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ばーちゃんの言葉に従って、あれから家を出て、その猫が出没していると言う場所へと来たはのはいいが、猫ねぇ……。
考えてみれば、またばーちゃんに上手く乗せられような気がするのは、俺の気の所為か?
いや、休みが欲しかったのは本当だし、温泉に行きたかったのは、正直なところだけど、よくよく考えれば、2日で猫探しってかなり厳しくねぇか……。
見つけりゃ、自分の配下に置くのは簡単かも知れねぇけど、こんな広い場所から、たった一匹の猫見つけるのなんて、む、無理かもしんねぇ……。
「って、普通の猫じゃねぇんだから、その辺探しても見付かる訳ねぇよじゃん!」
ブラブラと街中を歩いていても、見かける猫は、普通の猫のみって、当たり前じゃん、俺!
まぁ、そんなに簡単に見付かったら、苦労なんてする訳ねぇよなぁ……。
でも、その猫を捕まえて、週末に温泉に行く為だ。何が何でも探し出さないと、俺の休日がまた無くなっちまう。
探せなかったら、『それ見た事か』と言わんばかりに、ばーちゃんが仕事を山のように持って来る。
そ、そんな事だけは、なんとしても避けないといけない。俺の安らかな休日の為にも!!
んじゃ、その為に何が必要かって言うと、手っ取り早く俺の気を餌にしちまえば話は早い。
確か、ばーちゃんの話だと、猫は夢魔だって言ってたかんな。
今は、カラコンも外しているし、伊達眼鏡もない。気を押さえる小道具は、部屋に置いてきたから、そのテのモノを呼び出すのは、容易い事だ。
もっとも、これだけは、一番やりたくないテと言えるけど……。俺の休息の為だ!後の事は、終った時に考えよう。
「……近くに、公園があったな」
考えが決まれば、場所移動。こんな民家が密集している場所で、怪しいモノを呼び寄せるのは、犯罪以外の何者でもない。
もっとも、それはそれで面白いかもしれないけど……。
そんな事、ばーちゃんに知られたら間違いなく怒られるよ。
んな命知らずな事など、出来る訳ねぇって!
「さて、何が釣れるかは、お楽しみ……今日中に見つけられれば、ラッキーなんだけど……」
近くにある公園へと場所を移動して、餌を撒く。
いや、言葉を間違えた、自分の気を流す。
俺の気は、物の怪にはご馳走らしいので、これだけで十分な餌になるのだ。
もっとも、どれだけその餌に釣られて集まってくるかは、想像も出来ないけどな。
「って、何だ?」
しかし、自分の気に集まってきたモノ達が、自分の方ではなく、何処かへ移動しているのに気が付いて、俺は素直に首を傾げた。
「別の誰かの気に引き寄せられているのか?」
自分の気に、間違いなく集まってきている気配を感じる。
なのに、その気配は、少し先の方へ流れていくのを感じるのだ。
仕方ないとため息をついて、流れていくその気配を追いかけるようにその場所へと移動する。
「兄貴、また引き寄せたのかよ……」
そして、その気配が集まっている場所へと移動した瞬間、呆れたような声が聞えて、俺は慌てて体を隠した。
こんな寂れた公園なんかに、人が居るとは思っていなかったのだ。
しかも、俺と同じような体質の奴が居るなんて、絶対に予想できる訳ないだろう。
「あのなぁ、幾ら僕でも、夜の外に出ただけで、こんなに引き寄せる訳ないだろう!あ〜もう、邪魔!!『夜』頼むよ」
集まってきているそれを、まるで虫でも払うように手で振り払っている少年には、嫌と言うほど見覚えがあった。
まさか、こんな所で、妹のお気に入りに会うなんて思ってもいなかっただけに、複雑な気持ちを隠せない。
しかも、その人物が、自分と同じような体質を思っていると言う事も、驚くなと言う方が無理な注文であろう。
自分が見守る中、『夜』と言う名前が呼ばれた瞬間、ペンダントになっている水晶から、一匹の猫が姿を表した。
この闇に溶け込んでしまいそうな程の、真っ黒な毛並みを持った一匹の猫。
『……今日も、また呼び寄せたもんだね。食べちゃっていいの?』
「お好きなように」
『了解!』
声と共に、その場に集まっていたモノが一瞬で消える。
食うって、食うんだよな?って、事は、あれも妖の類?もしかして、俺が探してる夢魔??でも、ばーちゃんの話では、白猫って言っていたし……。
それにあれは、主人付き……ああ、あの水晶に封印されている身だな。
「んじゃ、目当ての猫じゃねぇな……」
『……誰か、居る』
落胆したようにため息をついて、その場を離れようとした瞬間、そんな声が聞えて、慌ててしまう。
まさか、気付かれるなど、思っていなかっただけに、動揺は隠せない。
「覗き見なんて、趣味悪い事してないで、出て来たら」
去ろうとした足が、冷たいとも取れるその声に動きを止める。
学校では、一度も聞いた事のないその声。
本当に、自分の知っている相手なのか疑いたくなってしまう。
こいつも、学校で猫被っているタイプだと言う事が分かって、思わず苦笑を零してしまう。
まさか、自分と同じような体質を持っている奴が、自分と同じように猫かぶりを得意にしていると言うのは、可笑しなものだ。
同じ学校で、自分と彼は、生徒会長と副会長という立場。しかも、同じクラスという事で、話をした事は、一度や二度ではない。
