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それは、本当に偶然。
いや、もしかしたら、必然だったのかもしれない。
「ああ、喧嘩……って言うより、『呼び出し』の方が正解か……」
校舎裏なんて、定番すぎるぐらい定番で、そんな事が本当に行われているとは、正直言って知らなかった。
一人の生徒を、何人かの生徒が取り囲んでいる。
その呼び出しを受けている生徒は、2階に位置しているこの廊下からでも一瞬で誰だか分かった。
赤い髪は、上から見れば何者にも邪魔されないので、良く見える。
この学校の生徒会長をしている、星馬烈の姿。
まぁ、女子にモテるし、優等生を気取っているヤツは、目立つ存在だ。
だからこそ、呼び出されるのも、当然と言えば当然なのだろう。
険悪な雰囲気が流れているのを見て取りながら、俺はただその成り行きを見守るように、その場所から動かない。
俺が見ている中、一人の生徒が何かを言って、殴り掛かったのを始めに、他の生徒達も星馬に殴り掛かって行く。
だが、星馬は殴り掛かってきたその手を簡単に交わして、そのまま相手を投げ飛ばす。
投げた先には、一人の生徒。
合気道の応用とでも言うのだろう、星馬は、ほとんど力を必要としていないのが、見て取れる。
「始まったっか……でも、助けはいらないな、星馬一人で問題な…………」
星馬が、何の問題もなく相手を倒していくのを見ながら呟いた言葉を、途中で飲み込んでしまう。
生徒の攻撃を簡単に交しながら、星馬が、まっすぐに俺の方を見上げたのだ。
その瞬間、間違い無く目が合ったのが分かった。
それに驚いて、慌てて視線を逸らす。
「………見ていたのが、バレたかも……」
別に、星馬が喧嘩をしていても、俺としてはどうでも良い。
いや、正確に言えば、関係無い。
何せ、優等生の星馬が、猫を被っている状態だと言うことは、もうすでに知っている。
勿論、それだって、知りたくって知った訳じゃない。
一身上の都合と言える理由だ。
もっとも、星馬は、俺が知っている事は知らないだろうが……。
いや、その前にその事がバレると、かなり厄介な気がする。
そう、自分の勘が、告げてくるのだから、疑う事など出来ない、真実。
何せ、本当の星馬の姿を知っている俺と言うのは、特別な俺。
この学校では、見せる事など無い、本当の姿。
そして、猫なんて被っていない、素のままの自分。
だから、今ここにいる自分とは、全くの別人。
「……やばいな………」
慌ててその場所を離れても、後の祭りだと分かっている。
あの時、星馬は、間違いなく俺を見たのだ。
今更、誤魔化すことなど出来ないだろう。
あいつは、自分が知っている中で、誰よりも鋭い人物だと、認めている。
だからこそ、学校での俺が、星馬の事を知ってしまったと知られれば、後の事を考えると、頭が痛い。
猫かぶりの状態で、自分がどれだけ星馬の相手が出来るか、それは自分自身でも分からないのだ。
猫をかぶっていると言っても、自分の場合は、大人しくしてただ目立たないように気配を消しているだけなのである。
後は、話しをする時に、ただ敬語で話しをしているだけに過ぎない。
下手に話をして、自が出ても困るから、極力人とは、距離をとる。
もっとも、たったそれだけでも、両親までも騙しているのだから、そう簡単にヘマをするとは、考え難い事かもしれない。
「あいつは、やばいんだよなぁ……」
だが、それが一番用心していた相手に、必要以上に言い寄って来られた場合、自分は相手をだましきれる自信は無くなってくる。
しかも、その相手が自分と同じような人種なのだから、隠し通せる自信は、正直言ってかなり薄い。
「……それでも、隠すしかないんだよな………」
先のことを考えると、頭が痛くなってくる。
これ以上面倒な事が起きないことを祈りながら、俺は教室へと急いだ。
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