで反対側のシートに座った若いビジネスマンと目が合ってしまった。
「おほほほ、ごめんあそばせーっ」
志保はその男に愛想笑いでごまかすと、再び正面に向き直った。――ちょっと、ちょっとー。なんで思い出が走馬燈のように駆けめぐるわけー? あたし、これから死ぬ訳じゃないのよ! 仕掛けられたお祭りが終わっただけじゃないの。そう、今度は、あたしが自分のためにお祭りを仕掛けてやるのよ!
特急電車は最後の停車駅を発車すると、終着駅をめざして右に大きくカーブしていった。
家々、ビル、工場、倉庫……それらを全てすり抜けて駅を一つ通過すると、それまで並行していた高速道路が右手から覆い被さってきた。電車は加速しながら直線に仕切られた海岸線を越え鉄橋を渡る。
大きく縦長の楕円形に取られた車窓のすぐ外を無数のトラスが横切っていく。電車は午後の日射しを受けてきらきら光る海の上を走っている。その向こう、靄(もや)の中から巨大な人工島が見えてきた。旅客機が着陸しようとしている。
関西国際空港。
志保を乗せたラピートβ六三号の目的地である。
しかし、志保にとってそこは自分を飛び立たせるために存在する通過点でしかなかった。志保のとびきりの旅の目的地は――ニューヨークだ。
志保は地上階のプラットホームから四階の出発ロビーへやってきた。明るく広々とした出発ロビーはまだ真新しく、「おかげさまで開港五周年」と書かれたタピストリーがあちこちに下がっていた。
――ここは、あたしが初めて海外旅行へ出発するための通過点になるんだもの、このくらい立派で当然よねぇ。
そんなことを考えながら歩いているうちに、志保は何か忘れ物をしているような気がしてきた。しかし、それが何なのか思い出せなかった。
――思い出せないくらいだから、きっと大したものじゃないのよ。
これからとびきりの旅が待っているのだ。忘れ物に気がついたところで今さら引き返せない。何を忘れたのかわからないが、必要になったらそのとき考えればいいことだ。
志保はまだ自分の将来について見当もついていなかったが不安はなかった。一週間のニューヨーク滞在中に見つかればよし、見つからなくてもまた探しに行けばいいのだ。めざすものを見失わなければどんな夢でも叶う、それだけを確信していた。
――そうだ、ヒロが驚くようないい女になってやろう。それが当面の目標!
いったいどういう女が「いい女」で「ヒロが驚く」のか、そこまで考えていなかったが、志保は勝手に決めて納得していた。
「あたしの名は『志保』なのよ」
志保はそう呟くと、まっすぐ前を見つめ、大きなストライドでユナイテッド航空のチェックインカウンターへ向かって歩き出した。
ED曲:『Forever』 song by 1999少女隊
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