もっとも、そんな相手だとしても、自分にとっては、ただのクラスメイトであり、生徒会のメンバーと言うそれ以上の感情など持った事はないのだが……。
学校と言うその場所は、自分にとって何の価値も見見出せない場所。
そして、あの場所に存在しているは、本当の自分ではないのだ。
今まではずっとそう思っていた。
なのに、今初めて、他人に興味が湧いた。
今まで、仕事をしていても、他人に対して興味を持った事など一度もない。
それなのに今、自分と同じ体質を持ち、同じように猫を被っている相手が、気になったのだ。
何時もなら、気にもしないでそのままその場を離れただろう。
それが出来なかったのは、そんな気持ちを初めて感じたからこそ。
そして何よりも、この俺を見て、相手がどんな反応を返すのかが、単純に気になったのだ。
そう、今のこの姿を見て、同じ学校で副会長をしているだと思える奴など、一人も居ないだろうから……。
明らかに警戒していると分かる気配を感じながら、俺は笑みを零す。
初めて、自分の興味を引く相手が見つかった事に……。
「別に、覗き見していた訳じゃねぇよ。人の声がしたから、こんな辺鄙な公園に、どんな奴が居るのかと思っただけだぜ」
すっと、二人の前に姿を見せれば、相手が驚いたのが気配で分かった。
まさか、隠れていた奴が、俺みたいな相手だとは思っていなかったのだろう。
「で、僕達の様子を伺っていたって事は、何か用事でもあるの?」
予想通り、星馬は俺の事には、気が付いて居ない。
学校とは、髪型は愚か雰囲気さえも違うのだから、分かる筈もないだろう。
「いや、あんたが変わったモノを連れていたから、興味があっただけ」
すっと星馬の肩に乗っかっている黒猫を指差せば、今度ははっきりと驚いた表情を見せた。
「へぇ、あんた見えるんだ」
しかし、俺のそれに驚いたように言葉を返してきたのは、星馬弟。
「見えるぜ。それが仕事だからな」
ニッコリと笑顔で言えば、警戒するように睨んでくる星馬の視線を感じる。
その視線に相手を見れば、意外な言葉が返された。
「仕事?僕達とそう変わらないように見えるんだけど?」
そりゃそうだろう、お前とは、同い年だからな。
なんて、教えてやる気もねぇけど。
「世の中、色々って事だ。悪かったな、俺の仕事に巻き込んじまって」
「って、あれ、あんたの仕業なのか?」
一応、巻き込んだ事を謝罪すれば、驚いたような声が、星馬弟から聞えてきた。
そりゃ、星馬が、俺と同じような体質だとしても、何もしないで、あんなに大量の霊を呼び寄せる事は流石に出来ねぇだろうが。
本人も、その事は、言っていたと思うぞ。
「まぁ、後片付けどうするかを考えてなかったから、お陰で助かった。本当、サンキューな」
「……仕事って、言っていたけど、探しているのは、『猫』?」
内心の突っ込みを隠して、素直に感謝の気持ちを伝えれば、今度は星馬が、ズバリと質問してきた。
流石、猫の主人、良く分かったな。
「……だとしたら?」
どうやら、この『猫』と、俺が探している『猫』は、繋がりがあるらしい。
なら、星馬達が、この場所に居た事も、納得出来るな。
「出来れば、殺さないで欲しい」
自分の中で導き出されたそれに答えるかのように、小さく呟かれた星馬の声。
切実なその声は、俺の考えが間違っていない事を、示している。
「……それは、お願い?」
「出来れば……仕事を手伝ったと言う事で、見逃して欲しい」
それを言われると辛い。正直言えば、あれを全部掃除するのは、結構大変なんだよな。
だから、本当の事を言う事にした。
嘘なんて付かず、本当の事を…。
「………別に、俺はその『猫』を殺す為に来たんじゃねぇよ。保護する為に、探してんの」
『保護?『昼』を、保護するのか?』
漸く『猫』が、しゃべってくれた。そうか、この『猫』と俺が探している『猫』は、同族って訳だな。
そして、名前から考えると、兄弟だろう。
って、一人で納得している場合じゃねぇよ。
うん、そんな場合じゃないな。
「ああ、勝手に人間の精気を食っちまうような奴は、その内誰かに狩られちまう。だから、保護するんだよ」
『保護すれば、誰にも、狩られないのか?』
心配そうに見詰めてくるその瞳に、俺は笑みを浮かべた。
うん、『猫』も、そう悪くないかもしれない。
「俺が、主人になっちまうけど、悪いようにはしないって約束してやるよ、『夜』」
ニッコリと優しく微笑めば、一瞬考えるような表情を見せて、小さく頷く。
どうやら、信じてもらえたらしいな。
見るからに、怪しい登場の仕方だったのに、俺の事をそんなに簡単に信じてもいいのか?
もっとも、この顔を見れば、そんな気は起きないらしいけど……。
そして、何よりも、人間でない者にとって、俺のこの右目は、最大の力を持っているのだ。この瞳には、どんなモノも、逆らえない。
もっとも、こんなに暗い中では、人間のこいつ等は、気付いてないかもしれないけどな。
「なら、その『猫』、紹介してもらえるか?」
こいつ等は、俺の探している奴を知っていると、勘が告げる。
俺のその質問に、少しの間を置いてから、『夜』が、小さく頷いた。
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